第41話 炎の薔薇

「遅かったね」


 走り通しでボス部屋にたどりつくと、シグルドが開口一番こう言った。


 いや、少しはねぎらいの言葉をだな……。


「クロトさん、お疲れ様です」

「クロト、大変だったな」


 そうそう、この二人みたいに。


 ……って、シグルドに期待するだけ無駄か。


「で、どうだった?」

「アラクネはいなかった。いつも通りで異変はなしだ」

「となると、ここのボスもから振りかな」


 言いながら、シグルドが無造作むぞうさに扉を開ける。


 四人全員が部屋に入ると、中央にある五つの松明にぼっと火がともり、部屋が明るくなった。


「普通のボス部屋ですね」


 アメリアの言うとおり、そこは墓所のような石造りの部屋だった。


 松明に囲まれた中心にはふたのない石棺がある。その中に骸骨王スケルトンキングが横たわっているはずだ。


「やっぱり女王蜘蛛クイーンアラクネはいないか。あの時は、洞窟みたいな部屋だったんだよね?」

「ああ。第十五階層のボス部屋のそのものだった」

「じゃあ、ちゃっちゃと倒して次行こう」


 言うやいなや、シグルドが魔力をり始める。


 このなまけ者も、やっと働く気になったようだ。


 ロッドの魔石が青白い光を放ち、シグルドの体を帯のように取り巻いたあと、体の前に収束していく。


氷の蛇アイススネイク


 シグルドがロッドを石棺に向かって振ると、光から細い氷のヘビが現われ、一瞬で石棺へと伸びた。


 そしてわずかに、ピキッっという音が聞こえてくる。


 かと思うと、ヘビは空中にふっと溶けた。後に残ったのは、ヒンヤリとした空気だけだ。


 石棺の上にはもやっと黒い霧が現われ、シグルドのロッドに吸い込まれていった。


「わー、ギルド長、さすがです!」

「えげつねぇな」


 今このシグルドは、石棺に横たわったままのスケルトンキングの核を、氷の蛇で破壊したのだ。


 この距離で、視界に入れもせずに、肋骨ろっこつの隙間をって正確に打ち抜く技量は、アメリアの言うとおり、さすがと認めざるを得ない。


 俺たちの存在を知覚することもなく、一瞬で倒されてしまったスケルトンキングには同情する。


「クロトなら巨大な氷塊で圧殺かな」

「バカ言うな」


 そんな魔力の無駄遣いするものか。普通に跳んでって剣で斬りつけるに決まってるだろ。


「さて、次の階に行こうか」


 シグルドがのんびりと歩き出したので、その後に続いて第十一階層への階段を降りた。


 扉を開けると、壁一面がツタで覆われたフロアが現われる。


「さあ、くれないの魔法使い殿、出番だよ」

「お前がやれよ」

「駄目ですよ、クロトさん。ギルド長は器用ですけど、大規模な魔法は苦手なんですから。いつものようにお願いします」

「だから俺は案内人であって冒険者ではないんだっての……」


 言いながら、俺はオーラを消して魔力を練った。


 すぐに制御しきれなくなった魔力があふれ出す。


 シグルドも横で魔力を練り始めた。


 先に完成したのはシグルドで、それは自分たちに強力な耐火効果を付与する魔法だ。俺以外の三人の体が淡い赤い光が覆う。


 遅れて魔法を完成させた俺は、ツタの葉を避けるようにして壁にじかに片手をつけた。


炎の薔薇フレイムローズ


 瞬間、俺の手を中心に紅いつるが生まれ、壁と床、天井をフロアの奥へと走っていった。


 当然、シグルドたちの足元も例外ではなく、体に蔓がからみついている。


 何も起きていないのは、吹き上がる魔力に守られている俺だけだ。


 シグルドたちは抵抗することなく、なすがままになっていた。


 十分な時間がたったところで、壁に触れる手に力をこめる。


ぜろ」


 ぐっと壁を押すと――。


 ボンッ


 手のすぐそばの蔓から炎がふくれ上がり、爆発した。


 それを起爆剤とするかのように、蔓に沿って連鎖的に無数の爆発が起きていった。


 シグルドたち三人にの体にも炎の花が咲き、爆発の光で何も見えなくなる。


 全ての爆発が終わったあと、壁にっていたツタはきれいに燃え尽き、やや焦げ跡の残る土壁がき出しになっていた。


 フロアの奥から次々に黒いもやが流れてきて、やはりシグルドのロッドへと吸い込まれていった。


「クロトさんもさすがです」

「やっぱりクロトの魔法はいいね。圧倒的な力でねじ伏せるさまは圧巻だ」

「そうやっておだててりゃ、俺がほいほい魔法を使うと思ってるんだろ」

「まあね。第十五階層までは同じ事をやってもらうつもりだから」


 悪びれもなく言うのが腹立つ。


「全滅か?」


 ホラスがフルフェイスのかぶとの顔をアメリアに向けた。


「ええと、そうですね……」


 アメリアが目をつぶると、温かい風が体の周りをなでていくような感覚が過ぎ去っていく。


「このフロアには、たぶんもうモンスターはいません」

「第十一階層には浮遊するモンスターはいないしね。厄介やっかいな罠も全部燃えちゃっただろうから、安心して次の階に行こう」

「一応、私が先行しますね。……あ、クロトさんの魔法の効果を疑ってるわけじゃないですよ」

「わかってるって」


 この階層、俺のフロアには罠が多い。全て燃やし尽くしたとは思うが、念のためで俺がチェックしながら行くくらいなら、アメリアが先行して感知した方が早い。


 アメリアがオーラをまとった。緑色で厚くはないが、揺らぎが少なく、練度が高いことがわかる。


 ホラスも赤いオーラを出す。こちらはオーラを足に重点的に回していて、足を強化していた。ホラスはオーラの扱いにけているのだ。


 魔法同様、そんな器用な真似ができない俺は、ただ単純にオーラを全開にする。


 シグルドだけは、魔法で速度アップをしていた。


「ではみなさん、ついてきて下さい」 

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