第10話 お前は俺を、知っているはずだ。
Monkeesというグループを知っていれば、『Daydream Believer』という曲を知っているかもしれない。その曲を元にした『デイドリームビリーバー』という忌野清志郎の曲なら知っている人がいるかもしれない。
僕はそれらの曲を聴きながら『夢追い人』を書いた。大した話じゃない。
「『江戸川乱歩賞の選考委員が連続で殺される』という小説を過去に書いた主人公。執筆から十年後、主人公がかつて書いた小説の通りに、江戸川乱歩賞の選考委員が連続で殺される」というストーリーだ。
キャッチコピーも考えた。「お前は俺を、知っているはずだ」。何せ自分が書いた作品の通り事件が起きるのだ。自分が作品を見せた人間は限られる。当然知り合いだ。では誰が、どうして? そういうミステリーだ。
この作品はホワイダニットという分類に属する作品だった。早い話が動機を問うミステリーだ。犯人は何故「江戸川乱歩賞の選考委員を」、「それも主人公の作品と同じように」殺すのか。そういうミステリーだった。
犯人は主人公の親友だ。親友はずっとある女の子に恋をしていた。しかしその女の子は主人公に恋をしていた。主人公も女の子のことは好きだったが、しかし主人公は小説家になりたいだなんて馬鹿な夢を追っていた。茨の道なのは目に見えている。そんな道に彼女を巻き込みたくない。そう思って、主人公は女の子から距離を置くのだ。
しかし親友はそれがとにかく気に入らない。主人公に張り合って親友は小説を書く。そうして恋している女の子に「どっちがどれを書いたか」を伏せて判定してもらう。結果、主人公の作品が面白い、と選ばれる。
親友は嫉妬に狂う。そして十年後、親友は自分の作品の通りの連続殺人をする。主人公の作品になぞらえて……。
トリックというほど大したものじゃない。ただその親友は、自分の殺害方法を「主人公の殺害方法に見せかけることで隠蔽する」作戦に出るのだ。
例えば最初の被害者。有栖川有栖は主人公の作品通り絞殺されるのだが、本当の死因は親友の作品の「カリウム注射による中毒死」だ。カリウムは元々人体にある物質なので体内にあってもおかしくはない。カリウム中毒で死んだ人間の首を絞めておけば絞殺されたように見える。そういう「見せかけだけ主人公の作品の死因になぞらえる」トリックだ。
穴だらけのトリックだ。今の科学捜査の力を以てすれば死後の傷は死後の傷だとすぐに分かる。でも高校生の僕は大真面目にこの話を書いた。そして将吾に読ませた。彼はすぐに告げた。
「君の最高傑作だ。何かの賞に応募した方がいい」
応募しようとした。しかしその年、豚インフルエンザが流行った。夏から秋にかけて僕は感染症対策を徹底したが、冬になると気が緩んで、ただのインフルエンザにかかった。乱歩賞の〆切は一月末。応募できなかった。それどころじゃなかったのだ。
同じ頃、園江先輩に勧められて恋をすることにした。「彼女がいると楽しいぞ」そう言われたからだ。
同じクラスのある女の子が気になっていた。それはただ「仲良くなりたい」つまり友達になれそうだ、という意味だったのだが、僕はそれを恋だと勘違いすることにした。
何だかんだ、三カ月くらい迷っていたと思う。本当に彼女が好きかどうか。
結局、好きだと思うことにした。でもそんな浅はかな気持ちはすぐに見抜かれて、僕はあっさりフラれてしまった。結果、彼女とは友達に……なれはした。つい二年ほど前も個人的な集まりでお酒を飲んだ。元気そうにしていた。
とにかく僕は、何もできないまま大学受験を迎えた。この頃には精神病の傾向ももっと強くなっていて、僕は全くと言っていいほど勉強ができなかった。二年の冬、東大を受けたい人向けの小さな模試のようなものがあったのだが、そこでは出ていたB判定がゴールデンウィーク頃にはEに落ち、そしてセンター模試で史上最悪の点数を叩きだし、東大は絶望的だという話になり、そうしてさらにやる気をなくし、勉強を手放した。結果辿り着いたのは中央大学だった。赤門から白門に行ったわけだ。
高校を卒業してすぐ。本当はいけないことだし、これは絶対に他の子たちはやってはいけない、見習うべきではないことなのだが、僕は父のウィスキーに手を出した。イオンのオリジナルブランドが出している最悪にまずい飲み物だったが、僕は食道と胃を焼き尽くすその味に夢中になった。夢を追う馬鹿馬鹿しさも、高校の悲しい思い出も、雪の妖精のことも何もかも焼き尽くしてくれそうだと思った。
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