第6話 会談
「初めまして。私はこの国の内閣総理大臣……国民の代表の森川 聡と申します」
「私は内閣官房長官の……」
そう言って軽い形式な挨拶が総理を含めると十一人。
俺達側は見える人数はたったの四人なのに対し、相手側は約三倍の人数。
しかも総理の後ろにはSPと思わる人間が二人。
つまり今現在俺達が通されたこの密室の会議室には、俺達側と日本側の計十七人が居る。
人数だけ見れば四対十三と言う三倍以上の差がある。
「大人数なってしまったのは申し訳ありません。ですがこちらも聞かされる話の如何によって、即座に対応できるようこの人数になっております。何卒ご了承ください」
「構わん」
俺は総理の言葉に対して、そう偉そうに答える。
実際に偉い立場ではあるのだが、俺は本来こういった喋り方をしない。
これは国外用。
俺個人が舐められる分には問題どころかメリットしかないが、国が舐められるのは話が違う。
その為に王としてのそれなりの振る舞いをするのは、王としての責務だと俺は考えている。
「次はこちら側の番だな。私はレオゼグロ・エルヴァスティ。エルヴァスティ王国を治める王だ」
「私は外交交渉の全権を任されております、ネーナ・デュプレシと申します」
「俺は王より陸軍の全てを任された、ブラム・モージーだ」
「
俺達のそんな軽い自己紹介に日本側の人間が数名メモのをとる。
一応ボイスレコーダーのようなものも確認できるが、恐らく顔と名前を一致させるために印象をメモしているとかだろう。
「自己紹介ありがとうございます。早速ではございますが、貴国の使者殿から聞かされた我が国の国民の人命に関する話と言うのを聞かせていただけますでしょうか?」
俺達の自己紹介に対してそう言ってきたのは先程内閣官房長官であると自己紹介した、白川 四郎と名乗った男性だ。
その言葉を聞いたネーナが俺の方へと視線をやる。
その視線に対して俺はわかりやすいように軽く頷く。
これはこの会談に先駆けて事前に決めていた事。
と言うかここまでの流れは完璧にザハールとネーナが言い当てており、ここから先はネーナに任せるよう合図を決めていたのだ。
「それについては王に変わり、私の方から説明させていただきます。ですがその前に、貴国は今の状況をどの程度理解されておられますでしょうか?」
「現在の我々の認識は、貴国等の大陸が突如として太平洋……太平洋とは貴国等の現れた海上の名称ですが、そこに現れたという程度です」
白川は俺達……特に俺とネーナの顔色を窺いながらそう言った。
前世の俺なら気付けなかったであろう、些細な目の動き。
あの程度で俺達の顔色を窺っているってわかるのは、嫌って程ザハールとネーナに仕込まれたからだろうな……
にしてもやはりその程度が限界か。
転移してから今日でたったの二日しか経っていない。
実質調べられたのは一日で、その上俺の結界があるとなると情報も少ないだろう。
だからと言って、いくら時間があったとしても転移などと言う荒唐無稽な話に辿り着くのは無理な話だ。
「なるほど。こちら側とさほど変わりは無いという事がわかりました。ただ一点を除いて」
ネーナはそう勿体ぶるように、一点と言う単語を強調して言う。
出来るだけ情報は高く売りつけ安く買う。
これはネーナに耳がタコが出来る程聞かされた言葉だ。
情報の価値は非常に流動的でこちら側からすれば無価値な情報でも、相手からすればいくら払ってでも聞きたい情報かもしれない。
それを正確に見極め、情報を与えるなら出来るだけ高く売りつけ情報を買うなら出来るだけ安く買い付ける。
その感覚を磨けと散々言われてきたが、ネーナはこの情報がその高く売れる情報だと判断したのだろう。
しかしながら売るや買うなどと言ってはいるが、何も金銭で売買する訳ではない。
勿論絶対にないとまでは言わないが、そんな場合は限りなく少ない。
基本的には情報によって恩を売り、便宜を図らせる。
一時的な金銭ではなく、恒久的な感情を買うのだ。
「一点ですか……」
白川はそう言いながら総理の顔をチラッと見る。
それに対して総理である森川は構わないという意図を込めたアイコンタクトを白川に送り返す。
これはダメだ。
俺は目の前の人々を見ながら率直にそう思う。
別に総理と官房長官の行動が悪いと言っている訳では無い。
けれどその程度の事ぐらい予測して事前に一任しておくべきだとは思うが、ダメだという程ではない。
俺がダメだと思ったのは総理や官房長官ではなく、他のこの場に居る三人だ。
彼等は白川の言葉に表情が動いた。
こういった場では相手に出来るだけ感情を読みとられてはならない。
何せ相手が敵なのか味方なのかまだはっきりしていない訳だからな。
そんな相手に付け入るスキなど与えていいはずがない。
恐らくネーナは内心ガッツポーズをしているだろう。
何せ今表情が動いた三人を注視しながら交渉を進めれば、相手方のギリギリのラインを容易に探れるのだからな。
「それを教えていただく事は可能でしょうか?」
