<第二話 擬人>
(場面:カフェ/午後)
こじんまりしたカフェのカウンターに先生は居る。
店内は暗いが、西の窓から傾きかけた陽射しが差し込んできている。
エミリー「どうぞ」
先生 「ありがとう。このカフェは本当に心が安らぎます」
エミリー「まぁ。紅茶を褒めて頂きたいのに」
先生 「失礼。もちろん紅茶の香りも素晴らしいし……」
先生は一口啜った後に笑顔になる。
先生 「味もとても素晴らしい。コクを感じるからインドのアッサム産の茶葉だろう」
エミリー「セイロンのウバ産ですよ、先生。渋みが強いでしょう」
先生 「うん、そう。確かにそうだ。」
二人とも静かに微笑む。
先生が二口目を啜った所で ミトスが入口のドアから勢いよく入ってきて、
扉のベルが騒々しく鳴る。
ミトス 「先生!」
先生 「こら。他のお客様に迷惑ですよ」
ミトス 「も、申し訳ありません」
エミリー「元気なお弟子さんね」
先生 「とんだご無礼を。私は行かなければなりません。」
エミリー「お飲みかけですのに……」
先生はカウンターに2ペンス置いて、傍らに置いておいた帽子をかぶる。
先生 「では今度またゆっくりと」
エミリー「お気をつけて」
エミリーは二人が店から出ていくのを見送る。
そして先生が飲み残した紅茶を見つめている。
(場面:カフェの外/午後)
ミトス 「先生。幻想が地下鉄の方へ走っていきました!」
先生 「追うぞ!」
(場面:地下的駅のホーム/午後)
ホームは人が多く、埃っぽくて視界が良くない。
先生 「蒸気機関車を電気化しようと言う話も聞くが、早く煤だらけの駅から解放されたいものだね」
ミトス 「あそこに居ます。」
ミトスが指を指した方向に人の影のようなものがあり、その影の中に色が滲んだり消えたり
明滅したりしている。
先生 「あれは擬人化の成れの果てかな」
ミトス 「擬人化……」
先生 「人になりきれない表現の物があのような幻想として現れる。」
影が線路内へ飛び下りて駆けていく。
先生 「まずいな。」
先生は懐から懐中時計を取り出して時刻票と照らし合わせる。
先生 「しばらくは来ないようだ。それまでに何とかしよう」
ミトス 「じゃあ追うんですね」
先生 「当然だ」
二人は駅員に気づかれないようにホームの端から線路内へ飛び込んで駆けていく。
(場面:線路内/午後)
先生 「くそ。暗いな」
先生は懐から携帯ランタンを取り出してマッチで火をつける。
それをミトスに渡し、再び駆けだす。
ミトス 「居ました。でも、何か様子が変です」
影は液体のような物に行く手を阻まれ、右往左往している。
先生 「む?」
先生はすかさずアントロギカを構えて、影に近づきながら封印しようとする。
先生 「これは……」
影が液体に分解されるように消失して、パシャっと地面に弾けた。
ミトス 「幻想が溶けて実体化したと言う事なのでしょうか。この液体は何でしょう。
紅茶のような匂いもしますが……」
先生は本を閉じて苦い表情をする。
先生 「エミリー……」
ミトス 「エミリーさんが何故?」
先生 「彼女は、アントロギカを持っていない。が、幻想を壊す事だけは出来る。小規模のものなら」
ミトス 「そんな事、可能なんですか?」
先生 「可能だがやらないで欲しいと前に注意したのだが……」
ミトス 「幻想が消えるならそれはそれで良い気がしますが」
先生が叱るようにミトスを睨み、ミトスは反省する。
先生 「見たまえ。この液体。紅茶のような匂いがするが紅茶ではない。
現実に存在している物質ならいいのだが、疫病の元になるか、酸よりも強力な毒水になるか
計り知れない。要するに危険なのだ」
ミトス 「先生!線路から音が響いてきます!」
先生 「いかん。」
先生はミトスの携帯ランタンをひったくり、急いで周囲を確認する。
先生 「蒸気を逃す換気口があるはず……。あった。」
二人は換気口の傍へ移動する。
先生 「狭いがなんとか行けるだろう。君から先に行け。」
少し高い所へミトスを持ち上げて押し込める。
ミトス 「先生押さないでくださいよ」
先生 「早く早く。」
(場面:外。裏通り/夕方)
人通りは少ないが、周囲の視線を集めている。
先生 「煤だらけになってしまったな」
ミトス「轢かれるよりマシです」
二人は表通りの方へ歩いて行く。
(場面:表通り/夕方)
先生 「今日はもう大丈夫だ。」
ミトス 「なら事務所の方へ」
先生 「いや、君はフィアークル(辻馬車)に乗って帰りなさい。私は因る所があるから」
先生がフィアークルを呼び止めてミトスを乗せ、ミトスに運賃を渡す。
先生 「明日はいつも通りだ。それじゃ」
ミトスは足早に去っていく先生の後姿を見送る。
(場面:カフェ/夕方夜)
エミリー 「あら先生。お帰りなさい。あら、お顔が煤だらけ」
先生 「どういうことかね。詩が台無しではないか」
先生がアントロギカを出現させてエミリーに詰め寄る。
エミリー 「ちょっと紅茶を零してしまっただけ。先生が飲み残して行かれるのが悪いんですのよ」
先生 「それはすまない事をした。だが、あれほどダメだと言ったろう」
先生は真面目な顔で窘めている。
エミリー「それに。お弟子さんにご執心のようで、ちょっと嫉妬してしまいましたの」
先生 「まったく君は……」
先生は呆れて座り込む。
先生 「ではハイ・ティーを頂こうか。今度はちゃんと飲むから」
エミリー「お食事は提供できませんけどね」
二人は微笑む。
―― 二話 了 ――
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