第21話 再起動

「シーケンスラダー? そんなもの私は知らないわよ。とにかく、開発者なら嘘は言わないでしょう? その方法を教えてよ。試してみましょう。危険はあるわけ?」

「今回の誤作動が、ハードウェア上の故障であれば再起動出来ない可能性もあります。ソフトウェア上の問題ならば再起動で直るかもしれません」

 圭子は、腕組みをして考え込んでいる、だが時間はない。

「柴崎さん、私よりはメカに詳しいでしょ、どう思う?」

「なんとも。私レベルではわかりませんよ」

「何よ、いざとなると役に立たないのね!」

 圭子は、それならとアルバートの顔を見て頷いた。

「アルバート、開発者は信じられる人?」

「その通りです」

「それじゃ、柴崎さん、理由は何でも良いからこの手術室を十六時まで立入禁止と連絡して。私が何か新しい実験をしているとでも何でも良いから」

「実験? ……ですか?」

「ああもう、何でも良いから、それでとにかく鍵を閉めて! それで、どうすれば良いの? リセットスイッチはどこ?」

 圭子は、アルバートの肩や背中を触りながら質問を繰り返す。

「人間でいえば、背中の左右肩甲骨の間です。私の腕はそこには届かないように設計されています。背中を見ると、肩甲骨の間に赤色で丸い痣があります。それはシールのように剥がすことができます。それを剥がすとリセットスイッチが見えるはずです」

「それじゃ、自分ではリセットスイッチを押せないわね!」

「その通りです。でも人間も自分をリセットできませんから同じです」

「こんなときに、何言ってんのよ!」

 圭子は、必死の中に笑いがこみ上げてきた。手はアルバートの服を脱がせようとしたが、アルバートの腕が思うように動かず捗らない。しかし、なんとかワイシャツを脱がせ、上半身は下着のシャツだけになった。

「失礼、あとは捲り上げるから」

 背中から下着を捲り上げると、そこには、アルバートの言うとおり赤い痣があった。コイン硬貨程度の大きさの痣だった。圭子は、その部分を剥がそうと試みた。皮膚は、しっかりと張り付いていたが機転を利かせてピンセットを使ったため、簡単に剥がすことができた。その下には、コイン大のボタンがあった。

「圭子先生、これ、このマークって? 鷲のマークですよ。これは国防総省のマークですよね? 違いますか?」

「私はそんなの知らないわよ、そうなのアルバート?」

「それには、答えられないようになっています。データもインプットされていません。開発者に関しては、ドクター・マユミとプロフェッサー・ジン以外のデータはありません。リセットスイッチのことを教えてくれたのは、プロフェッサー・ジンです」

「いずれにしても、これだけのメカ。あっ、すみません。アルバート先生のような超高機能アンドロイドを開発できる組織は限定されますよね」

 柴崎は、ポケットから小型のルーペを出して、アルバートの背中にあるボタンを見ている。そこに刻まれた鷲のマークはどう考えても米国国防総省のマークだ。柴崎は、軍事オタクでは無かったがそう言ったことには詳しい男だった。

「柴崎さん、今はそのことはどうでも良い。国防総省だろうが何だろうが関係ない。とにかく私は目の前の瀕死の患者を救うだけ! 押しても良いの? アルバート!」

「再起動するとき、関節部分がフリーになって倒れる可能性はあります。それとボタンは堅いはずです、3秒以上押してください。およそ、四~五分で再起動するはずです。そのとき倒れなければ大丈夫です」

「わかった。柴崎さん、背中の方からボタンを押して、私はこのまま、前から支えるから。四、五分ね? もし上手くいかなかったら? ……いや、必ず上手く行くわ。直るでしょう、アルバート! 私もこの病院も、それに患者さんもあなたが必要なのよ! だから直ってよ!」

 数秒の沈黙のうち、アルバートが言った。

「あなたが、そう言うなら」

「じゃ、柴崎さん。お願いします。こっちはしっかり抑えてるから」

 柴崎は、ボタンを押した。人差し指では相当な力が必要だったが、三秒後、「ピッ」という音と共にアルバートは瞼を閉じた。

 圭子は両手でアルバートを支えながら、部屋の時計を見ている。時間の流れが遅い。秒針が止っているように見える。柴崎も、左右の手で両肩を握っている。今のところアルバートは自立しているため重さはまったく感じない。

 時間が流れない。圭子は十分も20分も待ったような気がした。時計の秒針が5回まわった。何の反応もない。圭子と柴崎は、不安になってきた。お互いに時計を見ながら目配せしている。

「アルバート、もう5分よ。何とか言ってよ。直るんでしょう!」

 さらに秒針が時計を半周したとき、再び「ピッ」と言う音と共にアルバートの瞼がピクリとした。その瞬間、膝の力が抜けたように前に崩れてきた。圭子がアルバートを支えようとして、抱きしめたとき、互いの唇が触れあった。

 柴崎も後ろから、前に倒れるアルバートを引っ張る。二人は何とかアルバートの転倒を防いで床に伏せさせることができた。

「アルバート先生、どうですか? 聞えますか?」

 柴崎が、アルバートの肩を揺すりながら呼びかける。しかし、アルバートは何も反応しない。

「アルバート、再起動できたんでしょ! 何とか言いなさいよ!」

 圭子の呼びかけにも反応はなかった。だが、圭子が、アルバートの背中をさすったとき、アルバートが反応した。

「再起動、完了しました。バッテリーの温度が計測できています。現在39度まで下がりました。まもなく正常範囲まで下がるはずです。もう問題ありません」

 アルバートは、重そうに立ち上り、体を動かす。

「お二人に感謝します、ありがとう」

 アルバートは、2人に礼を言いながらも自分の状態を表示する機能が上手く働いていないことに気がついていた。しかし、不思議なことにそれに構わず目的を遂げようとするもう1人の自分がいた。

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