<第四話 星船>

(場面:港/昼間)

港は人の往来が激しく、先生とミトスは人に当たりながら進んでいく。

先生  「あれに乗り込むぞ」

先生は停泊している帆船を指さす。

ミトス 「大きい」

ミトスの眼前に広がるのは大きい帆船。

しかし乗組員は居るものの、船に乗り込む乗客や荷下ろしをする労働者などは居ない。

先生  「乗り込む必要がある。昨夜停泊中に試してみたのだがどうも上手くいかない。

それに現実化しかけている」

ミトス 「乗れるんですか?」

先生  「私達は乗れる」

出航の鐘が鳴るも港に居る人達は気づいていない。

先生  「くっ。出来れば出航前に何とかしたかった。ミトス、急いで」

二人は船に乗り込む。


(場面:海上。船の甲板/昼間の嵐)

出向して間もなく天候が一気に荒れて来る。

先生とミトスは不安げに空を見ている。

先生  「このままだと難破してしまうな」

ミトス 「幻想が沈没したら消えてくれたりしませんか?」

先生  「そうであったら楽なのだが」

船員達には先生とミトスが見えていない。居ない者として船を制御している。

やがて周囲が嵐になる。

ミトス 「この嵐も、幻想だって……言うんですか!」

ミトスは投げ出されないようにマストにしがみ付いている。

先生  「その通り!」

ミトス 「なら早くお願いします」

先生 「急かすでない! 詩情を浮かべなければアントロギカは応えてくれない」

ミトス 「ですが、このままでは私達は幻想の海に呑まれてしまいます」

先生は船の縁から外の海に吐く。

ミトス 「大丈夫ですか?」

先生 「私は少々船に弱くてね。一度船室へ戻ろう」

ミトスは先生に肩を貸して船内へ避難する。


(場面:船室/)

先生  「中も揺れるが雨風が無いだけで遥かにマシだ。」

先生とミトスはハンカチで顔を拭いて絞る。

ミトス 「いくら調べてもアントロギカに封印出来ないなんて妙ですね」

先生  「現実の言葉に還る事を拒絶する何かがあるのかもしれない」


(場面:船長室/)

先生は船長室の扉を開ける。中の船長は扉が開いた事を気にも留めない。

ミトス 「船長も幻想……。」

先生  「実在の人物ではない。だが幻想だからと言って意志が無いわけではない。船員達も働いている

ように、皆この幻想の住人なのだ」

ミトス 「じゃあここでは私達が幽霊みたいな存在ですね」

先生  「現実の我々が幽霊か。面白い」

先生は仕事をしている船長に構わず航海日誌を勝手に読む。

ミトス 「航海日誌は詩じゃないです」

先生  「詩そのものが原因となるわけじゃない。日誌に詩が書かれている場合もあるかもしれない。

しかしそれが原因になるとは思えんが……」

先生はパラパラとページを捲って笑顔になる。

先生  「なかなか勇ましい船長の様だ。海賊とも戦っているぞ」

ミトス 「先生。楽しんでませんか?」

先生  「冒険心が掻き立てられる。冒険に嵐とか海賊とかハプニングはつきものだろう」

ミトス 「メアリーセレスト号の様な最後は御免ですよ」

先生  「乗員全員が行方不明になったと言うあれか。我々も幻想に呑み込まれればそうなるな」

先生は航海日誌を置いて、船長の机の横に周る。

先生  「羅針盤と……ガラス製の天球技? こ、これは。見てみたまえ。天球技だけ本物だ。

幻想ではない」

ミトス 「何かの星座の所に印が付いていますね……」

先生  「行く先は分かった。宇宙だ」

ミトス 「宇宙?」

先生  「宇宙にあるアルゴー船。アラートスのファイノメナにも詩われている

然らば、この幻想は星座そのものになろうとしているのかもしれない」

ミトス 「そんな所まで乗ってられません」

先生  「無論だ」

先生は天球技を床に叩きつけて破壊する。

船全体が波の揺れではない地響きのような音を立て始める。 

先生はアントロギカを開き船と船員もろとも幻想を封じようとする。

しかし船長が先生とミトスに気が付いて立ち上がり、先生に襲い掛かる。

先生  「ぐわっ」

ミトスが船長が座っていた椅子で船長を叩く。

ミトス 「えい!」

船長は倒れる。

先生  「なんという事だ。幻想が我々を認識したぞ。天球儀を割ったせいか」

ミトス 「先生!」

先生が急いでアントロギカで封印をするも間に合わず、船員達が雪崩れ込んでくる。

その後船員達が大勢で先生とミトスの二人を担ぎ上げて運ぶ。


(場面:甲板/昼間)


ミトス 「私達海で溺れ死ぬのでしょうか」

先生  「死ぬことを考えるな。対策はしてある」

船員達は二人を海へ放り投げる。

ミトス 「きゃぁ」

先生  「うぉぉ」

二人は海に落ちて海上を漂い、船が去っていくのを見る。

しばらくして海の上で漂っている二人を漁師二人が引き上げる。

漁師1 「たまげたなぁ。あんた二人がいきなりパッと現れて海に落ちて来るなんて」

先生  「来てくれて助かったよ。残りの支払いは漁港に着いたら払おう」

漁師2 「しかし、あんな穏やかだったのに、竜巻が現れるなんてなぁ……」

漁師二人が手を翳して遠くを見る。

先生とミトスが漁師に聞こえないように喋る。

先生 「見たまえ。あれが幻想が現実になってしまった天災だ」

ミトス「あの封印しきれなかった船は宇宙へ行ってしまったと言う事でしょうか。」

先生 「漁師にあの船が見えていなければ幻想のままかも知れん。しかし失敗だ。失態だな。

君の師として恥ずかしい。面目ない。」

ミトス「先生のせいでは……。それに船酔いのせいですよ」

先生が話題を変えようと必死なミトスの頭を小突く。

先生 「海で犠牲者が出なかったのが不幸中の幸いだ。津波だったら洒落にならん」

穏やかな海原を見て先生が呟く。

先生「やれやれ。私はやっぱり船は苦手だ……」


―― 四話 了 ――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る