第2話 剣道やってただろ? 

 本当はフェンシング部に入りたかった。噓じゃない。本当だ。


『マスク・オブ・ゾロ』という映画が好きだった。仮面で顔を隠した剣士が圧政に苦しむ民衆を救う。アクロバットや剣術で敵を倒し、ついに宿敵と剣を交え、決着をつける……男の子なら大抵熱くなれる話だろう。続編は最低だったがこっちは一度観てみるといい。ロマンスもあるから女の子も楽しめる。アンソニー・ホプキンスのサイコじゃない一面を見れる映画で一番面白いのはこれだ。


 中学の頃、僕はそんな理由で剣道を始めた。剣が振りたかった。戦う術を身につけたかった。でもゾロの剣術……西洋剣術……と剣道の剣術とはかなりかけ離れていて、剣道の方がどうしても色々なものを美化している分、無駄が多いように見えた。そんな違和感を解消する手段のひとつが、僕の母校への進学だった。


 母校を選んだ理由はフェンシング部だけじゃない。

 本音を言うと、いつもテストの成績は最低のくせに教師の覚えがいいから内申点だけが高い友達に「飯田は俺より成績が悪いから俺よりいい高校にはいけない」と言われたことが一番の理由だ。「県立で一番頭のいいところに行けばあいつが如何に間抜けか証明できる」と思って進学した。フェンシングはそのおまけみたいなものだ。


 まぁ、とにかく、僕はフェンシングをやりたかった。それは本当だ。ここまではご理解いただけたと思う。


 ただ、フェンシング部は第二体育館で活動していた。第一体育館は名前から想像できると思うが、第二体育館の手前にあり、第二体育館に行くには第一体育館の前を通らないといけなかった。ここで木村先輩につかまった。


 木村先輩は僕の中学の先輩で、とてもやんちゃで喧嘩ばかりしているような人だったがやたらに頭が良かった。情報をつかむ能力に長けているというか、僕が母校に進学したことも入学初日にあっさり見抜かれていて……僕は木村先輩が苦手だったから隠していたのだが……、僕は第二体育館に向かう途中の第一体育館で、その木村先輩につかまった。彼はバレー部だった。


 義理は通さないといけない。そんなヤクザみたいな、と思われるかもしれないが実際ヤクザみたいな先輩だったから仕方がない。僕はバレー部の仮入部に行った。


 球技なんて最悪の競技だと思っている。

 球をあっちにやったりこっちにやったり何が面白いんだ? 本質的にはピンボールだろ。パチンコと何が違うんだ? 

 そういうわけで最悪の仮入部だった。休憩時間、僕は逃げる口実を探していた。


「剣道やってただろ?」

 急に声をかけられた。

 木村先輩に、ではない。彼に、だ。


 思えばこの時、小川将吾が生まれた。剣道とバレーがコートで出会って休憩時間に辿り着いた結果だった。


 これが僕の高校生活の中で最悪の、そして最初の出会いだった。

 彼は僕が高校で話した初めての同学年だったのだ。


 ロマンチック? だとしたら、君か僕かのどちらかがどうかしている。

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