婚約破棄されて自由になったので旅に出ようとしたら、世界最強の冷酷騎士がついてきたんですけど

shiryu

第1話 婚約破棄され、喜ぶ



「フラーヴィア、貴様との婚約は破棄する」


 バンゴ・グル・オーウェン様の言葉に、私は一瞬だけ身体を震わせた。



 私、フラーヴィア・エヴォ・ハーバネンは、本日の晩餐に王城に招待されていた。


 私の婚約者で、このオーウェン王国の第一王子であるバンゴ様からの招待。

 初めての招待で少し緊張していたが、礼儀作法に気をつけながらバンゴ様と二人きりで食事をしていた。


 私が話題を振らないと喋らなかったバンゴ様が、晩餐のお開きの時間くらいに初めて自ら喋ってくれたと思ったら……さっきの言葉だ。


「……り、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 震える腕を逆の手で押さえて正面にいるバンゴ様に問いかける。

 落ち着け、私……まだ、まだだから。


「理由? そんなのいっぱいありすぎて数え切れないな」


 バンゴ様は端正な顔を歪め、私を見下すようにしながら言葉を続ける。


「まずは王子である俺と、下級貴族の貴様では最初から釣り合いがあっていなかったのだ」

「……」

「それに貴様は王子である俺の要求をことごとく断ってきた。そんな無礼な者と婚約していたことすら、俺にとっては葬り去りたい過去だ」


 すでにバンゴ様は、私との婚約を過去のものとしたいとおっしゃっていた。


「……かしこまりました、バンゴ様。数々のご無礼、申し訳ございませんでした」

「ああ、本当に。今夜の晩餐に招待してやっただけありがたいと思え」

「はい、身に余る光栄です。ありがとうございました」


 私は座ったままバンゴ様にお辞儀をする。

 婚約破棄されてしまったことで、この場に合っていない表情をしてしまっている。


 落ち着くのよ、私……その感情は、人前で見せてはいけない。


「……ふん、わかっているならいい。では帰れ。それとも、最後に私の情けを――」

「はい、かしこまりました。本当に今までありがとうございました」


 私は最後に精一杯の愛想笑いを見せ、お辞儀をしてその場を去る。


「……ああ、さっさと帰れ」


 バンゴ様は面白くなさそうに私を軽く一瞥した。



 その後、私は王城のメイドの方に案内され、王城の外に用意されていた馬車に乗った。


 案内してくれたメイドや近くにいる兵士達が、私のことを見て薄ら笑いを浮かべている。

 どうやらすでに私が婚約破棄されたことを知っているようだ。


 だったらまだここでは、私の気持ちを吐露してはいけない。


 馬車の中でも誰が聞いているか、見ているかわからない。

 家に着くまでの時間、私は馬車に揺られながらずっと我慢していた。


 そして家に着き、馬車を降りて中に入る。


 するとお父様とお母様が玄関に迎えに来た。


 初めてのバンゴ様からの招待、その結果がどうなったのか気になっているのだろう。


「フラー、どうだったのだ?」

「バンゴ様からどんなお話があったのかしら?」


 期待しているような顔だ。

 おそらくお父様とお母様からすると、とても残念な結果に終わっているのだが。


「婚約を、破棄されてしまいました」


 私は極力感情を出さないよう、薄い笑みを浮かべてそう言った。

 お父様とお母様は目を見開き、身体を震わせた。


「な、なんだと……!? それは本当の話か!?」

「はい」

「う、うそでしょ……」

「申し訳ありません、お父様、お母様」


 私が謝ると、お父様が目をカッと開いて怒鳴る。


「フラー! ふざけるな! バンゴ様と結婚すれば、私達は男爵から公爵まで成り上がるのだぞ! それを……! そんな簡単に諦めてたまるか!」


