第8話 雷じゃ無理がある

 高校二年の春、剣道部を辞めた。

 理由は簡単で、僕はいらない子だったから。県内八位という好成績を叩きだした僕たちだったが、その「僕たち」の中でも序列があるのは確かだった。僕は下の方。いらない方だった。後輩が育てば席を譲ることになるだろう。


「俺には仲間ができたぞ。お前は辞めるのか」


 退部届を出した時の先輩の言葉を大まかに省略したのが上だ。僕は一年かけて仲間を作れなかった。将吾は「仲間」と呼ぶには深く関わり過ぎていたし、黒川くんも塚本くんも僕とはさして仲良くはなかった。


 そういうわけで剣道部を辞めた僕は、晴れて自由の身になって、新聞部の部室に入り浸った。新聞部の部室は入り口のドアが壊れていて、窓から侵入する他にない仕様になっていた。僕はこれを利用して、新聞部内外の女の子を連れ込み、窓を超える際に高く脚を持ち上げると見える、女の子のスカートの中を楽しんだ。だいたいがスパッツのようなものを履いていて、直にパンツを見せているのは五人に一人くらいだったが、それでもスカートの中というだけで男子は楽しめるものだ。


 将吾が剣道の練習に励む中、僕はそんな風にして新聞部で過ごした。何回か女の子とそういう雰囲気になることはあったが、心が奮い立たなくて駄目だった。


 ゴールデンウィークに差し掛かったある日、将吾が僕を呼びだした。何でも自主練をするので付き合ってほしい、ということだった。怪我をして、一時的にレギュラーを降りることにしたそうだ。自分の席を後輩の有力な奴に任せて将吾は走り込みに専念した。それに付き合えと言われた。


 剣道部の練習には「山ラン」というものがあった。学校近くにある山を……山というより小高い丘を……走るという体力づくりのメニューだ。僕と将吾は一年生の春以来、それをした。急斜面を走り抜いて、走り抜いて、走り抜いて、そして頂上で一服した。二度目の言葉は確か、その時に言われた。


「書かないのか」


 それは二年の新学期始まってすぐにも言われた。僕は自信を失くしていたが、将吾がそう言うなら書いてみたい気がした。だから答えた。


「ネタを考えてみる」


 それから考えた。

 創作という意味では、僕は幽霊みたいなものだった。僕はずっと幽霊だった。剣道部でも、文芸部でも、新聞部でも。だから幽霊について書こうと思った。それが『二階の女』だった。


 廃墟の二階の窓の外。女の幽霊が見える。しかしそれはある科学的現象によるもので……? という話。


 僕の熱心な読者なら、この『二階の女』のアイディアがカクヨムに上がっていることに気づくだろう。どれとは言わない。探せとも言わない。ただ気づいてくれたのなら、ありがとう。


 例によって僕はトリックについて将吾に相談した。彼は僕のこの話を聞いた時、笑った。


「雷じゃ無理がある」


 僕の主張としては、「雷という偶然要素が重なることにこそ恐怖がある」というものがあったのだが、将吾はあくまでも「科学的トリックにこだわるなら原理をきちんと書くべきだ」と主張した。結局のところ彼は折れてくれたが、しかしこの時の彼の助言を、十年と少し経った今、僕はカクヨムで活かした。餞別の意味を込めて。追悼の意味を込めて。


 それはそれとして、六月末の文化祭に間に合う作品ができた。そして同時期に、僕は二度目の失恋をした。


 雪の妖精が、同じ部活の先輩に告白されてOKした、という話を耳にしたのだ。もうとっくに諦めていたはずの恋なのに、僕はひどく落胆した。


 そしてその雪の妖精を抱きしめた先輩は、僕がたまに見かける先輩でもあった。新聞部で取材したこともある。フェンシング部でも指折りの実力者だった。彼はNECTARが好きだった。僕もNECTARを飲むようになった。

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