第25話 謎の大型バス
細田が向かった秩父では、細田の患者が心臓の発作を起こして倒れていた。昨夜木戸に対し、秩父の担当の者から連絡があったのだ。細田は、夜中に木戸から連絡を受け、すぐにバスに乗って秩父へ向かったのだった。細田は、現地へ着くとすぐに緊急手術を行った。その手術が終わったのが今朝の5時だった。
自動運転のバスは細田の病院を目指し走っていた。手術後の患者を受け入れてくれるはずの病院が、設備が整っていないことを理由に患者の受け入れを拒否していたのだ。患者の弟である大塚訓は、バスの中でまだ麻酔で眠る兄の横に座っていた。細田もその脇で測定器のデータを見ている。顔色も目つきもあまり芳しくない。大塚は不安になって細田に話しかけた。
「先生、あまり良くないのですか?」
「いや、そう言う訳ではないんだがね。本来、君のお兄さんのような心筋梗塞にはバイパス手術を施すべきだったと思う。だが、今日はカテーテルの手術で処置したんだ。今回は、狭窄を起こしている冠動脈が3本の血管にわたり数多くの病変があった。冠動脈主幹部病変があり、血管が枝分かれしている部分も狭窄していた。これほど複雑な病変である場合、バイパス手術の方が良かったんだ。しかし、君のお兄さんは、糖尿と高脂血症の持病がある。私の病院内ならロボット手術も可能だからバイパス手術ができたかもしれない。しかし、このバスでは君のお兄さんの場合、カテーテルの手術が限界だった」
大塚は、医学用語を聞かされて心配そうな顔になっている。
「先生、万一に備えて、母にも連絡した方が宜しいでしょうか? 俺も、兄貴も結婚はしてないんで扶養家族は母1人なんです」
「確か、足が不自由だったね?」
「ええ、車椅子で動いてます。でもまだ頭はしっかりしてるんです」
「まあ、とにかくもうすぐ私の病院に到着する。優秀な外科医がそろっているから、必要ならすぐに再手術でもなんでもする、心配ない。大丈夫だ!」
細田は、大塚の肩を捕まえて力を込めた。大塚も頷いている。細田は、運転席側に移り、病院の木戸さゆりへ連絡を入れた。
「木戸君、私だ、細田だ。あと30分ほどで到着する、何かあるかね」
「院長、先ほど圭子先生が先生にお話があるとかで、お部屋までいらっしゃいました」
「圭子が、昨日の連絡のことかね?」
「多分そうだと思います。それで、今秩父からお戻りの途中ですとお伝えしたら、どうしてそんなところに行っているのか? と色々詰問されました。もちろん、詳しいことは分からないとお伝えしたんですが。どうも誤解されているようで……」
「何があったのか言わなかったのかね?」
「はい、お話の内容は伺っていません。後から柴崎さんもお見えになったのですが、とにかく院長から連絡があったら教えて欲しいと言われまして。何でしたら、お電話をお繋ぎしましょうか?」
「いや、実はね木戸君、今日は秩父から患者さんを連れて来たんだ。向こうの病院で設備がないからと受け入れを拒否されてね。本当に地方の医療機関はダメになっている。これじゃ田舎に住んでいたら、重い病気になったら助からない。いずれにしてももう内緒にしておくことは難しい。秘密の事業も潮時だ」
「院長、差し出がましい言い方ですが、その方が宜しいかと思います。院長も無理をなさらず、その方が圭子先生にも理解して頂けると思います」
「木戸君にも無理をさせて来たからね、今まですまなかった」
木戸は、首を振って答えた。
「私は、何も無理など……、そのただお役に立てればと思っていただけです。院長と圭子先生がいつもギクシャクしているのを見るのが辛かっただけです」
木戸は、ハンカチを目に当てている。モニター電話ではなかったが、細田にはそれが分かった。
「それじゃね、木戸君。圭子に10時10分前になったら病院の第2駐車場へ来るように伝えてくれ。それから事務局の斎藤君にCCU(冠状動脈集中治療室)のベッドを一つ空けておくように伝えてくれ。心臓のカテーテルの手術を終えた患者さんを入れるからと伝えてくれれば分かるだろ。よろしく頼む」
細田は、連絡を切ってこの後のことを考え込んだ。
一方、木戸は、斎藤事務局長へ連絡し治療室のベッドのことを頼んだ。それから圭子に連絡を入れた。
「圭子先生、細田院長から連絡がありました。10時前に到着する予定です。第2駐車場に9時50分に来て欲しいそうです。CCUに入院が必要な急患を連れていらっしゃるそうです」
木戸の話に圭子は驚いた。
「急患ってどういうこと? 院長は治療で秩父まで行った訳?」
「詳しいことは、院長がお話になると思います。事務局の斎藤さんには、CCUのベッドを空けて頂くようにお願いしております。あと十五分ぐらいですからお願い致します」
「よく分からないけど、患者さんなら行くわよ、大丈夫。でもCCUじゃ、心筋梗塞の患者さんなの?」
「おそらく、そうだと思います」
圭子は、電話を切りながら考えた。手術はどうしたのだろうか? 移動中に手術ができるはずはない。あたまの中に「?」が詰まった状態で部屋を出た。一瞬の間の後、今度は歩きながら柴崎に電話を入れた。
「柴崎さん、手を空けられる? 院長が第二駐車場に到着するから来て欲しいって。それが、よく分からないけど急患らしいの」
