訪問者は後悔の情景を連れてくる05
過去の記憶を思いおこしながら、カイルは瞼を上げた。
テーブルを挟んで向かい側のヴィンスは、あの時と同じく爬虫類の如く冷たい眼差しで己を見つめている。
一般人なら怯えてしまうような冷徹な態度だが、先日の巨大熊の殺気の方がまだ恐ろしい。
彼の視線を真っ直ぐに受け止め、カイルは自分でも驚くほど落ち着いた声で言った。
「確かに俺は貴族に向いていないのだろう。王の資格があるかと問われると自分でも首を傾げざるを得ない」
「カイル」
弱気な発言を咎めるような声を出したのは、シャノンであった。
父の隣で彼女は身を乗り出し、己の顔をのぞき込んでいる。
怒っているかのように眉間にしわが寄っているが、その目には心配そうな色がくっきりと浮かんでいる。
己の心を案じてくれているのだろうことがわかったので、カイルはシャノンに向けて視線だけで微笑んでから、改めてヴィンスに向き直る。
「俺は腹芸も得意ではないし、君たちの奸計にはまってしまったのがその証拠なのだろうな」
「は?」
嘲笑うような笑みを浮かべていたヴィンスの片眉が跳ね上がり、不機嫌そうな声があがった。
彼が何事か反論する前に、畳みかけるようにカイルは続ける。
「民が俺を退けるなら、俺はそれを受け入れよう。貴族が俺を支えたくないと言うのなら、俺の力不足だったと認めよう」
「ならば」
「だが父上は……王は今回のことを了承しているのか?」
「は?」
ヴィンスが目を見開いた。
しかしすぐに顔を歪め、カイルに対して侮蔑するような眼差しを向ける。
「ふん、結局父上の権威と王族の力に頼るのですね。それほど王の座が惜しいと?だが王が何でも息子の言うことを聞くとは思わないことです」
「次代の王を決定するのは現王だ。例え民や貴族に懇願されたとて、俺の一存で辞することは出来ない」
「そこを皆のために説得するのが貴方の役目でしょう」
父が何でもカイルの言うことを聞くわけがないと言ったのは、お前だろう。
と言いたかったが、やはりこの男と無駄な話をする気は起きない。
「俺を次期国王の座から下ろしたいのなら、王の許可を取り、きっちりとした手続きをしてきてくれ。話し合いが必要ならば俺も出向こう。まずはそれからだ」
きっぱり言い切ると、ヴィンスはついに黙った。ぐっと強く奥歯を噛みしめながら、恐ろしい目でカイルを見つめている。
しばらく二人はそのまま睨み合っていたが、ふいに相手はうつむく。諦めたのかとカイルがその顔を見つめていると、にわかにヴィンスは小さく笑った。
「王都の民も貴族も、時期王はナタリア様をと望んでいます」
「何?」
唐突にヴィンスが口に出した腹違いの妹の名前に、カイルは目を見開き体を強張らせる。
確かに己が王位から外れれば、次にその座に座るのはナタリアかゴールズワージー公爵かだ。しかしヴィンスがこうもはっきり妹の名前を出したことに、胸のざわめきを感じる。
ようやく顔色の変わった己を見て侯爵はにやりと笑い、わざとらしく低い声を出して話を続ける。
「最近のナタリア様は幼いながら政治にも積極的に参加なさっているのですよ。特に、ホリィ嬢の貧民街に魔法学校を建てる計画には自ら出向くほどで」
「ナタリアが?」
「ええ、貴方とは大違いですね。あの方はホリィ嬢の崇高な考えを理解しているようです」
自信たっぷりに言い切るヴィンスに、今度はカイルが押し黙ることとなった。
ナタリアはホリィを怖がっている様子だったのに、この半年で何があったと言うのだろう。
まさかホリィやヴィンスに脅されて?いや、そんなことを王や王妃が許すとは思わない。
己に対する風当たりが日に日に強くなり、追放されるように王都を出ることとなったが、せめてと最後にモリス辺境伯に話を通してくれたのは彼らだった。
王として国を守るのを第一としているが、父たちにも子を思う情はある。
ならば、やはりナタリアが自らホリィたちについていったということだろうか?いったい彼女にどんな心変わりが?
ざわつく心を押さえながらぐるぐると考えていると、ヴィンスはさらに笑みを深めた。
「ナタリア様が貴方から王座を奪うのも時間の問題でしょう。それまでにご自分の身の振り方を考えておいたほうがいいと、私は忠告をしに来たのですよ」
とどめとばかりに言い捨てて、侯爵はすっと立ち上がるとモリス辺境伯へと向き直る。
「それでは私はこれにて失礼いたします。見送りは結構ですよ。カイル様と話すこともあるでしょうからね」
嫌味っぽく目を細め、ヴィンスは足音軽く応接室を出て行く。
その背中に三人が声をかけることは無かった。ただ無言で彼を見送り、ぱたんと完全に扉が閉じられたところで、沈黙を破るようにモリス辺境伯がため息をつく。
「カイル殿下。ジェイミソン侯爵の話をどう思う?」
「……俺に対する脅しなのではとも思いました。ナタリアを手中に収めて、俺が王座を自ら辞退するように仕向けているのかと」
「そんな、では妹君は……っ!」
がたりと床を鳴らして立ち上がるシャノンに、辺境伯は「落ち着け」となだめてから口を開く。
「しかしそんなことを貴殿の父君が許すはずはないだろう。ならばナタリア様は自ら彼らの仲間になったのではないか?」
問われて、カイルの脳裏には怯える妹の姿が浮かび上がった。
だが思い出の中の彼女から疑問の答えが返されるわけもなく、ただ「わかりません」と首を横に振る。
胸のざわめきは大きくなる一方で、カイルは今すぐにでも王都に残して来た小さな妹に会いたかった。
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