第23話 ティアのお礼
攻略法を思いついて連携を確認したあと、三人は寝袋に潜った。
俺はまだ眠らずに壁を背に座っていた。もう俺が寝ていなくてもこいつらは関係ないらしい。レナではないが、何も警戒されないってのも男として複雑だな……。
起きているのは、体内リズムはできるだけ崩さない方がいいからだ。そのために一定の時間に寝起きする。ただでさえダンジョンの中は時間の感覚が狂いやすい。
戦闘で疲れている三人は別だが、俺はただついて行くだけで体力を消耗していないから、頭や体を休ませることよりも、リズムを守ることが優先だ。
「……クロト」
しばらくした後、ティアが声を掛けてきた。他の二人は寝息を立てている。
体を起こしたティアの目は、部屋の中のわずかな光を反射して光っていた。俺からははっきりとティアの姿が見えるが、ティアにはもっとよく見えているんだろう。
「なんだ?」
返事をすると、ティアが寝袋から抜け出して側にやって来た。
「眠れないのか?」
「……話したい」
ティアが首を横に振った。
座った俺の隣にティアが膝を抱えて座り、ぴたりと体をつけてくる。触れた所から、ティアの体温が伝わってきた。
肩に当たった耳が、ぴくぴくと動いている。
触り心地が気になるが、尻尾同様、めちゃくちゃ怒られるんだろうな。
「……ありがと」
「何がだ?」
突然礼を言われて戸惑った。なんかしたっけか、俺。
「……身体強化しろって……言ってくれて」
「なんで感謝されているのかわからん」
俺は首を
ティアが自分を抱き締めるように、二の腕をさすった。
「……獣人は盾にされる……魔法使いなら後衛」
「……」
「……回復されない……ポーションも」
「そういうことか……」
獣人の地位は人間よりも低い。
中には
ティアはこれまでに、盾代わりにされたことがあるのだ。近接タイプだからと敵前に放り込まれ、そしてろくに回復もしてもらえないでいたのだろう。
それが嫌で、ティアは魔法を学んだのか。魔法使いになれば、後衛でいられるから。
「けど、あいつらはお前を便利な盾扱いなんてしないだろ」
「……うん……でも怖かった」
まあ、気持ちはわからなくもない。
近接攻撃を始めた途端に二人の態度が変わったりしたら、ショックなんてものではないだろう。二人を信頼しているだけに、その衝撃は計り知れない。
恐れるのは自然なことだった。
ティアがそのことを怖がっているのを知っていて、レナは俺にティアは魔法使いだと言い切ったのだ。後衛でいいのだと。
俺からすれば、ティアが近接攻撃を始めた所で、二人がティアを盾扱いするようになるわけがないと断言できるが、それは外から見ているからこそわかることで、ティアには恐怖だったのだろう。
「……だから……シェスは黒魔法……使わなかった」
なるほどな。シェスはティアの居場所を守るために攻撃魔法を使わないでいたってことか。後衛二枚でも悪くはないが、シェスが遠距離攻撃をするのなら、ティアが近接攻撃をした方がバランスはいい。
だが――。
「あれはお前のためだけじゃないだろ」
ティアが不思議そうに俺を見上げて来る。
シェスは自分も謝っていた。二人にあんなことをさせた、というレナの言葉も、それを裏付けている。レナは両方の事情を知っているんだな。
「あいつはあいつなりに抱えているもんがあったんだよ。お前のことを言い訳にして逃げていただけだ。気にすることはない」
シェスはシェスで、自分のために攻撃魔法を封印していた。その理由はわからないが、もう吹っ切れたようだった。
「……なんで」
「んなもん、見てればわかる」
「……すごい」
ティアが俺の腕に尻尾を絡めてきた。
その先は少しふさふさとしていて、やっぱこいつライオンだよなぁ、と思う。耳も少し丸っこいし。
なぜ猫だと言い張るのか。ライオンの方が強そうで格好いいのに。これも肉弾戦をしなくていいように、という自衛のためなのだろうか。
そのティアが腕にすりすりと頭をこすりつけてきた。
子どもか。
成長の早い獣人は見た目よりも大人なはずなんだが。
俺が頭をなでてやると、ティアはごろごろと
やっぱりこいつ、猫かもしれない。
どさくさに紛れてぴくぴくと動いている耳も触ってみたが、怒られなかった。思ったよりも硬かったが、毛の手触りは最高だった。
「……寝る」
「そうしろ。明日も早い」
「……おやすみ」
「ああ、おやすみ」
ティアはするりと尻尾を外して寝袋に戻っていった。
次の日、シェスが耐火の魔法をかけたレナとティアは、サクッとスケルトンメイジを倒してしまった。
他のモンスターを優先的に倒し、スケルトンメイジだけにする。魔法の攻撃をレナが剣で受け止め、ティアが飛び込んでいく。シェスは耐火魔法と防御魔法、もしものときの回復魔法。
この勝利パターンを確立した後は速かった。
モンスターは多くとも、シェスの全体魔法、両手剣をぶん回すレナ、そうして縦横無尽に走り回るティアの敵ではなかった。
一体一体ちまちま倒すよりも速いくらいだ。
シェスが白魔法と黒魔法を使い分けているのが特にいい。攻撃魔法を使っていなかった間は、あまり出番がなかったが、ここにきて大活躍していた。
そうして、この通路を抜ければ第八階層の階段という所までやってきた。
「……くさい」
「え? 何も感じないけど?」
「……くさい」
レナが振り向いてじっと俺を見た。
「なんだよ」
俺じゃないぞ。絶対。
「……あっち」
ティアが前方を指差す。
「あ、あたしじゃないわよ!?」
顔を真っ赤にして否定するレナ。
「……もっと、前」
「何も感じませんが」
「……くさい」
とにかくティアはくさいくさいと言っていた。
これ以上は進みたくない、と言わんばかりに鼻を押さえて後ずさって行く。
獣人だから鼻が
原因に心当たりがあったが、俺は黙っていた。
やっぱあいつだよなぁ、これは。くさいと言ったらあれしかいない。
「何かいるのかしら。――ひぃっ!」
通路の角から向こうを
「ななな何であいつがいるのよっ! ここにいるなんて聞いてないわよっ!」
後ろを向いたレナが小声で文句を言って来る。
「何がいますの? ――きゃっ!」
「やばっ、来たっ」
シェスが大きな悲鳴を上げてしまい、相手に気づかれてしまった。
「下がって下がって! 早く早くっ!」
レナが慌てて俺たちを押し返す。
角から現れたのは、ゾンビだった。
片方だけ靴を履いた足をずるずると引きずりながら、ゆっくりと近づいてくる。
途端、悪臭が鼻についた。
「くさっ。何これくさっ」
獣人じゃなくても身体強化して目の前にいりゃあ、そりゃくさいよな。俺は絶対にこいつらの前では強化したくない。
「ああもうっ、早く倒すしかないわよねっ」
レナが鼻から手を離して両手で剣を構える。
――と、ゾンビにファイア・ボールが三つ飛んでいった。
燃え上がるゾンビ。
放ったのはシェスではなく、ティアだった。
「……くさい」
ティアの言葉は怒りに満ちていた。
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