第11話 身体強化

「ところで、お前ら飯は食ったか? 昨日の夜は何も食ってないだろ」


 食べるよりもとにかく睡眠というくらい疲れているようだったから黙っていたが、腹は減っているはずだ。


 ちなみに俺はあの後寝袋からい出してちゃんと食った。寝て見せないとこいつら――特にレナが警戒して眠気を我慢しそうだったから。


 俺が言った途端、ぐぅぅぅと腹の音が聞こえた。


 レナが腕で腹を押さえて赤くなる。お前か。酒場でもすげー食ってたもんな。よろいをつけて両手剣振り回してるんだから、そりゃ腹も減るわ。


「朝食にしましょうか」

「そ、そうねっ!」

「……うん」


 三人はいそいそと朝食の準備を始めた。昨日の昼食を見た時も思ったが、あまり日持ちのしない食事だった。


 レナはとにかく食っていた。荷物の中身、まさかほとんど食い物じゃないだろうな。


 俺は定番の干し肉だ。口にくわえ、手で引きちぎって食べる。噛み切れない塊をのどの奥に押し込むようにして、革袋の中の水をぐびりと飲む。


 水は魔法でも出せるから、持ち込まないパーティもいる。魔法使いがいればな。


 冒険者の中にはワインを持ち込む奴もいる。


 休憩部屋にいれば酔っぱらっても安全なのだから飲んでも問題はないのだが、俺は水一択だった。


 例え安全地帯の休憩部屋にいようとも、ダンジョン内では常に万全の状態でいなければならない。




 食事を終え、準備ができたらさっそく出発だ。


 第四階層への階段までの道のりを再び進む。


 ゴブリンは出なかった。一度周囲は掃討しているし、さっきたまたまふらりと移動してきた奴は俺が倒したからな。


 警戒しつつなのでサクサクとは言わないまでも、モンスターを倒しながらの昨日よりはずいぶん速く進めた。


 扉を抜け、地図を渡す。


「これが第四階層の構造だ」


 今まで通り、シェスが見張りをして、レナとティアが地図をのぞき込んだ。


「ほぼ一本道ね」

「……単純」

「オーガ相手なら、そろそろ身体強化した方がいいわよね」


 お、レナは身体強化できるのか。初心者ブラックにしてはなかなかやるな。これまでは温存していたわけだ。


「……うん」

「わたくしもそう思いますわ」


 二人の同意を受けて、レナは身体強化を使った。体全体が赤いオーラに包まれる。


 オーラが見えるのは露出している部分――首から上と手だけだった。強化できるのは自分の体のみで、装備品までの拡張はできないようだ。


 今日は第四階層と第五階層を突破して、地上まで戻らなくてはならない。最後のボスに手間取らなければ間に合うだろうと思っていたが、これはもっと早く終わるかもしれないな。


