第2話

昨日俺はすごいものを見てしまった。


いや、あれをすごいものレベルで表していいのかも分からない。んー、とんでもなくやばいものと言っておこう。


果たして、あの持ち主はいったい誰なのか。なんかしずとって書いてあって、びっくりしたけど、内容は、対して…。


ん? なんか消しゴムのこと書いてあったような…。ま、気のせいか。俺の近くに、高い枝の上にノート括りつけるアホなんていないだろ。健太郎くらいだ。


しかし、あれから、あのくそノートの存在が頭から離れない。ほんとやめてほしい。頼むから、俺のアニメの予想とか今日のご飯はなんだろうみたいな事しか考えてない、平和な頭の中を荒らさないでくれ。くそノートよ。


でも、見てしまったものはしょうがない。うん。しょうがないのだ。そこにあったから、見た。それだけだっ!



「おい、静人、これお前やってくんね?」


「えー、俺玉ねぎ切るの下手なんだよ、やらせちゃっていいわけ?」


「噓つくな、お前いっつも親いないとき飯作ってんだろ。さっさとやれ」


「くっ、なぜばれたっ!!!」


でも、玉ねぎ切るのが下手なのは、ホントなんだけど。だって涙出てくるんだもん。やりたくねぇよ。


というわけで、俺たち2年Ⅽ組は、絶賛、調理実習中であった。


待ちに待った調理実習。この調理実習にために生きてきたといっても過言ではない。ちょっと大きすぎるか。


とにかく俺は、カレーが食べたいという食欲の塊。


もはや、頭の中はカレー一色。なんか変なくそノートも紛れてるけど。


まあ、カレーが食べたい。それもこの調理実習を待ちに待っていた理由ではあるが、もう一つ理由があった。


それは、


「あの大丈夫? 凄い手切れそうな切り方してるけど。手伝おうか?」


「っ! な、なんであなたごときの手を借りないといけませんの?! 私は、一人でできますので、あなたは玉ねぎと一緒に号泣しといてくださいまし!」


そう。俺の班には、隣の席の彼女がいるのだっ!!!


少しでも好いてほしい、てか、せめて普通に接してほしい、と思い、決意したあの日から一日。


こんな機会に、恵まれるとは、なんと俺は、幸せなんだ。ああ、神よ。ありがたき、幸せ。


だからこそ、こんなとこで引き下がるわけにはいかない。俺は、漢の中の漢だっ!


俺は、果敢に彼女へと挑む。


「いや、でも、怪我とかしたら、危ないし、俺が少し教えるよ」


「え、わ、私を侮っているおつもり?!」


なぜか異様にたじろぐ彼女。なのに、めちゃくちゃ反抗してくる。なんだこの人。


「侮ってるとかじゃなくて、君のことを心配して言ってるんだけど…」


「ま、まあ、少しなら教えさせて差し上げていいですわよ!」


俺のげんなりした風な言葉が聞いたのか、言うことを聞いてくれた。やはり、俺は、天才なのでは…???


「うん。じゃあ…手借りるよ」


俺は、教える為に、彼女の包丁を持った手に触れる。その瞬間、


「きゃああああっ!!!!」


彼女の悲鳴を聞くと同時にハッとする。彼女は、女子である。好感度アップそれだけにしか目がいかず、重要な所を忘れていた。


「す、すまん!!! 言葉で教えればよかった。ホントにごめん」


「…ても…いよ」


「ん?」


「な、何でもないですわ! 勝手に触るなんてハ、ハレンチですわ!」


「ごめんなさい、言葉で教えます」


「早く教えてくださいまし!」


「はい」


俺は、この後彼女に懇切丁寧に教えてあげた。俺も昔お母さんにめちゃくちゃ注意されたなと思い出しながら。


包丁の使い方を教えていると、案外、吞み込みが早く、もう、真上から押して切る、みたいなことはしなくなっていた。


「おお、そうそう、すごいな」


「こ、これぐらいできますわよっ」


彼女は、謎に顔を赤らめながらそう言う。そんなに暑いかな。


そして、俺たちはようやくカレーを作り終えた。結局、俺、健太郎、彼女、知らん人で作ったが、良いコンビネーションができていたと思う。


しかし、唯一腹が立つのは、


「健太郎くんっ、カレー上手くできたね」


「菜々めちゃくちゃ頑張ってたからな。すごいよ菜々」


「えへへ」


なんだこいつら。どつきまわすぞ。


さっきからずっといちゃついているこいつら。別にカップルでもない。ただ単に、認めたくないが、あいつがモテるそれだけだ。


あぁぁぁ、うぜぇ。顔がいいからって調子乗んなよ。あとで、お前の暴言集、学校にばらまいとくからな。


彼女もじっと睨んでいる。怖いよ。見てるこっちが、怖いからやめてよ。




「カレーうまかったなぁ」


「それな」


「てか、それより、お前調理実習中いちゃつくな。なんか腹立って殴りかかりそうになる」


「あー、いや、あれは、あっちから話しかけてきただけだから」


だけとはなんだ、だけとは。俺なんて、一回も女子から話しかけられたことないんだけど?


