第42話 空振り

 そんな調子で、宿泊を挟みながら第十五階層まで降りた。


 シグルドがボス部屋の扉を開ける。


 普通に女王蜘蛛クイーンアラクネの部屋だったし、天井から落下して現われたのも一体だった。


「普通にクイーンアラクネですね」

「クロトが第十階層で戦った時は、防御力が高かったんだっけ?」

「ああ。オーラなしだと弾かれた」


 オーラを使えば余裕だったが、通常なら人型部分はオーラなしでもスパッといける。


「ふむ……」


 シグルドがあごに手を当てて、考える素振りを見せる。


「攻撃力はどうなんだろう? どうせクロトは全部避けちゃったんでしょ?」


 なんだそのまるで俺が悪いみたいな言い方は。


「オーラありでウォーターボールを食らった時は、なんともなかった」

「それは参考にならない」


 やれやれ、とシグルドが首を振る。


 いやだから、俺は案内人だからな!? 異常事態だったから仕方なく戦ったが、本来そういう調査は冒険者の仕事だろ!


「ホラス、頼むよ」

「わかった」


 そう言って、ホラスが前に出た。


 バトルアクスを自分を守るように構える。オーラは使っていない。


「ファイア・ボール」


 シグルドがクイーンアラクネの気を引くために魔法を放った。


 無駄に小さく絞られたそれが、クイーンアラクネの人型部分にペチリと当たる。


 クイーンアラクネがこちらを向いた。


 すぐにウォーターボールが二つ飛んできたが、ホラスがおので防いだ。


「どう? 強そう?」

「普段と変わらない」


 クイーンアラクネが飛ばしてきた糸を、またホラスが防ぐ。斧に絡まった糸はシグルドが焼いた。


 続けて毒液が飛んでくる。


 だよな。普通はこうやってすぐに毒液の攻撃も仕掛けてくるものだ。


 棒立ちになったホラスが毒液を浴びる。


 それはよろいに当たった瞬間、しゅっと白い湯気を出して消えた。よろいに付与されている効果が毒を無効化したのだ。


「毒も問題なし」


 ホラスが自分の鎧を確かめて言う。


 とはいえ、ホラスの鎧と斧は大抵の毒は無効化してしまうので、多少強化されていたところで結果に大差ない。


「では」


 そう言って、ホラスはクイーンアラクネの方へと前進した。


 毒と糸とウォーターボールが浴びせられるが、その全てを受けながら、悠々ゆうゆうと歩いて行く。


 気圧けおされたクイーンアラクネがじりっと下がった。


 構わずホラスは歩みを進める。


 あせった相手が猛攻を浴びるが、やはりホラスは無傷で歩み寄る。


 クイーンアラクネにとってはたまった物ではないだろう。どんな攻撃をしても、全く意に介さず、といった感じで避けもせずに敵が近づいて来るなんて。


 ついにホラスがすぐ目の前まで距離を詰めた。


 蜘蛛くも部分が前脚を上げる。


 振り下ろされた二本の足は、鋭い爪で、無防備に突っ立っているホラスの両肩を垂直に斬りつけた。


 ギャギャッ


 硬い物同士がこすれる嫌な音がした。


「変わらないな」


 涼しい顔――をしていると思われるホラスが振り返って、シグルドに報告した。


 もちろん鎧の前面には全く傷はない。


 どころか、蜘蛛の足の先の爪が割れていた。


「わかった。次はアメリア、上をよろしく」

「了解しました」


 アメリアが太もものバンドからすっとナイフを抜いた。


 ナイフの刃が青白く光る。


 ホラスが横に避けると、アメリアが無造作に手を振った。


 ヒュンッ


 甲高かんだかい音がして、次の瞬間には人型部分の眉間みけんにナイフが刺さっていた。


 かと思うと、一瞬で人型部分が真っ白に凍り付く。


「ちょっと魔力込めすぎちゃったかもしれないです」


 アメリアが申し訳なさそうに言う。


「いや、魔法耐性も通常の個体と大差ないことはわかった。ホラス、もういいよ」


 シグルドがひらひらと手を振ると、ホラスが斧を構え――。


 ブンッ


 オーラも何もなく、ただ横に振られただけの斧は、クイーンアラクネを上下にわかった。


 というか、接合部がごそっと失われているので、その部分を破壊した、と言う方が正しいかもしれない。


 クイーンアラクネは黒い霧となってシグルドの杖に消えた。


「じゃあ、次は第二十階層のボスだね」

「さすがにここから下は俺で一人ってわけにはいかないぞ」

「わかってるよ。しばらくクロトは休んでて。ボス戦で働いてもらうから」

「では、私が先頭ですね」


 床に落ちたナイフを拾ったアメリアが、軽い足取りで下層への階段を降りはじめる。


 アメリアが先行して索敵と罠の感知、敵がいればホラスが前に出て防御、防いでいる間に後衛のシグルドが敵を殲滅せんめつ、後ろから敵がくればアメリアがナイフで迎撃、といういつもの連携で三人は進んでいった。


 残る俺は扉を開けて、ただついて行くだけ。


 うんうん、案内人とはこうあるべきだ。


 何の声かけもなく流れるように繋がる連携はさすがで、この階層をたった三人だけで進んでいけるのは、このパーティだからこそだった。


 普通、第二十階層踏破者ゴールドであっても、六人はいないとこの速度は出せない。


 攻略日数ももっとかかるし、こんな風に挟撃を無視して最短距離を進むなんてことはしない。


 こいつら、部屋の三方からモンスターが入ってきても顔色一つ変えないからな。


 ……と、俺が楽をしていられるのも、第二十階層のボス部屋までだった。

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