第19話 僕と君は「友」

 これからは僕と将吾のもっとプライベートな話をしようと思う。


 僕たちは当然、友だった。この「友」という呼び方にはこだわりがあって、将吾が「『友達』の『達』が気に入らない。複数形に見えて大事な人が埋もれている気がする。僕と君は『友』でいよう」と、そう言ったのだ。


 僕と将吾は「友」だった。それは社会人になってからもそうで、一緒に小説を書いたし……記憶にないのが残念だけど……、一緒に遊びもした。彼は横浜に明るかったので、横浜でよく会ったし、彼の地元の町で酒を飲んだりもした。一緒に映画を見て感想を語り合ったし、旅行にも行った。


 もちろんこれらは画像ファイルから推測しているだけで当の僕には記憶の欠片しかないのだが、それでもよほど楽しい思い出だったのだろう。頭のどこかにこびりついている。


 僕と将吾は対照的な「友」だった。いくつか例を挙げる。


 僕は文系で将吾は理系。

 でも僕は理系っぽい文系で将吾は文系っぽい理系。

 僕は関西育ちで将吾は関東育ち。

 僕はインドアで将吾はアウトドア。

 僕には妹がいて将吾には姉がいる。

 僕は競争が嫌いで将吾は競争が好き。

 僕はスポーツが嫌いで将吾はスポーツが好き。

 僕は……上述の通り……野球が嫌いで将吾は野球が好きだし経験者。

 物理学の立場では、僕はボーアの立場で将吾はアインシュタインの立場。

 心理学の立場では、僕はどのような心理現象も認めるが将吾はある特定の現象……特に病気……を受け入れなかった。


 最後のが決定的だった。

 将吾は鬱病を「甘え」だとする立場の人間だった。


 どうも彼は常々僕にその手の主張をしていたらしい。メールやLINEをたどるとそういう話が何度か出ている。その度に僕がどう答えていたのかと言うと、「神経物質の働き的に証明ができている」「学習性無力感という説もある」などなど、実際に学んだ知識を出して対応していたようだが、彼が態度を変えることはなかったようだ。


 多分、彼は僕の「友」だから、目を覚まさせようとしてくれていたのだろう。


 病気の最中の僕は、先述の通りほとんど「眠っている」ようなものだった。記憶もないし、寝落ちるし、幻覚を見るし、人混みやフラッシュバックでパニックになるし、要するに手が付けられないというか、すごく間抜けな人間に見えたのだろう。


 彼が度々僕を旅行や宴に呼び出したのも、「気持ちの問題」だから「気分を晴らそう」としてくれていたのかもしれない。


 記憶が曖昧な時期、僕は就職をしていた。フリーで一年くらいライターをした後にとある会社にライターとして雇われた。ここでコピーライティングの師匠と、小説の師匠とに出会った。そのことを嬉々として将吾にも話していたようだ。


 ただ僕はやっぱり病気で、コピーライターの師匠にも小説の師匠にも見限られて破門になり、どうしようもなくなったのが去年……つまり2020年。折しもコロナの蔓延で人と会う機会はめっきりなくなり、将吾ともリモートで飲み会をする機会があった。


 昔、将吾はシングルモルトスコッチを飲んでいた。僕はブレンディッドスコッチ。「ウィスキーはスコッチだ」では一致したが製法ではやっぱり真逆だった。僕は今でもブレンディッドスコッチを飲む。


 でも彼はいつの間にかスコッチからジンに好みを変えていた。でもそのことはいいんだ。人間は変わる。好みだって変わる。


 ただ彼は変わらず「(効率よく)競争に勝つこと」が絶対で、そもそも競争の立場に立てない、同門の中でも劣っている、そんな人間が「友」なのがどこか気に入らなかったのだろう。


 ある日、僕がカクヨムに上げようと思っていたミステリーの物理トリックについて将吾に相談したら、彼は「実験してみたら」と言った。


 そこまではいい。だがその後だ。


 彼は近況報告を求めてきた。僕は自分が働けない状態であること、そして社会保障で何とか生きるだけのお金を繋いでいること、そのことを話した。


 例によって将吾は、どこか資本主義的というか、社会保障的な考えには疑問を呈する立場の人間だった。そして日本は「資本主義の国だ」と思っていた。それは合ってる。それは正しい。


 けれどそんな「資本主義」の国で弱者が生きていることが不快だったのだろう。彼はこう告げた。


「働かなくても生きていけるなんてすごい国だな、日本は」

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