「勿論です。我々は貴国と敵対する意思は全くなく、逆に貴国とは友好的な関係を築いていきたいと王もお考えです」
ネーナの言葉に合わせ軽く頷き、ネーナの言葉が正しい事を示す。
ネーナの言葉と俺の反応を見て、日本側の人間の表情が露骨にほころぶ。
「我々は貴国が得た情報の他に、大陸ごと別の世界に転移させられたのではないか? という情報を得ております」
「べつのせかいに……てんい、ですか?」
「はい。ただこれは我々の大陸が貴国の世界に転移したのか、貴国の大陸が我々の世界に転移してきたのか、はたまた我々の大陸及び貴国の大陸が全く異なる世界に転移したのか、そのいずれなのかはわかっておりません」
困惑する日本側の人間達に対して、ネーナは手の動きを加えながら矢継ぎ早にそう説明する。
これが俺達のスタンスだ。
ネーナが言った三つの可能性はどれも否定できないし、どれも可能性が存在している。
所謂これは悪魔の証明と言う奴だ。
けれど俺達としては例えこの三つのどれであろうと被害者としての立場を表明するつもりだ。
なら何故先にこの三つの可能性を伝えたのか。
それはひとえに、数を分散させるためだ。
いくら俺達も被害者だと訴えたところで、負傷者や死者が出てしまった場合批判する人間は絶対に現れる。
その時その数が過半数を超えないよう、出来れば少数派になるようする為だ。
まぁ案の定これも俺の案ではなく二人の案であり、勿論そうなるかどうかは俺達の今後の行動次第ではあるのだがな。
「お、お待ちください!! 一体何の話をされておられるのですか? 確かに貴方方の見た目は我々と多少異なるように見えるが、それだけです。急に異世界などと言われましても……」
「我々も突然の事で困惑はしております。ですがそれよりも人命の為に素早く行動しなければならないのです。今は困惑して理解できなくとも、とりあえずそうだと飲み込んでください」
ネーナのその言葉に日本側の人間たちはどこかぎこちなく頷く。
これは至って普通の反応だろう。
いくら見た目が違うと言ったところで、そんなものは特殊メイクでどうとでもなる。
勿論俺達のこれはそんな偽物とは全く違うがな。
故に突如として異世界などと言われても信じられるわけがない。
そう言った話に精通している人間であったとしても即座には無理だろう。
「ありがとうございます。では本題の貴国の人命の為と言う話をさせていただきます。とは言えこれは貴国だけに限った話ではないのです。より正確には我々以外の全ての国に対していえる事なのです」
「それは一体……」
「我々の世界には、魔物と呼ばれる通常の生物とは異なる生き物が存在していました。奴等は驚異的な力と耐久力で我々を捕食対象として襲ってきます。そんな魔物が、我々や貴国と同じようにこの世界に転移させられているのです」
「その魔物? と呼ばれる生き物はどれ程の脅威なのでしょうか?」
白川の質問に対してネーナは俺の方に露骨に視線をやる。
その視線に対して俺は軽く頷く。
面倒ではあるが、このちょっとしたことが重要なのだ。
実際は全てネーナに任せているので、こういった確認のような事は必要ない。
けれどこういったわかりやすい事をする事によって、俺が王であり主なのだとわかりやすく印象付けるためだ。
「貴国に魔法を使える者は居ますか?」
「魔法、ですか? いえ居りません。我々の世界ではそう言ったものは作り話の中でしか聞いたことがありません」
「となると討伐は不可能に近いでしょう。奴等を倒すには魔石と呼ばれる奴等の核となる石を砕くか、その石を体から完全に分離する必要があるのですが、魔石に傷をつけるには魔力を込めた攻撃でしか不可能なのです。ですので魔法が使えないとなると結果的に後者となってしまうのですが、奴等の外皮の硬さは異常です。魔力のこもっていない攻撃は全く意味をなさないと考えて問題ない程に」
この場に集まった日本側の人間全てがネーナの言葉に息を呑む。
よくわからない異世界や魔法の話をしていたかと思うと、突如として自分達では倒す事が不可能な生き物が現れたと言われているようなものだ。
頭の処理が追いつかないのも無理ないだろう。
とは言え、言われたからと言ってそう簡単に納得出来るとは思っていない。
だがそれを試させる為に犠牲者どころか負傷者すらこちらは出したくないのだ。
なのでここからは事前に決めていた、こちらの力をアピールしつつ日本側に無理だとわからせる方向へと変わる。
要は力技でしかないんだがな。
「ですがいくら言われたからと言って簡単には信じられないと思います。ですのでこれから試してみるというのはいかがでしょうか? 勿論実際の魔物を使うのはあまりにも危険すぎますので、代わりに我らが王がご指南くださります。それを見てから我々の言葉が真実かどうかを考えてみてはいかがでしょう?」
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