第55話 本来のボス

「だけど、万が一ってことが……」


 レナが自分の体を両腕で抱いてぶるっと震えた。


 ボス部屋の前ではそれほど珍しい光景ではない。実際挑戦せずに引き返す冒険者もいる。


 自身の実力を鑑みて思い直し、まだ早いと撤退の判断ができるのは素晴らしい事だ。それができずに死んでいく冒険者は多い。


 だが――こいつらは違う。実力は十分だ。


「これからずっとここに来る度にビビるつもりか。そんなんじゃいつまで経っても独り立ちできないだろうが」


 さっさと弟子を卒業してくれなきゃ困るんだよ。


 俺はシェスを後ろから抱え込むようにして扉に両手をつけ、開けた。


「ほれっ、さっさとっ、行け!」

「きゃっ」

「わあ」

「ちょっ」

 

 ぽいぽいぽいっと三人をボス部屋の中へと放り投げる。


「何すんのよっ! あたしたちにだって心の準備ってもの……が……」


 三人がぺたりと座った床。その触り心地は岩肌のようなゴツゴツとした感じではなくて、綺麗に磨かれた石畳のものだ。

 

 周りを見れば、前回とは明らかに違うことにも気づく。洞窟のような岩壁ではなく、人工的に四角く切り取られた石を積んでできたような石壁。


 俺が部屋に入ると、扉がバタンと閉まった。


 と同時に、ぼっと小さな音がして、前方が明るくなる。


 五つある松明に囲まれて照らされているのは、ふたのない石棺だ。


「……骸骨王スケルトンキング

「ああ。あの石棺の中にいる。近づけば起き上がって来るから、心の準備をするならやっておけよ」

「それをさっきしてたんじゃない……! ――もういいわ! 二人とも! さっさと倒すわよ!」


 レナがさっと立ち上がり、つられて二人も立ち上がった。


「あの石棺の大きさからすると、情報通り、骸骨王スケルトンキングの身長は小鬼王ゴブリンロードと同程度ですわね」

「ええ、でも、動きは全然違うらしいから要注意よ」

「……同じ」

「そうね、戦略は小鬼王ゴブリンロードと変わらない。足を攻撃して、膝を折ったところで頭を狙うわ」

「……魔法」

「はい。小鬼王ゴブリンロードと違うのは、魔法での攻撃をしてくるところですわね。防御もシールドを使ってきますから、手に持った盾で防げないような攻撃であっても防がれる可能性があることに注意です」

「じゃあ、予定通り、あたしがメイン攻撃で、ティアは撹乱かくらんと補助、シェスは防御優先でお願い」

「……うん」

「はい!」


 三人の目線がこっちに向く。


 俺は肩をすくめるジェスチャーを返した。


 ベストではないが、口を出すほど悪くはない。事前に情報収集をして、自分たちなりに戦略を考えてきたのだから、やってみればいい。あとはもう、実戦あるのみだ。


「シェス、お願い!」


 レナの合図に従って、シェスが石棺に向かってファイア・ボールを投げた。


 それは上手いこと下降して石棺の中で爆発する。


 一拍置いて、石棺の縁に、骨だけの手が乗った。


 むくりと骸骨王スケルトンキングが起き上がってくる。髑髏しゃれこうべの上には金色の王冠を被り、背中には赤いマント、両の手には剣と盾を持っている。


「なんか……間抜けね」

「身につけているのが王冠とマントだけですものね……」

「……変態」


 いやまあ、確かに、生身だったら露出狂の変態かもしれないが。


 初めて小鬼王ゴブリンロードに対峙した時はその大きさに気圧けおされていたくせに、自分たちよりも大きなモンスターの相手をすることにはもう慣れたようだ。


 言われたセリフを理解しているわけでもあるまいが、骸骨王スケルトンキングはカチカチと歯を鳴らして威嚇いかくしてきた。

 

「まずは様子見するわよっ!」


 叫ぶやいなやレナが走り出す。


 正面で跳び上がり、いきなり骸骨王スケルトンキングの顔面を狙う。


 しかしそれは当然骸骨王スケルトンキングによって防がれた。ぶつかり合った剣がガキンと鋭い音を立てる。


 着地したレナはすかさず骸骨王スケルトンキングの足元に駆け寄り、腓骨ひこつ――膝下の二本ある骨のうちの細い方――を狙って剣を一閃いっせん


 しかしそれもあっさりと防御魔法シールドによって防がれた。


「なるほど。こういうことね」


 二振り目も同様に防がれる。


「硬い……わねっ!」


 レナは何度も剣を振るが、ガキンガキンと半透明のシールドに阻まれ続けている。力尽くでこのシールドをぶち破るのは、レナではまだ無理だ。


 骸骨王スケルトンキングがレナに向かって剣を振り下ろそうとした。


 そうはさせじとシェスのファイア・ボールが顔面を狙い、骸骨王スケルトンキングは攻撃を中断して盾で防いだ。


 同時に空いた左脇下にティアが飛び上がり、オーラで強化された蹴りを放つ。


 重いブーツのつま先が肋骨ろっこつに当たり、ゴッと鈍い音がするも、ダメージが入っているようには見えない。


「……一つ」

「ええ、シールドは複数は出せないみたいね」

「こちらは三人ですから、剣と盾とシールドがあれば、理論的には全て防がれてしまいますが――」

「今みたいに隙を突けば、攻撃は当たるってことね」

「……同時」

「はい。わたくしが複数の魔法で同時攻撃すれば、防御に手が回らなくなるはずです」

「じゃあそれでよろしくっ」


 すぐにシェスが詠唱を始める。


 レナとティアはいったん攻撃の手をやめて引き、シェスの魔法が完成するタイミングで再び攻撃に移った。

 


 

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