第10話 攻略本番

 翌朝。


 まだ暗い時間から起き出した俺は、日課の筋トレと素振りをし、昨夜のうちにまとめておいた荷物を背負って、ダンジョンの入口に向かった。


 街は他と同様、ダンジョンの入口のある大岩を中心に同心円状に広がっている。ダンジョンの恩恵を受けて発展してきたのだから当然だ。


 大通りを中心へと向かって行けば、自然と到着する。


「遅い!」


 レナたち三人はすでに到着していて、昨日と同じことを言われた。


「……多い」

「そうか? こんなもんだろ」


 俺のリュックは、三人が余裕で入れるほどの大きさをしている。宿泊用品も入っているし、二日分の消耗品もある。これでも、昨日の三人の実力を見て、だいぶ絞ったつもりだ。


 対して三人は、正面から見ればわずかに見えるか、というくらいのリュックを背負っていた。


「一泊ですわよね?」

「一泊だ」

「テントでも建てるつもり?」

「持ってはいる」


 レナは額に手を当てて、はぁ、とため息をついた。


「まあ、いいわ。あんたが勝手に持ってくだけだもの。好きにして」

「必要な物があったらいつでも言ってくれ」

「……商魂」

「ええ、たくましいですわ」


 三人は呆れているが、俺からすれば、貧弱な装備で潜る方がどうかしている。ダンジョン内で物資が尽きることの悲惨さを知っていれば、この装備をおかしいとは思わないはずだ。


「早く開けなさいよ」


 嫌なことを思い出していると、三人はもう扉のすぐ前まで進んでいた。レナが、早く早く、と催促している。遠足前の子どもかよ。


 ご苦労さん、と衛兵と声をかけ合い、俺は扉に手の平をつける。


「ねぇ、これ、あたしが開けたら、自分のフロア構造になるのよね?」

「ああ。昨日も言ったが、第一階層は突破したからな。そこまでは固定されている。お前らのフロアで行く気なら、俺は潜らないぞ」

「あんたので行くわ。地図があるんだし」

「そうか」


 俺は手の平に魔力を込めて扉を開けた。


 さて、ここからが本番だ。




 昨日の反省を踏まえて、レナたちは第一階層は最短ルートを、第二階層からはできるだけ部屋を回る方針に変えた。


 さすがにスライムは帰りに行き会っても対処できるという判断だ。悪くない。


 途中でちゃんと休憩を挟み、スタミナも魔力も十分ある状態で戦っていく。


 昨日のような危ない場面もなく、レナとティアの連携プレーで確実にゴブリン達を倒し、俺たちは第二階層を突破して第三階層へと足を踏み入れた。


「ここのモンスターは第二階層と同じでゴブリンだ。遠距離タイプの比率が上がっていて、油断すると通路の奥から斉射されたりするから注意しろよ」


 第三階層の地図を渡すと、レナとティアが眉をひそめた。


「これは地図がなかったら大変ね」

「……うん」

「だろ? 案内人のありがたみを噛み締めるんだな。そのフロアのクリア者じゃなけりゃ構造はランダムだし、自分のフロアを把握するのも結構骨が折れるぞ」

「だからあんたは案内はしてないでしょうが。……地図は助かるけど」

「その方によってフロアが違うということは、もっと単純な構造の方もいらっしゃるのでしょうか?」


 部屋の出口を見張っているのシェスの質問に、俺はニヤリと笑った。


「いるぞ。降りたらフロアが丸々一つの大部屋だったなんていう当たり・・・を引き当てたヤツとかな」


 フロアの大きさはみな一緒だから、それはもう広かったらしい。そして一体に存在を知覚されると連鎖的にそれが伝播でんぱして、一斉に向かってくるのだとか。


「扉を開けた途端にモンスターハウスとか、何の冗談よ」

「……怖い」


 ティアが自分を抱き締めて、ぶるりと震えた。耳がぺたりと垂れ、尻尾をまたの間に丸めていた。


 ティアはあまり話さないが、こういう仕草から感情をつかみやすい。


 レナは言葉と態度で感情がダダ漏れだからいいとして、シェスが一番わからない。言葉も態度も抑圧されているような物を感じる。


 そんな会話をしながらも、俺たちは前進して行く。


 掃討して回るから消耗も激しいはずだが、昨日実戦を体験していることもあって、冷静に対処できており、気力体力を温存できているようだった。


 油断が出る頃合いだが、三人にその兆候はなく、抜け目なく警戒していた。いい心掛けだ。

 

 第四階層の扉を抜けた所で、タイムリミットが来た。


「時間だ。さっきの休憩部屋に戻るぞ」

「まだ行けるわ。この階層の地図をちょうだい」

「駄目だ。無理をすると明日に響く。第四階層にはオーガが出る。ふらついた足で対峙たいじするとぶん殴られるぞ」

「わかったわよ……」


 低い声で厳しく言うと、レナは引き下がった。


 オーガの大きなこん棒で殴られたら、肋骨ろっこつなんて簡単に折れる。頭にクリーンヒットすりゃ下手したら死ぬ。ダンジョンとはそういう場所だ。


 俺たちは第三階層の休憩部屋に戻った。


 さっそく荷物から寝袋を引っ張り出す。三人もそれぞれリュックから寝袋を出していた。真新しくて、中古ではなさそうだ。


 金持ちだなぁ。特に初心者ブラックは床にじか寝することもあるってのに。


「あんたはあっちのすみね!」


 言われた通りに部屋の角に寝袋を敷く。三人はその対角、俺とは一番遠い場所に寝袋を並べた。


「絶対こっちに来ないでよ!」

「行かねぇよ。ガキには興味ない」

「歳は同じくらいでしょ!?」


 よろいを外し、ポニーテールを降ろしたレナは、まあ、可愛いと思わなくもなくもなかったが、依頼主に手を出すほど馬鹿じゃない。


「全く興味ないとか……それはそれで失礼よね……ムカつくわ……」


 どうして欲しいんだよ。


「騒いでないでさっさと寝ろ」


 寝袋に入って背中を向けると、レナはぶつぶつと文句を言っていたが、しばらくして静かになった。




 朝、いつもの時間に目覚めると、三人はまだ寝ていた。


 昨夜は三人ともいびきをかいたりする事なく、とても静かだった。


 依頼者によっては轟音ごうおんを発したり、歯ぎしりがひどかったりする。俺はそんな中でも一定の睡眠が取れるように訓練しているが、静かな方がいいに決まっている。


 一人で休憩部屋を出て、隣の部屋で鍛錬トレーニングをする。


 のこのこやって来たモンスターは倒しておいた。サービスってやつだ。ドロップしたアイテムは頂いておく。正当な報酬だ。


 休憩部屋に戻ると、すでに起きていたレナが涙目で怒鳴ってきた。


「どこ行ってたのよっ!」


 ティアが駆け寄ってきて、俺の服のすそを無言でつかんだ。


「なんだよ?」

「置き去りにされたのかと思いましたわ」


 シェスの眉が下がっていた。


「俺だって案内人としての最低限の義務はわきまえている。んなことしたらギルドでの評判が落ちて稼ぎに響くだろうが」

「そうね。あんたはそういう奴だったわ」

「まあ、俺も悪かった。昨日のうちに言っておくべきだったな」


 しわになりそうなほどしっかりと服をつかむティアの耳はぺたりと垂れている。その頭をぽんぽんと叩くと、ぴくぴくと耳が動いた。

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