第9話 地上への帰還
第一階層もスライムを蹴散らしながら通り抜け、地上に戻った時には、日はとっぷりと暮れていた。
「つっかれたー」
「ですね」
ぺたんと地面に座り込むレナ。シェスは
ティアはまだ平気そうだった。さすが獣人。体力がある。
「――で、どうなのよ?」
「どうって、何がだ?」
「あ……ちの……じつ……どう……」
レナが下を向いてもごもごと言った。
「あ? 何だって?」
「あたしたちのっ、実力よっ! どうだったの!? 明後日までに第五階層の攻略はできそうなの!?」
俺が聞き返すと、ぱっと顔を上げたレナが噛みつくように言った。シェスとティアが不安そうに俺を見ている。
「ああ、まあ、丸々二日あれば何とかなるだろ」
「夕方の定期馬車に乗らないといけないのですが」
「ギルドがよっぽど混んでいなけりゃ間に合う」
「よかった……」
ほっとシェスが胸をなで下ろす。レナとティアがよかったね、と声をかけていた。攻略を急いでいるのはシェスの事情らしい。
「じゃ、俺は帰って寝るから。お前らも寄り道せずにさっさと帰れよ。あと、明日は宿泊の準備を忘れるなよ。日の出に出発な」
「わかったわ!」
「わかりました」
「……わかった」
背中を向けた俺に、三者三様の答えが返ってきた。いいお返事だ。
三人と別れた俺は、冒険者ギルドに向かった。
あいつらには帰って寝ると言ったが、本当に真っ直ぐ帰るわけじゃない。案内人にはダンジョン挑戦の結果を報告する義務がある。
「あれ、クロトさん、もうお戻りですか?」
ギルドの受付に行くと、アメリアが聞いてきた。
「今日は様子見で第二階層まで。明日からの二日間で攻略する」
「ですよね。クロトさんですものね。三人はどうでした?」
「まあまあだな。
「クロトさんらしいですね。でも、依頼者が死亡した場合はペナルティですから、気をつけて下さいね」
アメリアが冗談めかして言った。
「わかっている。俺だってバカ高い罰金を払うつもりも、ペナルティを受けるつもりもない」
死なせるくらいなら無理矢理にでも地上に帰す。
「何かニュースはあるか?」
「昼から今までは特に何も。ああ、あの後、アランさんは他の方の依頼を受けました」
てことは、三人の実力がなくて俺が手を引いた場合、案内人の引き受け先がなかったことになるな。危うく恨まれるところだった。
「二十階層まで潜るそうですから、しばらく戻られないと思います」
「いいニュースをどうも」
「どういたしまして」
同時にダンジョンに潜っていたとしても、フロアが入る人によって違う以上、途中で行き会うことは有り得ない。それぞれのダンジョンのフロアは別々の空間になっているのだ。
しばらくあいつの顔を見なくて済むって言うのは朗報だ。
何かにつけて
俺は服の首元を引っ張り、首に掛けているチェーンの先、銀色のタグをちらりと見た。
「明日は朝一で潜るから、次にくるのは二日後の夕方になる」
「わかりました。お気をつけて」
手を軽く上げてアメリアに
次に行くのはもちろん酒場だ。
昼間飲み損ねたからな。
でかいリュックを背負ったままだが構うものか。家に帰るのが面倒すぎる。
行きつけの酒場につくと、顔見知りのウェイトレスは俺の荷物を見て、置いても邪魔にならない壁際に案内してくれた。
すかさずパンとスープとステーキとエールを注文する。常連だから壁に貼ってあるメニューを見るまでもない。
ウェイトレスが席から離れていった時。
「げっ」
横から声がした。
視線を向けると――。
「げ」
俺からも同じ声が出る。
「あら」
「……偶然」
隣のテーブルにいたのは、つい今し方別れたばかりの、レナ、シェス、ティアだった。
ティアが食べているのは、ほとんど生だろうと言わんばかりのレアなステーキだった。
ライオンの獣人だからなのか、それとも個人の
シェスの席の前に置いてあるのは山盛りのサラダだった。それだけしか食べないのか、それとも追加で頼んでいるのか。それだけだったとしたら、どうやってその肉を維持しているのか。
そしてレナが食べていたのは、ティアと同じステーキだった。こっちはミディアムだ。ただし量が半端なかった。三人前はあろうかという分厚さだった。というかもはやステーキというよりブロック肉だ。
その横には山盛りのフライドポテトの皿もある。
「何であんたがここにいるのよ」
口をもぐもぐと動かしていたレナが、ごくりと飲み込んだ後に聞いてきた。そしてすぐさま口に次の一切れを放り込む。
「馴染みの店だ」
「わたくしたちは、宿のご主人に紹介して頂きました」
「……美味しい」
美味いのは当然だ。じゃなきゃ俺も通わない。
「そのジョッキの中身、酒じゃないだろうな」
「ジュースですわ」
「……ブドウ」
レナが二人の言葉に首を縦に振った。食べるのに忙しくて言葉を発せないらしい。
「いい心掛けだな。ダンジョンに潜る前日に飲むのはよくない」
そんなのわかってるわよ、と言わんばかりに、レナがドヤ顔をした。口はもぐもぐと動き続けているから、なんとも締まらない。
そこへ、ウェイトレスがジョッキを持ってやってくる。
「エールお待ちしましたー!」
「エールですの!?」
「……お酒」
俺はぐいっとジョッキをあおった。
ああ、美味い。やっぱ労働の後の酒は最高だ。
「………………何であんたは飲んでるのよ!」
もぐもぐもぐもぐ、ごくり、と肉を飲み込んでから、レナが文句を言ってきた。
「俺はダンジョンに潜っても何かをする訳じゃないからな。二日酔いにでもならなきゃ歩くくらいはできる」
さすがに二日酔いになるまで飲むほど馬鹿じゃない。
「それはそうですけれど」
「……ずるい」
「………………案内人のくせに!」
何と言われようと俺は飲む!
三人に見せつけるように、俺はごくごくとエールを喉に流し込んだ。
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