「圭子先生。今ちょっと検査が立て込んでいまして。月曜に手術がある患者さんの検査なんです。でも、すぐに追いかけますから先に行ってください。第二駐車場ですね」
「ええ、じゃ悪いけどお願い!」
圭子は第2駐車場へ向かって歩いた。それにしてもどうして大型車用の第二駐車場なのだろう? 細田の車は普通の乗用車だ。リムジンではない。病院の急患入り口なら第一駐車場の方が近い。第二駐車場では、裏口から入ることになり処置室まで遠かった。
圭子が到着して数分後、見たことがない大型のバスが駐車場へと入ってきた。運転席には誰もいない、自動運転の大型バスだ。しかし、圭子は、細田が乗っている車はこれだと一目で分かった。バスが停まりドアが開くと予想通り細田が出てきた。
「圭子、すまなかったね」
「そんなことより、このバスは何? 秩父にこんなバスがあるの?」
「詳しいことは後で話すが、これは私のバスだ。今日は中に大塚さんという昨夜心筋梗塞で倒れた患者が乗っている」
そのとき、大塚訓が降りてきた。
「紹介する、彼は患者さんの弟で大塚訓さんだ。私の仕事を手伝ってくれている。医療従事者ではないがね」
「初めまして、大塚訓と言います。圭子先生ですね。細田先生からお噂は聞いております。先生の病院に来るのは初めてなんですけど、先生はいつも皆さんの自慢をされています」
圭子は、訳が分からず、細田の顔を見ている。だが、細田はその話はしなかった。今は、患者のことで頭が一杯らしい。
「とにかく詳しいことは後で話そう。CCUは空いてるのかな? 患者を運ぶのが優先だ。圭子、患者さんを運んだらすぐに検査をしてくれ。本来バイパス手術すべき患者だったが、緊急でこのバスの中だったものだからカテーテルの手術で応急処置をすませたんだ。問題があればロボットで再手術だ。アルバート君ならロボットなしでも低侵襲手術可能かもしれないが、患者は糖尿病と高脂血症を患っている。今、バスの後ろを開けるから」
細田がスマートフォンで操作を行うと、バスの後ろのドアがあき、患者は昇降機で下ろされてきた。大塚は、兄に向かって
「兄さん、細田先生の病院に着いたよ。もう大丈夫だから安心して」
と話しかけた。
そこへ、柴崎も走ってきた。
「圭子先生、どこのバスですかこれ? すごい設備ですね」
「柴崎さん、院長のバスらしいわ」
圭子が、説明する。
「詳しいことは私も聞いていないけど、後で説明してくれるらしい。でも新品のバスではないようだから、今までこのバスで出掛けていたのかもしれないわ。これで木戸さんの変な態度も説明がつくもの」
圭子と柴崎は、ストレッチャーを押しながら話し続けている。大塚もそれを手伝っている。圭子は、大塚の方を向いて尋ねた。
「大塚さんでしたよね。お兄さんの具合がわるくなったのは、昨夜ですか?」
「ええ、前から調子は良くなかったんですが、昨日は胸のあたりに圧迫されるような痛みや苦しさを感じたみたいで、細田先生には、発作が起きたらとにかく連絡するように言われていました。それで夜中だったんですが、秘書の方に連絡しました。そしたら、細田先生からすぐにモニター電話があったんです」
圭子は、細田の秘密の行動を木戸だけが知っていたのだと理解できた。そこでさらに質問を続けた。
「院長は、以前からそちらに伺っていたんですか?」
「えっ! 病院の方がご存知ないんですか? 私達の秩父地方でも五年ぐらいになりますよ。最初は、山梨の方から始めたんですよね?」
「いえ、個々の行き先は、私達も聞かされていないものですから。なにしろ、細田の独断で始めたことですし・・・・・・。まあ、地方の医療を色々考えた上の行動だと思います」
圭子は、どこまで言って良いのか分からずお茶を濁すように言った。それにしても、細田は何を考えてこんな極秘行動を取っていたのであろうか。圭子の頭の中で「なぜ?」と言う疑問が何度も生まれてグルグルと回っている。
「細田先生には、本当に感謝しています。私の町ではもう大きな病院は倒産してしまって。重病人は東京の病院にくるか、あとは死ぬかなんです。医療費も毎年上がるし、細田先生がいなければ兄はとっくに死んでいたと思います」
圭子は、考え込んでから再び大塚に質問した。
「不躾な質問で恐縮なんですが、医療費の支払いなんかはどうされていたんですか?」
「えっ、それも細田先生の独断なんですか? それじゃこの病院に入院したら・・・・・・その治療費はどれくらいになるんでしょうか?」
圭子は、大塚の驚いたような不安を感じたような表情を見てすぐに理解した。細田は、無料で診察と治療を行っていたのだ。
「いえ、その心配はないと思います。特に今回のような緊急の場合、まったく別です。治療費はこれまでどおりです」
そう言いながら圭子は、これが海外のVIPならいくら取るだろうと考えた。おそらく一千万以上になるはずだ。
圭子は、隣で黙って聞いている柴崎に向かって小さな声で囁いた。
「良く分からないけど、院長は医療ボランティアを秘密に行っていたようね。おそらく凄い費用も掛けてるわ」
「そのようですね」
柴崎は、さらに小さな声で頷くように言った。
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