王太子は戦乙女とともに謎へ挑む01

 ヴィンスが屋敷を出、カイルは辺境伯と一通り話し合った後、兵士のための訓練場で一人剣を振っていた。

 既に時刻は夕暮れ時。あたりには自分以外の兵士はいない。考え事をするには絶好の状況だった。


 頭の中では答えの出ない疑問がぐるぐると巡っている。その中に愛しい妹の面影が混じるたび、剣を握る力が強くなった。

 ナタリアは今王都で何をしているのだろう。何を考えて、ホリィたちの活動に参加したのだろう。

 考えたところで、やはり記憶の中の妹は何も答えてくれなかった。


「カイル」


 やがて腕の感覚が無くなって来たころ、背後から己の名を呼ぶ声が聞こえた。

 ふう、と大きく息を吐いてゆっくり背後を振り向くと、訓練場のわきに真剣な目をしたシャノンが立っていた。


「シャノンか」

「大丈夫かしら?顔が真っ青だわ」


 カイルが剣をおさめると、訓練所に入ったシャノンはこちらへ近寄り、じっと己の顔をのぞき込んでくる。

 彼女の表情は酷く険しい。太陽のように焼け付く光をたたえた瞳は、今の自分にはあまりにも眩しかった。


「……ジェイミソン侯爵の話を聞いてもいいかしら」

「ああ」

「彼はカイルがホリィ嬢……貴方の元婚約者を不当に辱めたと言っていたけど」


 シャノンの口調は目付きと同じく真剣そのものであった。

 カイルはその眼差しと問いかけを真正面から受け止め、否定することなく深々と頷く。


「以前も言っただろう。俺はゴールズワージー嬢をないがしろにし、勝手に婚約破棄を……」

「嘘よ」


 刃の切っ先のように鋭い声が、カイルの言葉の端を切り取った。

 あまりにも自信たっぷりに告げられた言葉に目を瞬かせると、シャノンは眉根を寄せてまた一歩こちらに近づく。


「カイル、貴方はそんな不誠実なことが出来る人ではないわ。例え婚約者の他に愛する人が出来たとしても、筋は通すはず。何か他に理由があるはずだわ」

「しかし、世間は俺のことをそう言っているぞ」

「『世間』は、でしょう。私の人を見る目はそんなものに惑わされるほど腐っていないはずよ」


 腰に手を当てて断言する彼女をまじまじと見つめて、カイルはしばらく呆然とした。

 その瞳には相変わらず焼け付くような光が宿っており、己から真実を聞くまで納得しないぞという意思がはっきりと読み取れる。


 恐らくここではぐらかそうとしても無駄だ、と悟った。

 巻き込みたくないゆえに語らなかったが、これ以上嘘をつきとおせる自信もない。

 敵わないなと首を横に振り、目元を僅かに緩ませて口を開く。


「情けない話になるが……、俺は元婚約者、ホリィ・ゴールズワージーとその仲間たちとの戦いに負けたのだ」

「負けた?戦いって?」


 首を傾げるシャノンに、カイルは彼女の故郷であるモリスに来ることになった経緯までを淡々と語り始める。

 あの辛い思い出を口に出すことははばかられたが、思ったほど嫌な感情は蘇らなかった。


 隣でシャノンがただ黙って、真剣に話を聞いていてくれたからかもしれない。

 全て語り終えたあと、妙に胸がすっきりしていて、案外自分は誰かにこのことを聞いて欲しかったのだろうかとすら思った。


「なるほど。貴方がモリスに来た時、深手を負って瀕死の兵士みたいな顔をしていたのはそのせいだったのね」


 同情するでもなく、もちろん侮蔑することもなく、シャノンは肩を竦めてそう感想をもらした。

 下手に感傷的になられるよりもずっと気が楽だったので、カイルもまた少しおどけて首を傾げる。


「そんな酷い顔をしていたか?自分では普通のつもりだったのだが」

「うまく立ち回れなくてボロボロになった初陣の私より酷い顔だったわよ」

「はは」


 自然と笑みがこぼれてくる。シャノンも少し嬉しそうに微笑み、すぐに顔を引き締めた。


「ゴールズワージー公爵令嬢はそんな噂まで流して貴方を時期王の座から引きずり下ろしたかったのかしら?」

「彼女が、と言うよりジェイミソン侯爵が、なのかもな。彼は俺の父……現王に批判的な立場であるし」

「それならば貴方の妹君を王に、と言うのはおかしくないかしら?」


 そこがわからないと、カイルも思う。

 ロックウェル家の血が流れる者に王権を渡したくないのなら、それはナタリアにも当てはまるはずなのだ。

 幼い妹の怯えた様子を思い返しながら腕を組み、低い声で唸る。


「……俺は腹芸が苦手だ。今回全てにおいて後手に回り、噂を消せなかったのは俺に才能がないからだと思っている。もしナタリアが願うなら、王座は譲ったほうがいいとは思うが」

「彼女が何を思ってゴールズワージー公爵令嬢とジェイミソン侯爵の一派にいるかが不思議ね」


 カイルは頷く。今すぐにでもナタリアに会って、現状がどういうものなのか確認したい。

 しかしいきなり己が王都に戻ってもいらぬ混乱が沸き起こることだろう。どう行動したら一番最良かと考えたところで、シャノンがふと何かに気が付き眉間にしわを寄せた。


「……ねえ、カイル。貴方、もしかして一人で妹君に会いに行こうなんて考えていないわよね。勝手にここを出で行くつもりはないわよね?」

「まさか、きちんと筋を通すつもりだったぞ。……最後に挨拶はするつもりだった」


 ぽつりと最後に付け加えると、シャノンの眉間に刻まれたしわは深くなり「もう!」とこちらの胸を小突いてきた。

 本気の力ではない。彼女が本気だったらカイルの肋骨はすでに折れている。


「でも貴方が動こうとしていると言うことは、何か手掛かりはあるということね」

「まあ、そうだな」


 短く言ってこくりと頷くと、シャノンは「私にも一枚噛ませてちょうだい」ときっぱりと告げた。


「……関係ない君を巻き込むのは」

「背中を預けて戦った相手を見捨てるなんて、モリスの民はしないわよ」


 真摯な瞳をこちらに向ける彼女に、カイルは唇を持ち上げる。

 やはりこの娘には敵いそうもない。そう思いながら、考えていたことをシャノンに話した。

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