第54話 油断

「ついに来たわね」

「来ましたわね」

「……来た」


 警戒はしていたが、結局アラクネとは遭遇しなかった。一本道じゃないから、入れ違っただけの可能性もあるにはあるが、たぶんいないだろう。


「あとは骸骨王スケルトンキングを倒せば、今度こそ自力踏破になるのよね」

「……うん」

「頑張りましょう」


 三人が、ぐっと両手の拳を握る。


「それじゃあ、シェス、ティア――」


 レナの真剣な声に、二人が静かにうなずく。


「――休憩部屋に戻るわよ」


 俺はがくっと体勢を崩した。


「何よ。まさかこのままボス部屋に入るとでも思ったわけ?」

「……休憩」

「同じてつは踏みませんわ」


 心外だ、とばかりに三人がこっちをにらみつける。特にレナの目付きが一番鋭い。


 俺は黙って「降参だ」とばかりに両手を上げた。


 ちゃんと成長しているようだな。ここまでの立ち回りも悪くなかったし、これなら第十階層までのこいつらだけでの探索を許可してもよさそうだ。


 ――と思ったのも束の間。


「ひょぇぇっっ」


 休憩部屋に戻る途中で、通路の角で出くわしたスケルトンに驚いて、レナが悲鳴を上げた。色気の欠片もない声だ。


 続けて隣のティアもびくりと体を震わせた。


 硬直した二人の間をシェスのファイア・ボールが抜けていき、スケルトンへとぶち当たる。


 それとほぼ同時に、立ち直ったレナが剣を横に振り、スケルトンの核を割り砕いた。


「ふぅ……」

「油断禁物だ」

「なっ、油断なんてしてないわっ。ちょっとびっくりしただけで……!」

「……油断」

「今のはレナさんが悪いですわ」

「う……そうね。ごめん」


 成長したかと思えばこれだ。


 ダンジョンでは油断するなとあれほど言っていたのに。


 後で説教だな、と思っていたら、休憩部屋に着くなり、荷物を下ろして座り込んだレナの前に立ちはだかったのは、シェスとティアだった。


「……油断は駄目」

「そうです。ダンジョンでの油断は絶対にしてはいけません。ティアさんはモンスターの気配に気づいてらっしゃいましたよね。それなのに、レナさんの悲鳴に驚いてしまって一瞬行動が遅れました。わたくしだって存在こそ知覚していませんでしたが、ちゃんと警戒はしていましたわ」

「だから、ごめんって」

「わたくしたちはレナさんを信じて進んでいるのですから、きちんと警戒してくださらないと困ります」

「……困る」

「はい……本当に申し訳ございませんでした……」


 真剣な顔で二人に言われて、レナは心底反省したようだ。俺からじゃ反発心もあるだろうが、二人からなら素直に受け入れられるようだな。


「今回は二人に免じて見逃すが、次やったらテストは不合格だからな」

「なっ!? それは厳しすぎでしょ!?」

「……レナ」

「レナさん?」

「あ、う、あ……ごめんなさい……もう二度としません……」


 厳しいものか、と言ってやろうと思ったが、それよりも先にティアとシェスの圧がレナを黙らせた。


 結果的に怪我はなかったとはいえ、こういうヒヤリハットを繰り返すといつか大事故に繋がる。実力不足はどうしようもないが、これは心がけの問題だ。誰にだってできる事だからこそ、疎かにしてはいけない。


 さすがに本気で不合格にまではしないが、次もしやったら、戻ってから何日かの謹慎と、第五階層までの攻略を五周くらいのペナルティはつけるつもりだ。


 罰則があることで逆に俺にバレなきゃいいと思い始めるとよくないんだが、こいつらの場合は、なぜやってはいけないのかをきちんと理解して、互いにそれを注意できる。ほんと、いいパーティになったもんだ。


 


 十分に休息を取り、装備を整えて、俺たちは再びボス部屋の前までやってきた。


 シェスが両開きの扉に手の平をつけ、レナを見た。


 レナが合図を送ろうと口を開きかけたが、ふとやめて俺を見る。


女王蜘蛛クイーンアラクネがいたりしないわよね?」

「シグルド達と調査に来た時は骸骨王スケルトンキングだった。だが、正直開けてみないとわからん」

「もし女王蜘蛛クイーンアラクネだったら――」

「また調査だな」


 さぁっとレナたちの顔色が悪くなる。


 気持ちはわからんでもない。第五階層踏破者ブラックの身で、突然第十五階層のボスとやり合わなければならなくなったのだ。それも通常よりも強化された個体を二体も。


 正体を明かしていなかったから俺は第十階層踏破者シルバーだと認識していただろうし、第三十階層踏破者プラチナだとわかった後も、毒にやられて終わりだと思っただろうしな。


 こいつらが初めて自分の死を覚悟した瞬間だったかもしれない。


「……大丈夫」

「そうですわ。黒の閃光ブラック・ライトニング様がいらっしゃるんですから」

「……紅の魔法使いも」


 ティアとシェスは、そうは言いながらも、不安そうにしている。


「確かに女王蜘蛛クイーンアラクネだったらオーラも魔法も使うけどな、その呼び名はやめろ」


 前回は俺が思っていたよりも三人は持ちこたえていたし、いざとなれば当然助ける。依頼人じゃないからギルドからのペナルティはないが、さすがに弟子を見殺しにするほど薄情ではない。


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