第18話 もう少しで座談会

 僕の記憶の限りでは、「人工知能を使った名探偵vs.人工知能を使った殺人鬼」の話を書こうという話をしていたような気がする。この「探偵に使われる人工知能」の名前がホームズで、犯人が使う人工知能の名前は分からない。


 多分、僕が探偵を練って将吾が犯人を練る、そんな役割分担をしたのだろう。犯人の情報だけ綺麗に僕のパソコンにない。そして、この作品については分かっていることがある。


 この時期は病気が一番ひどい時期で、iPhoneの中にある画像データを見ない限り「いつどこで何をしたのか」さっぱり思い出せない。ここの前後二年間くらいは完全に記憶がないのだ。


 今は「思い出したことを思い出す」ことでこの空白の期間は埋まっている……何度か画像データを見たことで「思い出した」、という経験を思い出す感じ……。しかし画像データだけでは将吾とどんな話をしてどういう風に小説を書いたのか全く分からない。


 だが、僕のiPhoneの中にはすごい情報がひとつ、あった。まずはkindleだ。


『メフィスト』という講談社が出している雑誌がある。いつだったかは知らないが電子版に完全移行してしまって、もう本屋で買うことは不可能だ。しかし毎年四回電子版が出ているので今でも買うことはできる。


 さらにこの『メフィスト』ではメフィスト賞という新人賞があって、毎年四回、募集している。賞金は一切ないが、代わりに受賞作は必ず書籍化、しかも選考委員は全て講談社の編集部……つまり下読み委員等を経ずに直接編集者の目に留まる……という仕組みだったので、この賞を通って作家になれれば太いパイプラインを手に入れることができる、そんな賞だ。


 この『メフィスト』の2017.vol 1.がkindleの中にあった。これだけでは単に「メフィスト賞への募集要項を確認したくて買った」ように見えるが、しかし僕のiPhoneの画像ファイルの中にはもっと驚くべきものがあった。


『メフィスト』では、メフィスト賞の受賞作と受賞作候補……毎年四回もやっているので当然「受賞作なし」の回もある……について「座談会」で編集者が講評する、というコーナーがあるのだが、その「座談会」の終わりに「もう少しで座談会」というコーナーがある。要するに最終選考に残った作品について編集者が一言コメントをくれるコーナーだ。


 画像ファイルの中にあったのはその「もう少しで座談会」のスクリーンショットだった。そこにあったのだ。


『ホームズ、推理しろ』が。


 この画像を見つけたのは本当に最近……2021年の8月中……だったので、正直なところかなりびっくりした。ただ『ホームズ、推理しろ』という作品は妙に思い入れがあったというか、頭にこびりついていたタイトルだったので現在連載中の『僕まだ』でも作中の飯田が使うのは『ホームズ、推理しろ』という作品だ。多分座談会に載れたことが本当に嬉しかったのだろう。記憶にはほとんど残っていないが記録から推測はできる。


 この後、僕たちがどうなったのか全く分からない。でも僕はこの後、2020年に一人で『月に向かってさようなら』という作品を書いてカッパ・ツーという賞に応募している。実を言うとこの記憶も曖昧で、寝たきりの僕にはとても小説なんて書けたものじゃないはずなのだが、妻ちゃんが出勤して家に一人残された時にコツコツ書いていたのだろう。


 実はこの『月に向かってさようなら』が例の〆切を一年勘違いしていた賞の話で、2021年7月〆のところを病気頭の僕は2020年7月〆だと思って光文社に送り付けている。つまり現在選考中で結果はまだ出ていない。


 ただ、これは僕がTwitterで公言している話だが、僕はもう公募には挑戦しないことにした。理由は簡単で、病気のせいで商業作家をできるだけの状態にないからだ。つまり応募して通ったとしても出版業界が求める量を書けない。


 だから、このカッパ・ツーの応募が仮に……百億分の一くらいの確率で……通ったとしても辞退しようと思っている。応募してしまったのは去年の病気頭の僕だし、責任は不問にしていただきたいというか、本当に申し訳ないのだが、体調的に難しいのだ。


 ちなみにこのカッパ・ツーは最近盛り上がっている文学賞で、このエッセイを書いている2021年9月時点で『密室は御手の中』という犬飼ねこそぎさんの作品が書籍化されて本屋に並んでいるのを見た。最近頑張っている阿津川辰海さんという作家のデビューした賞でもあるので気になったらぜひ、見てみてほしい。

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