第12話 誕生

 終わらせたいと思って、終わらせることにした。

 僕は雪の妖精に告白をした。好きです。愛しています。メールで告白するのは誠意に欠けると思ったが、しかしどうせ終わる恋だから体裁なんて気にしても仕方がないと悪い方向に腹を括ってメールで愛を伝えた。


 するとメールを送って三十秒後くらいに、彼女から電話がかかってきた。びっくりして出た。すると彼女は告げた。


「ごめん。付き合っている人がいるから気持ちには答えられない。でもよければ、たまにご飯食べたりはしよう」


 下衆な僕は……そして女性不信だった僕は……この時「キープか?」と勘繰った。実際彼女がキープのつもりで僕にそう言ったのか、それとも単に人として付き合いたくてそう言ったのか分からないが……後者であることを祈るばかりだが……、とにかく彼女は僕に優しい言葉をかけてくれた。でももう駄目だと分かっていた。


 忘れるために酒を飲んだ。折しも成人式。記憶を失くすまで飲んで、気づけば僕は駅から家までの間にある林の中に倒れていた。同世代なら分かると思うが、僕たちの成人式は豪雪で、ほとんど吹雪の中、僕は林に倒れていた。危うく凍死するところだった。


 将吾が僕に連絡を寄越してきたのは、そんな成人式から二か月後の三月。春休みの最中だった。


「一緒に小説を書こう」


 そんな馬鹿なことを言ってきた。


 何でも僕は高三の頃、受験勉強に手がつかなかった代わりに様々な小説の原案を考えては将吾に話していたらしい。中にはいくつか将吾が面白い、と思うものがあったらしく、彼は「卒業して大学生になったら一緒に小説を書こう」と僕に約束させていたそうだ。僕の方はそんな約束すっかり忘れていたが、当時、ジャンプで『バクマン。』という漫画が流行っていた。単純に、コンビで小説を書く、というのが面白そうに思えた。


 この頃僕は精神病の症状で、ドッペルゲンガーを見るようになっていた。完全に幻覚の一種で、酒のせいか病気のせいかは分からないが、トイレの隣の小便器、講義室の一番端の席、散歩の最中にすれ違った人、そこかしこで「僕」と出会った。


 幸いにも「まともな」心理学の講義を受けていたので、僕はそれが幻覚の一種だと早い段階で気づいていた。そうして、「顔を認知するとはどういうことか」ということに興味を持つようになった。多分僕はその「顔認知」の機能が酒か病気かでぶっ壊れて、そのせいで自分……のように見える人……を見ているのだと、そう思った。


『アリスのドッペルゲンガー』。そういうタイトルの小説の原案を将吾に話した。二つの顔を人種効果とアリス顔効果と呼ばれる心理学の効果で同一に見せかける、というトリックだ。これも僕の熱心な読者なら、カクヨムにこのトリックを使った作品があることに気づくだろう。気づいてくれて嬉しいよ。いつもありがとう。


「二人の人物を同一に見せかけられるなら、アリバイトリックができる」


 将吾はそう言って、僕にアリバイトリックを授けてくれた。彼の名誉のために言っておくと、僕はカクヨムに上げたどの作品にも彼のトリックは使っていない。だからこの『アリスのドッペルゲンガー』のアリバイトリックも、カクヨムに上げている方には一切載せなかった。そのことであの作品を書く時はえらい苦労をさせられたのだが……それはまぁ、別の話。


『アリスのドッペルゲンガー』を二人で書いた。これをフロンティア新人文学賞に応募した。


「ペンネームはどうしよう?」

 僕は応募に当たって彼に訊いた。彼は答えた。

「何でもいいだろう。名前なんてただの記号だ」

 同意できた。ただ世の中の大半は同意しなさそうな意見だった。その旨、伝えた。すると彼はこう返してきた。

「小川将吾は? 二人の間をとって」


 こうして小川将吾が生まれた。

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