<第三話 彷徨>

(場面:書店/夕方)

ミトスは暗めの店内の書棚をゆっくりと見て周っている。

カウンターに居たキーツがミトスを気にして立ち上がり、声をかける。

キーツ 「どうしました?」 

ミトス 「キーツさん。もう閉店ですか……」

キーツ 「随分と悩んでおられるようですな」

ミトス 「いえ、その……」

キーツは入口にクローズドの札を掛けてカーテンを閉める。

バックヤードに戻ってからコーヒーの入ったマグカップを持ってくる。

キーツ 「コーヒーでもどうぞ。少し冷めてますが」

カウンターの横にある小さいテーブルに置く。

ミトス 「ありがとうございます。」

ミトスは戸惑いながらも書棚の横にある椅子をテーブルの横へ移動させて座る。

キーツ 「今日はどういった本をお探しに? いつもは先生と一緒に来店なさるのに」

ミトス 「はい。今日は先生に「近々港の方へ行く準備があるから」と、早々に帰されてしまいました」

キーツ 「なるほど。それで空いた時間に本でも……と言う事でしたか。

しかし、どう見ても本を探してる風には見えませんでした」

ミトス 「すみません。」

キーツ 「あ、いえ攻めてる訳では。よろしければお聞きしても?」

ミトス 「はい……。なんと言いますか、私には見えると言う事がよく分からないのです」

キーツ 「ほう。しかし、先生は前に『彼女は良く見えている』と私に話してくれましたよ」

ミトス 「私はまだ、その……幻想を封じる事が出来ていないのです」

キーツ 「時が来れば先生に教わるでしょう。『幻想』の事は先生からよく伺っております。

不思議ですよね」

ミトスはコーヒーを見つめて俯く。

キーツ 「私には見えないのでサッパリですが、実は、私にも見えるものはあるのですよ」

ミトス 「見える?幻想が?」

キーツ 「いいえ、いいえ違います。見えるのは、本の意志です」

ミトス 「意志?」

キーツ 「先生はそう仰っておりました。こう、ぼんやりとした光を放つ本です。

殆どそういう本に巡り合う事は御座いませんが、稀にあります」

ミトス 「それは善くない物なのでしょうか?」

キーツ 「善いとも悪いとも言えません。ただ、幻想を生み出しやすいそうです。

その事を先生にご相談してからですなぁ。弊社書店を贔屓して下さるのは。

そして幻想を出現させない結界?をしてもらっているのです」

ミトス 「気が付きませんでした。結界と言いますか、ここは、本に守られているようで安心します」

キーツ 「ですから、同じものを見たとしても見え方が違う。そう考えると少し楽になりませんか。

感性や個性として考えれば「見える」と言う事もその人の才であると」

ミトス 「そう……ですね。ティーハウスのエミリーさんにも幻想は見えていました」

キーツ 「え? それは初耳ですよ。」

ミトス 「幻想まで壊す事が出来ていました。アントロギカに封印する事は出来ないみたいですけど」

キーツ 「では今度エミリーさんの紅茶を飲み行きましょうか。幻想の事を聞いてみたい」

ミトス 「ええ。是非。あ、そろそろお暇します。」

キーツ 「お送りしましょうか」

ミトス 「大丈夫です。コーヒーありがとうございました」

キーツ 「いえ。今度はあなたに合う本を探しておきましょう」

ミトスは書店を後にする。


(場面:書店の外の通り/夜)

通りはガス灯の灯りが続いている。

暗鬱とした道。光が届かない所に蠢いている浮浪者。

ミトス(今私が幻想に遭遇しても私には何もできない。ひょっとしたらあの影からまた襲われる

かもしれない)

過去の記憶がフラッシュバックして幼いミトスが影に呑み込まれそうになる。

先生  「ミトス!」

ミトス 「先生!」

先生  「こんな所で何をしている?」

ミトス 「キーツさんの所で少し話し込んでしまっていて」

先生  「そうか。まったく。キーツの御仁にも呆れる。夜にレディーを一人で歩かせるなど」

ミトス 「いえ、私が一人で帰れると言ったんです」

先生  「ミトス。幻想もそうだが現実にも注意したまえ」

ミトス 「肝に命じます」

先生  「キーツと一体何を話していたんだい?」

ミトス 「見える事について。キーツさんは本の意志が見えるとか」

先生  「ああ。そうだね。それぞれの職人にそういう能力があっても、なんら不思議な事ではない。」

ミトス「あのような人達にもですか。」

ミトスは暗がりにいる浮浪者達を指さす。

先生 「見える人も居るだろう。あれらは本人の怠惰に因るものだと言う貴族連中も多くいるが、

実際は貴族の責任だ。皆努力して頑張っている。政治がまともに機能すればもっと多くの

能力が活かせるだろうに」

ミトス「私は先生に救われなければ、街の娼婦になっていたでしょう。感謝してもしきれません」

先生  「いや、偶然が重なっただけだ。あまり思いつめるな。

過去、私はあのような人達を一人も救えなかった。本当に無力だった」

ミトス 「先生?」

先生  「なに、少しずつではあるが良い方に変わっていくだろう。今では女性への権利をと活動している

人達もいる。私達は影でこの国を幻想から守っていけば良いだけだ。」

ミトス 「守る……」

先生  「君にももちろん手伝ってもらうがね。今は幻想を見ていくことが大事だよ」

先生はミトスの肩をぽんぽんと軽く叩く。

ミトス 「(先生は私がまだアントロギカに封印出来ない事に悩んでいることを知っているのか)

そうですね。がんばります」


―― 三話 了 ――

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