第4話 文芸部、そして新人戦

 僕の高校は兼部可だった。

 つまり複数の部活を掛け持ちできた。僕は中学の頃から小説を書いてみたいと思っていたから、文芸部に入ってみることにした。後日、その流れで新聞部に入り、そしてその新聞部の人脈で当時はまだ同好会だったジャグリング部の設立にも関わるのだが、それはさておき、僕は剣道部と文芸部を掛け持ちしていた。先輩はそのことがとにかく気に入らないらしかった。


 毎週金曜日。僕は文芸部に行った。当然剣道部の練習はできない。すると翌日の土曜日、稽古の最中に明らかに先輩の当たりが僕に対してだけ強くなる……一人だけ素振りの本数を増やされたり、筋トレの回数を増やされたり……。だんだん剣道部に嫌気がさしてきて、辞めようかと思っていたら、ある日将吾が相談してきた。


「剣道部を辞めたい」

「分かる」

 ほぼ条件反射で答えていた。

「だいたいやることが非効率的すぎる」

 これは将吾の感想。

「清く正しくとか言いながら陰湿な奴が多すぎる」

 これは僕の感想。


 辞めてやろう。

 それが僕たちの結論だった。


 ただ僕は、今もそうだが当時から、ちょっとテロリスト気質があった。撤退するなら逃げ際に手榴弾を放って逃げていきたいような、そんな人間だった。


 そして将吾も多少、茶目っ気があった。つまり偉そうな顔をしている先輩たちに一泡吹かせてから辞めてやろうという、そういう部分があった。


 僕たちは奇跡的な合意を果たした。計画を立てる。


「九月に新人戦がある。その直前に辞めてやろう」

 試合の前に部員が二人もいなくなれば先輩たちも大慌てになるに違いない。そういう目論見だった。今にしてみれば禄でもない奴らだったと思う。


 ただ、九月というのは僕の中でも節目ではあった。十月頭、文芸部の部誌『羅針盤』が刊行される予定だったからである。僕はそれに、人生初の長編ミステリーを出そうと思っていた。〆切が九月の半ば。将吾と二人で剣道部を辞める計画を立てていたのが六月だった。


 長編を書いたことがある人なら分かると思うが、一本小説を書こうと思ったら最低でも三カ月はかかる。ましてや初めての長編だ。僕は長丁場を覚悟していた。だから早めに、それこそ六月頃にはもう、僕は考えをまとめ始めていた。そんな中で、将吾と僕とは「奇跡的な合意」を果たしたのだ。


 剣道部脱獄計画の合間。

 僕は、人生初のミステリーについて、将吾に話した。彼も昔からアガサ・クリスティに親しんだ人間だったので、論理的思考には慣れているようだった。


 もう記録がないし記憶もないので確認のしようがないのだが、人生初の長編ミステリーは水蒸気爆発と呼ばれる現象で人をぶっ飛ばすという派手な話で、問題はこのトリックを如何にして時限式にするか、という点だった。


 将吾と僕とは帰り道が同じだった。

 下らない剣道部の後の帰り道。

 すえた匂いの小田急線の中。

 改札から改札までの間。


 何となく、話した。殺人について。そのトリックについて。それらを包括するミステリーについて。

 そしてこの時、役割が出来た。


 トリックの将吾。作文の僕。

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