「あ、そんなことよりも彼女がお前をなんで嫌ってるのか、分かったぞ」


「え、まじ? 教えろ教えろ」


「それはな…」


「それは…?」


俺は、長いためを続ける健太郎の顔をじっと見る。そして、にやりと彼は、笑って言った。


「…そんなこと考える必要ない、だ」


彼は、訳の分からないことをほざく。


「は? なにそれ、どーゆーことだよ」


「そーゆーことです。では、バイなら」


「は、おいちょまっ」


彼は、分かれ道で去っていった。今度会ったら問い詰めてやる。


そして、俺は、先程の健太郎の答えの意味を考えながら、いつも通り公園の横を通る。そう、悪魔の公園である。


振り向いたらダメ。振り向いたら終わる。振り向いたら死ぬ。


俺は、絶対に横を見ない。そう硬い意志を持つ。


だが、


「あはは、ゆうくん、ちゃんと、おにやってよ~」


「ぼく、にげるのやりたいー!」


そう、子供たちの楽しそうな声が聞こえてくるのだ。見たい。子供たちを。しかし、見たらっ。


くっ、俺は決して屈するものかっ!


「まあ、でも帰っても夕飯作るだけだし、いっか」


鋼鉄製の意志は、まるで、口の中に入れた綿あめのようにすぐ溶けた。


意志を丸投げした俺は、遊んでいる子供たちのほのぼのオーラを感じる。とてもいい気持ち。


でも、やはり、視界に入ってくるのは、ピンク色のノートである。あれを見ると、気になってしょうがない。


気付けば、俺の足は動いていた。


反り立つのは、昨日と同じ木。


俺は、昨日上ったイメージを思い出し、


「おらおらおらおら!!!」


声を出し、全力で駆け上がる。とても、公園で起こっている光景とは思えないほどシュールである。子供にも教育上よろしくない。


「はぁはぁ、くそノート、今日もお前を見に来てやったぞ。はぁはぁ…」


俺は、昨日よりも慎重に、取って地面に降り立つ。その姿は、正に美。


自分でも惚れてしまいそうになるぜ。


こうして、俺は、くそノートを開いた。




────────────────



今日でしずとくんと出会ってから401日目♡


今日は、しずとくんと料理をつくっちゃった!!!!それだけでもう天国に行って、神様に土下座して感謝したいくらいなのに!!!!!


なんと、しずとくん、私のことに気を使ってくれて、包丁の使い方教えてもらっちゃった!!!大好き!!!


でねでね、その時に私、しずとくんにさ、さ、さ、触られちゃったの!!!


もう無理!死んでいい!!!


で、男の人に触られたことないし、しずとくんに触られたからつい、叫んじゃった。


何やってんの私!!!!!!バカなの私は!!!もっとしずとくんに触って欲しいのに!!!!!しかも、なんも悪いことしてない、てか、めちゃくちゃ嬉しいことしてくれた、しずとくんに謝らせちゃってもう最悪!!!!!


でもいつか、班の私としずとくん以外の二人みたいに、しずとくんといちゃつきたいなあぁぁぁ!!!ぐふふ。


まあ、しずとくん!!!今日も好きだよ!!!



────────────────





パタッ。


無言でノートを閉める。俺の口は、終始平きっぱなしであった。


なんだろうこの状態。放心状態っていうのかな。


てか、もうこれ持ち主、誰かわかっちゃったんだけど。調理実習で、包丁の使い方教えるために触ったって…



ワシやないかい。


まあ、でも、所詮くそノートだしな。別に彼女が書いたっていう保証、どこにもないし。


実際、辛辣な言葉を浴びに浴びているわけで…。


まあ、これが彼女のものであったとしても、なかったとしても、どっちみち、俺は、彼女と実際話したときに、普通に接してくれるようになるまで、彼女に話しかけるので、態度は変わらないし。


うん。まあ、頭の片隅だけに置いとくようにしておこう。


くそノートを素早く、括りつけた俺は、夕飯の食材を買うため、スーパーへと向かった。

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