第27話 アンドロイド

 その4時間ほど前、日本時間の午前6時ころ。アルバート自宅で、ジンやマユミと通信を行っていた。アルバートは、夜中の充電中に何度かリセットと再起動を繰り返していたらしい。

『アルバート、残念だが朝までに修正はできなかった。状態は昨日と変わっていない。つまり、昨日のような制御上の不具合はいつまた発生するのか分からない。思考回路の矛盾によって制御回路が不具合を起こしている。これが人間なら体の調子が悪いところを気持ちの上で何とかするのだろうが? 君の場合、そうは行かない』

「プロフェッサー・ジン、手を尽くして頂いて感謝しています。私は、解体されることになりますか?」

 マユミが驚いて、口を挟んだ。

『アルバート、そんなことは絶対にない。それにまだあなたのことは誰も知らないの。バカなことはいわないで』

 マユミは、軍人でありエンジニアでもあるマイケル大佐のことには何も触れなかった。

「いえ、プロフェッサー・ジンやドクター・マユミの方が心配です。申し訳ありませんが、昨日、そちらのパソコンに侵入しました。私の開発に関するデータはすべて読み終えています。こうなった以上、お二人は自分の身を案じてください」

『何を言ってるの? アルバート。今回のことは恐らくちょっとした、バージョンアップのミスよ。もう少し調べれば解決出来るの。暫くの間、あなたのデータは隠すけど、大丈夫よ。心配いらないから。もう調べて対処すればきっと直るから。ジンそうよね』

 話しながら、マユミは苦しそうな咳をした。

「ドクター・マユミ、それにその咳です。もしかして、自己免疫性肺胞蛋白症ではありませんか?」

『アルバート、私は大丈夫よ! それに自己免疫性肺胞蛋白症なら自然治癒するでしょう。今は、あなたのことを心配して。ジン、お願いだから、何か方法を考えて』

「自己免疫性肺胞蛋白症は、死に至る場合もあります。しっかり治療はすべきです」

 ジンは、モニターを見つめながら考えていたが、二人の会話に割り込んだ。

『マユミ、気持ちは分かるがアルバートの意見も聴くべきだ。すでに一月以上、君はずっと変な咳をしている』

「1月以上ですか?」

『そうだ、アルバート。君を心配させないように隠していただけだ』

「それでは、他にも様々な病気が考えられます。それに以前、検査は受けたと言ってました」

 マユミは、苦しい表情のまま、頷いた。

『ごめんなさい、アルバートあれは嘘。でも二人がそう言うなら検査は受ける。明日にでも受けるから今は、アルバートのことをなんとかしましょう』

『マユミ、それじゃ君はもう休みなさい。あとは私がなんとかする』

『でも!』

『アルバートは、死ぬ訳じゃないんだ』

「そうです、ドクター・マユミ。今は休んでください」

 マユミは頷いて、ベッドルームに歩こうとした。その瞬間だった、突然倒れて激しく咳をした。咳には血が混じっている。

『マユミ! マユミ! どうしたんだ! マユミしっかりしろ。アルバート、すまない、後でまた連絡する。必ず直せるはずだ。もう少し時間をくれ!』

 マユミが倒れたことで、気が動転したジンは、間違ってモニター電話のスイッチを切ってしまった。通信は途絶えたが、マユミに何が起きたのか、アルバートは思考を巡らせた。また、アルバートは、マユミの病気を治さなければと考えた、しかし、ここは日本であり、マユミは数千キロ海の彼方にいる。

 ジンは、施設の中にある医療チームに助けを求めた。マユミはそこに運ばれ治療と検査を受けている。二人で、アルバートのことばかり気に掛けて、妻の病気に気が付かなかったことがショックだった。

 ジンは、待合室の前で頭を抱えていた。しばらくして医師がドアを開けてでてきた。

「ドクター、マユミの体は? 具合はどうですか? ひどく悪いのでしょうか?」

 軍のドクターは、気の毒そうな顔でつぶやく。

「彼女は、おそらく自分の病気を知っていたでしょう。思ったよりも病気の進行が早かったのです。残念ですが残された時間は多くありません。私も、ドクター・マユミのことは尊敬に値する医師であることは分かっています。なんとかしたいが、手遅れです、どうにもなりません」

「どうして、こんなことに? 話はできますか?」

「ええ、もう落ち着いています。無理に話すとまた咳がとまらなくなる。吐血の恐れもありますから、ほどほどに」

「……! 分かりました」

 ジンは、信じられないといった表情で病室に入った。

「マユミ、聞こえるかい。どうして病気のことを隠していたんだ。こんなに具合が悪かったなんて。いくらなんでも……」

「ジン、ごめんなさい。でも、今さら仕方がないわ。アルバートを日本に送ってからもう、三ヶ月でしょう。ずっと気になって自分の病気は薬で抑えていたの。私が気づいたときには手遅れだった。だから、もうそのことは言わないで。いずれにしても、こうなる運命だったのよ。なんだか支離滅裂な言い方ね。頭が自分の頭じゃないみたい。薬のせいかしら。アルバートも、今こんな状態なの?」

「否、アルバートは、いつでも論理的だ」

「ジン、お願いしたいことがあるの。以前、アルバートがまだ完成する前、人間の思考部分のデータを人工知能に移す実験の話をしてたでしょう。あれで、アルバートは直るかしら」

「あれは、まだどうなるか分からない。それに人間からデータを抜き出すとき拷問のような苦痛を受ける。そんなことを誰が受けると言うんだ」

 ジンは、ハッとしてマユミを見た。マユミは笑っている。

「マユミ、それはできない。君にそんなことはさせられない」

「ジン、どうして? それでアルバートが直って、スーパードクターとして活躍するのよ。世界中の病気に苦しむ人を助けるの。それに、今度は患者の苦しみを知るのではなく、理解するのよ。共に苦しみ、痛みを感じてそれを助けられるスーパードクター。それがアルバート。私たちの息子」

「マユミ、しかし、必ず直るとは限らないし、君は痛みとショックで死んでしまう可能性がある。そんなことはできない」

「ジン、私は放っておいても後何日も持たないのよ。あなたと結婚して三十年以上になるわ。あなたは素晴らしい学者で、知的にスリリングで楽しかった。ここの生活だって不自由ではあったけど、好きな研究に打ち込むことができたじゃない。その結果アルバートが誕生したのよ。まだ、バッテリーの問題もあるけど、あれは致命傷にはならない。でも、今、彼の思考回路や制御回路で発生していることはなんとかしないといけないでしょう。私が役に立つならそうして。お願いだから」

 ジンは、首を横に振った。

「マユミ、別の方法を考えよう。時間をくれ」

「ジン、私にはもう時間がないのよ」

 そのとき、ジンのスマートフォンとマユミのスマートフォンが同時に鳴った。ジンは自分のスマートフォンをポケットから取り出しながら、マユミのスマートフォンを机の上から拾い上げた。発信者は、どちらも日本の細田からだった。同時通話を求めているらしい。ジンはマユミに画面を見せた。

 二人のスマートフォンには、ジンが作った特別の回路が内蔵されている。軍の監視から逃れ、外部と連絡が取れるようになっていた。

「おそらく、アルバートのことね。私が説明するわ」

「いや、君は無理をしない方が良い。私一人で話そう」

「だめよ。頼んだのは私なんだから、責任があるわ。貸して」

 マユミは、ジンからスマートフォンを取り上げた。

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