 だがその目論見もくろみは、オーガを目の前にしたときに崩れた。


 第四階層のオーガはゴブリンよりも強力だが、個体数は少ない。ほとんど遭遇エンカウントせずに進めるし、さくっと倒していけば、第五階層まではすぐだ。


 が、レナたちは一体目を倒すのに手こずった。


 ティアの魔法はオーガ相手に決定打には至らない。ファイア・ボールを顔面に当てても、せいぜい目くらまし程度にしかなっていなかった。


 となればレナが倒さなければいけないのだが、自分よりも大きな相手と戦うことに慣れていないのか、ぶんぶんと振り回されるこん棒に、どうにも攻めあぐねていた。


 せっかく身体強化をしていても、攻撃を当てなければ何にもならない。


 ったく、俺は教師じゃねぇんだぞ。


 もたついているレナを見て、俺はしびれを切らした。どさりと背中の荷物を下ろす。


 これで依頼が失敗に終わったりしたらやってられない。


「こうやるんだよ」


 剣を手にレナの横を抜け、こん棒をかわして一気に間合いをつめる。


 横から太い足に一閃いっせん


 切り離された部分は黒い霧となって消え、バランスを崩したオーガはしりもちをつく。


 俺はすかさず跳び上がり、その首を両断した。


 お、ラッキー。オーガの尻尾じゃん。


「これは俺のな」


 レアドロップ品を拾い上げて振り向くと、三人は目を丸くしていた。


「な、なによ、今の!? 補助魔法もなしに片手剣でオーガを一撃っておかしいでしょ!」

「俺、少しだけ身体強化が使えるから」


 ほんのわずかだから、目に見えるほどのオーラは出ていない。


「……なるほど」

「身体強化なら納得ですわね」


 ティアとシェスが大きくうなずいた。


「いや、見えないくらいのオーラでその攻撃力は有り得なくない?」


 ひとりレナはまだ気にしているようだった。面倒な奴だな。


「俺のことはどうでもいいんだよ。オーガはふところに入って足を攻撃、倒れた所で急所を狙う。わかったか?」

「わっ、わかってるわよっ! そんなこと! 今やろうとしてた所なんだからっ!」

「そうか。それは余計なことをしたな」

「よ、余計とまでは言ってないでしょ! あ、ありがと……。案内人なら、そのくらいやって当然だけどね! ああっ、もうっ、行くわよっ!」


 レナはもごもごと口を動かしたあと、俺たちをうながすように手を振って、通路の方へと歩いていった。


 次にオーガと出会ったのは、その通路の途中だった。


 緩やかな坂道を下った先にいる。まだこちらには気がついていない。


「狭いですわね」

「これじゃ、あいつの攻撃を避けられないわ」


 大きな棍棒は狭い通路では取り回しがきにくく、その攻撃を一度避けてしまえば懐には簡単に入れる。


 ただし、避けられれば、の話だ。


 逃げ場がないから、余裕を持って避けることはできない。一つ一つの動きが大きいレナでは、紙一重ひとえで避けるのは無理だろう。


「……戻る?」

「そうね。誘い出して、さっきの部屋まで下がりましょう」


 いい着眼点だな。自分たちに有利な条件を作るのは、ダンジョン攻略において重要な要素だ。


「わたくしは先に戻っています」

「ティアも部屋に戻って。あいつを釣ったらダッシュで戻るから、部屋に入ってきたら攻撃してちょうだい」

「……私がやる」


 そうだな。近距離のレナが誘い出すより、遠距離のティアが攻撃した方が距離が稼げて安全だ。


「あたしは身体強化があるから速いもの。あたしが行くわよ」

「……私も速い」

「でも……」


 なぜかレナは渋っていた。


「わたくしも、ティアさんがおとり役をした方がいいと思いますわ」

「シェスもそう言うなら……。気をつけてね、ティア」

「……うん」


 シェスがティアに補助魔法をかけ、レナと共に部屋まで下がっていった。


 俺はティアの様子を見るためにその場に残った。


「……戻らない?」

「心配してくれるのか? 俺のことは気にすんな」


 オーガごときの攻撃を食らうようなヘマはしない。


 ティアは素直にこくりとうなずくと、魔法の詠唱を始めた。


 射程ギリギリまで近づいて、ファイア・ボールをオーガに向けて放った。


 気配に気づいたオーガがそれを棍棒で叩き落とす。


 その時には、すでにティアは後ろを向いて一目散いちもくさんに駆け出していた。


 俺もその後に続く。


 オーガがドシンドシンと追いかけてくるが、俺たちの方が速い。


 元の部屋に飛び込むと、入り口のすぐ横に剣を構えたレナがいて、オーガが入ってくるのを待ち構えていた。


「はぁぁっ!」


 わなとも知らずにのこのこ通路から出てきたオーガは、レナの脳天からの一撃であえなく霧となって消えた。


「やったわ!」

「……やった」

「作戦勝ちですわ」


 三人は自分たちの立てた策が上手くハマったのを喜び合う。


 作戦と言うほどの策ではないが、これでこいつらは正面から攻撃するだけじゃないことを覚えたわけだ。

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