 お父様は私の肩を掴み、必死の形相で大声を上げる。


「なんとしても、もう一度婚約をするのだ!」

「……」

「第二夫人、第三夫人でも、なんでもいい! バンゴ様と結婚さえすれば、公爵になれるのだ!」

「明日、王城で先日の戦争に勝利した祝勝会が開かれるそうよ。フラー、そこでバンゴ様になんとしてもお願いするのよ」


 お母様も目が据わった状態で私を睨むようにそう言う。


「本当に婚約出来なかったら……貴女を勘当しますから。フラー、わかってるわね?」

「っ……はい、かしこまりました」


 お母様の言葉に私は身を震わせ、返事をした。


「明日の祝勝会で婚約出来なかったら、二度とこの家の敷居を跨げないと思え!」

「かしこまりました、お父様。誠心誠意、バンゴ様にもう一度頼みたいと思います」


 私は実の両親にそこまで言われても、表情を崩さないように頑張って、そう告げた。



 そして、ようやく自室に戻ってきた。


 ここは私の部屋、私だけの部屋。

 今はメイドも執事も部屋にはいないから、たった一人。


 そしてドアの鍵も閉め……防音魔法を施す。


 よし、これで――。


「自由だわ!」


 私は誰にも聞かれる心配がなくなり、大きな声でそう叫んだ。


「はぁー! やっと! やっとよ! やっと婚約破棄されたわ!」


 バンゴ様から婚約破棄と言われて、ニヤけるのを止めるのがとても大変だった。

 少しでも表情筋を緩めたら、今世紀最大のニヤケ顔を見せてしまっていた。


 ずっと、ずっと願って、待っていた。

 バンゴ様から婚約破棄を言い渡されることを。


 私は貴族という身分だが貴族の中でも一番下の階級で、特に大きな顔が出来るわけでもない。


 せいぜい恩恵としてあるのは、平民が行けない貴族学院に通えるというくらいだろう。


 だが貴族学院に行くには下級貴族だったら莫大なお金がかかる。

 私は兄が一人いて、私の家では兄を貴族学院に行かせるのに精一杯だったので、私は平民でも行ける学校に行った。


 それが、私にとっては最高だった。


 もともと好奇心旺盛な私は、貴族学院で座学をずっと勉強しているより、身体を動かしたほうが楽しかった。

 特に私は魔法に才能があったお陰か、学校でも優秀な成績を残していた。


 それが……悲劇の始まりだったのだが。

 優秀な成績を残しているから、一度だけ貴族学院に招待されたのだ。


 そこであのバンゴ様に目をつけられてしまい……。


『お前、気に入った。俺の女にしてやろう』


 と、声高々に宣言されてしまったのだ。


 公衆の面前で、王族にそう言われて……「嫌です」断れるほど、私の家は強くない。

 それが、私がまだ十歳だったとしても。


 バンゴ様は六歳上だから、当時でも結婚出来る年齢だ。


 だが私は十歳、まだまだ子供、結婚出来る年齢ではない。

 だから婚約だけしたのだが……それからは本当に大変だったわ。


 平民が通える学校に第一王子の婚約者が通っていては威厳に欠ける、ということでバンゴ様が通う学院に転校したり。


 貴族学院に通い出しても友達なんて一人も出来なかった。

 下級貴族なのに王族であるバンゴ様に気に入られて生意気、と思われていたらしい。


 両親から期待されていなかったから平民の学校に通ってたのに、いきなり違う学校に通い出し、両親からも過度な期待をされた。


 貴族としての礼儀作法も教え込まれ、本当に大変だった……。

 なんでパンをフォークとナイフで切らないといけないの? 手で千切って食べたほうが楽に決まってるのに。


 一番嫌だったのは、バンゴ様が婚前交渉をめちゃくちゃ求めてきたことだ。

 私、当時十歳だったんだけど?


