第25話 モンスターハウス

 行きたくない、と毛を逆立ててごねるティアをなだめ、俺たちは先へと進んでいった。


 レアドロップ品なんて、そうそう出るもんじゃない。今回はもう腐った肉は出ないだろう。出ても石鹸せっけんはある。


 奮い立ったティアは強く、先ほど以上に意欲的にゾンビを倒していった。


 その他のモンスターは、これまで通り三人が連携して倒していく。


 第九階層なのにも関わらず、さほど苦戦することなく、そろそろ半分くらいだなと思った時――。


 フロアで一番の大部屋が、大変なことになっていた。


「これはモンスターハウスというものでしょうか?」

「だな」

「ちょっと無理じゃない?」


 レナが言うのももっともだった。


 部屋にはモンスターがひしめき合っていたのだ。


 スケルトン、スケルトンメイジ、ゴーレム、ゾンビ。


 大部屋にここまでモンスターがいるというのは珍しい。


 フロア全体が一つの部屋になっていて必然的にモンスターハウスになっていた、なんて笑い話にするしかない構造はあるにせよ、大抵のモンスターハウスは小部屋に生じる。


「あれだけ近くにいて、喧嘩けんかにはならないのでしょうか」

「ていうかあいつらって、何食べて生きてるの?」


 ダンジョンは岩肌だけで構成されている。


 もっと下までいけば様相は変わってくるが、ここまでは植物もなければモンスターが食べられそうな小動物なども出てきていない。


「ダンジョンの魔力を吸っている、と言われていますね」

「なら口とかいらなくない? それになんで冒険者あたしたちを攻撃してくるのかしら」


 レナが首をひねる。


「所説あるが――」


 俺は二人の頭の上から部屋をのぞき込みながら言った。ティアは臭いからと後ろに離れている。


 その手には気付け薬のびんが握られている。匂いが気に入ったのか、戦闘が終わるたびにくんくんといでいた。


「ダンジョンは冒険者の魔力や魂を食らって成長していて、モンスターもダンジョンの一部なのではないか、という説が有力だな。つまり、冒険者ホイホイってことだな」

「……言い得て妙」

「そうですわね。わたくしたちはダンジョンなしでは生活できませんもの。第十階層より下には、宝箱も出現するのですわよね?」

「ああ。フロア内にランダムに出る。わなも出現するけどな」


 モンスターのレベルも段違いだし、美味いだけの話はない。


 宝箱も罠も出現場所が決まっているから、自分のフロアを完璧に把握していれば罠にハマることはない。が、そこまで至るまでは大変だ。


「宝箱からは貴重なアイテムとか装備が出るって聞いたんだけど、あんたは見たことあるの?」

「これも宝箱からの戦利品だぞ」

「嘘っ!?」


 腰に差した剣を抜いて見せると、レナが飛びついて来た。


 食いつきがすごい。


「どこで出たやつ!?」

「に――いや、どこだったかな」

「宝箱開けといてどこかわからなくなるとかある!? 記憶力なさすぎ!」


 俺に突っ込みを入れつつも、レナの目は剣に釘付けだ。


 そしてはぁっとため息をつく。


「キレイな剣だと思ってたけど、そんなにいい物なんだ。いいなぁ、あたしも欲しいなぁ」


 一度しか抜いて見せていないはずだが、ヒヨッコでも剣士は剣士。やっぱ剣は見るよな。


「お前の剣も中々だろ」

「あ、わかる?」


 レナが自慢げに剣を差し出してきたので、俺は剣をさやにしまってレナの剣を受け取った。


 両手剣なのもあって結構重いな。これを振り回しているのか。


 身体強化を装備品まで拡張できないのに、刃に傷がついていない。あれだけ乱暴な太刀たち筋なら刃こぼれしてもおかしくない。


 特殊効果はついていないが、いい剣だ。手入れもよくされている。


「これね、おじいちゃんがダンジョンで見つけたんだって。うちの家宝なの! あたしもいつか自分で剣を見つけたいなって思ってて」


 だろうな。じゃなきゃよっぽどの名工が造ったかだ。


「このダンジョンで見つけたのか?」


 レナに剣を返した。


「ううん、別の所の。もう大災厄で街が潰れちゃったって」

「悪い……」

「え? ああ、違うわよ。おじいちゃんはもう死んじゃったけど、大厄災が原因じゃないの」


 そうか。聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと思った。 


 ほっとした時、背後から服を引っ張られた。


「……くさい」


 ティアが鼻を手で押さえていた。


「そうね、話してる場合じゃなかったわ。行きましょう」

「ではまず、わたくしが」


 魔力ポーションを片手に、シェスが言う。


 俺は黙って両手を挙げ、後方に下がった。頑張れ。


地獄の業火ヘル・フレア!」


 シェスが言うと同時に、赤く燃え上がる大部屋。


 全員を消し炭に……とまではもちろんいかないが、最初の全体ダメージとしては悪くない。


 シェスがくいっとポーションをあおる横で、ティアがファイア・ボールを放った。


 一番近くにいたゾンビが、燃え上がって霧となる。


 やっぱゾンビが最初なのな。遠距離から一撃で倒せるから、好き嫌い関係なくとも妥当だとうな戦略だ。


 モンスターが一斉に通路へと押し寄せてくる。


「うりゃぁぁっ!」


 それをレナが容赦なくぎ払った。


 ティアがファイア・ボールを複数放つ。


 火による攻撃でゾンビは消え、レナの剣との合わせ技でゴーレムも消えた。残るのはスケルトンとスケルトンメイジだ。


 スケルトンメイジが放ったファイア・ボールを、レナが剣で切り捨てた。


 そこに頭蓋骨ずがいこつが飛んでくる。剣を手ごと失ったスケルトンが、仲間の頭を投げてきたのだ。


 レナはそれをひょいっと避けた。


「うおっ」


 荷物を足元に置き、通路の壁にもたれてのんびりと眺めていた俺は、まさかレナが避けるとは思っておらず、危うく頭蓋骨に頭突きされそうになった。


 ティアがこっちを見てぎょっとした。


 間抜けな所を見られてしまった。


 にしてもそんな顔しなくたっていいだろ。


 壁に当たった頭蓋骨は砕けたが、仲間に頭部を投げられてしまったスケルトンはそのまま動き続ける。


「目がなくなったってのに何なのよ、こいつら!」


 それな。


 俺はレナの叫びに同意する。


 スケルトンの眼窩がんかにあるのは眼球ではなく赤い光だけだから、「て」いるのかも怪しい。視覚だけに頼っている訳ではないというのは、スケルトンだけでなく、例えば植物系モンスターなんかにも言えることだ。


 モンスターの数が減ったところで、レナが通路から出た。そこにティアが続く。


 耐火魔法はすでにシェスがかけ終えていた。


 近い奴からレナが叩き切り、核をティアが握り砕き踏み割る。離れたモンスターはシェスが魔法で狙い撃ちだ。


 スケルトンの剣をレナが受け損ねて負傷したり、床に落ちた手に足首をつかまれてティアが転倒したりしたが、互いにフォローし合い、なんとか対処していた。


 途中から戦い方が変わったのに、それでも連携をとっていけるのは、各々の特性に合っているというだけでなく、互いの相性がいいのだろう。信頼し合っているというのも大きい。


 ずきりと胸が痛み、ふと脳裏に浮かんだ姿を、俺は記憶の底へと押しやった。

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