 確かに私は他の人と比べれば早熟で、容姿も自分で言うのもなんだが優れていた。


 金色の髪は安い整髪料を使っていた頃から艶やかで、良い整髪料を使い出してからはさらに輝くようになった。

 顔立ちはバンゴ様に気に入られた時は可愛いと言われることが多かったけど、今は綺麗と言われることの方が多くなってきた。


 スタイルは無駄に良くて、最近になって胸が大きくなってきてちょっと邪魔に感じる。


 今は十八歳で成熟してきたけど、バンゴ様に婚前交渉を求められたのは十歳の頃からだ。


 いきなり「俺の女にしてやる」と言ってきた男に抱かれることなど、死んでも嫌だった。


 だからずっと断っていた、「結婚したら……」とか適当に言って。


 そうしたらバンゴ様は、他の女性に手を出し始めた。

 第一王子だから他の女性と婚姻するのも普通だろう、と思っていたのだけど、婚姻せずに身体の関係を持つだけだった。


 なんで私だけ婚姻関係なのか不思議で、前に王子の側近とかの話を盗み聞きしたら……単純に、顔と身体目的だったらしい。


 私と初めて会った時、つまり十歳の時の顔や身体を見て、「この幼い顔や身体を味わいたい、そして成長しても俺のものにしたい」と思っていたようだ。


 それを聞いて余計に嫌悪感が増して、「絶対にこの人と結婚したくない」と思ったのを覚えている。



 そして私は清い身体のまま……ようやく、婚約破棄まで至れたのだ。


 長かった……まさか八年も諦めてくれないとは思わなかった。


 バンゴ様の性欲を甘く見ていた。

 今日も婚約破棄したくせに、その後に誘おうとしてたし。


 別に私じゃなくても何人も愛人がいるのに、なぜそんなに私に執着していたのか。


 はぁ、だけど本当に、ようやくだ。

 私は自由の身となった。


「ふふっ……」


 堅苦しいドレスを脱ぎ、部屋着に着替える。


 両親に「バンゴ様とよりを戻せなかったら勘当だ!」と言われたが、全然いい。


 むしろ勘当されたほうが、私には好都合だ。

 私はずっと、婚約破棄されたらやりたいことがあった。


 部屋にある机の奥底から、私は日記を取り出す。


 私は子供の頃から日記を書き続けていて、毎日は書いてないけど、良いことや悪いことがあったら書くようにしている。


『今日はここ最近で、最高の日。ようやく長年願っていた、婚約破棄をされたわ』


 礼儀作法で強制的に習わされた、昔とは全く違う綺麗な字。

 それだけは習ってよかったとは思う。


 そのまま綺麗な字で書きたかったが、その次に書くことは思わず力が入ってしまった。


『これで私は自由に、旅が出来る』


 そう――私はずっと、旅に出たかったの。

 あれはまだ貴族学院に転校する前の、平民の学校で先生が言っていた言葉。


『この世界は広い、広すぎます。私達が見ている世界は、この世界のほんの一部でしかない』

『私達はそのほんの一部しか見れずに死んでいきます。人間とは儚いものですね』


 なんの授業だったかも覚えていない、だけど私は「もったいない」と思った。


 どれだけ世界が広く、素晴らしいものなのか、私にはわからない。

 だけどそんなに広い世界なら、なぜ神は私達に寿命という限られた命を与えたのだろうか。


 私はいろんなものを知りたい、見たいという欲が強い。

 神がなぜ私達にそんな限られた命を与えたのかはわからないが、私はこの世界の少しでも多くのものを見て、死にたい。


 だからこんな国でバンゴ様と結婚なんてしてる暇などないのだ。


 世界は広く、見るものはたくさんある、こうしている間にも私の寿命は削れていく。


「はぁ、早く明日にならないかしら……」


 明日、オーウェン王国が最近の国同士での争いで勝利し続けているから、その祝勝会を王城で開くらしい。

 そこでバンゴ様と婚約をもう一度出来なかったら、私は勘当されて家を追い出される。


 つまり明日から、私は自由になり旅に出ることが出来るのだ。


 こんなこともあろうかと……ではなく、こんなことが早く起きてほしいと願って、もう準備はいろいろとしてある。


 早く行きたい、今すぐにでも。

 日記には昔から「自由になったらどこに行きたいか」ということを書いている。


 それらを一つずつ消化していくのがとても楽しみだわ。


 ……だけど。


『やっぱり、少し怖い』


 日記にさっきまでとは違う、筆圧が弱く小さい字で書いた本音。


 これから私は、一人で旅をすることになる。

 それはずっと望んでいたことで、本当に楽しみにしていたこと。


 世界は広く魅力溢れるものが多い。

 だけど……それと同じか、それ以上に危険が多い。


 貴族学院に通い出してからは学院では魔法を学ぶことは出来なかったけど、独学で魔法を身につけた。


 そこらにいる魔術師より強いと自負している。


 それでも、一人で旅するというのは大きな危険を伴う。


 街を出れば人を襲う魔物もいる。

 世の中には良い人だけじゃなく、騙そうとしてくる悪い人もいる。


 私はこの国から出たこともなければ、街から出たこともほとんどない。


 そんな私がいきなり一人旅に出ても、大丈夫なのかしら……。


 そこまで考えて、私はハッとして顔を横に振る。


『ダメよ、私。これから私は一人で生きていくの。弱気でいたら負けちゃうわ!』


 そんなことを日記に書く、何に負けるのかはわからないけど。


 ずっと楽しみにしていたんだもの。

 今から不安になって弱気になっていたらどうするのよ。


 絶対に楽しいに決まってる。

 全部自由に出来る、一人旅なのよ。


「一人旅、か……」


 言葉にすると、思ったよりも寂しく感じた。


 椅子に座ったまま、窓の外を見て夜空を見上げる。


 この窓から見る夜空も、今日が見納めだろう。

 夜空を見ながら、今までのことを思い出す。


 今までのことと言っても、そこまで良い思い出はない。

 この家で楽しいことを味わったこともないし、両親とも別に仲良くない。


 仲が良ければ勘当なんてされないだろう。


 友達もいない……いや、貴族学院の前に通っていた平民の学校では、何人かいた。

 中には私と同じような下級貴族で、貴族学院に通えない子もいたから、普通に仲良くなった子もいた。


 もう誰とも連絡は取っていないけど。


「……そういえば、誰かと一緒に旅に出ようって話したことあったわね」」


 いまさらそんなことを思い出した。

 平民学校で、仲良くなった子と「いつか一緒に旅しよう」みたいなことを約束したことがあった気がする。


 うろ覚えだけど、懐かしい。

 もう相手の名前もあんまり思い出せないけど。


 そしてもちろん、相手もそんなことは覚えてないだろうけど。


「……もう寝ようかしら」


 明日は祝勝会に出ないといけない。


 堅苦しいドレスをまた着ないといけないから、早くに起きないといけないだろう。


「この家で寝るのは、最後になるでしょうね」


 私が十歳の頃、バンゴ様に無理矢理婚約されてから買ってもらったベッドに寝転がる。


 ふわふわでとても寝やすいベッドのはずなのに、なんだか今日は寝つきが悪かった。


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