第4話 金髪美少女は詐欺師です。

 そんなわけで、次の日の午前中。私は再びカナの駆るバイクに乗せられて、利根川を越えて茨城県に入った。かれこれ二時間弱の移動を経て辿り着いたのは、ごくありふれた、地方都市の外れにある閑静な住宅地だった。コピペして貼り付けたみたいに同じ外観をした一軒家が、二十軒ほど連続して立ち並んでいる。これは、かつての霊素村の住人に政府が提供した支援住宅だった。要するにこれが、カナが昨日言っていた「あて」だった。


 私達はバイクを降りて、表札を見ながら岸田と表札に書かれた家が無いか探し始める。


「ところで夜見塚さんって、私服もバリバリのゴスロリなんですね。この季節、辛くないんですか? 全身黒だし、風通し悪そうだし、傍から見てるとクソ暑そうですけど」


「うん、すっごく暑い。特に今は移動がバイクだから、日傘もさせないし。でも、こういうのは気合で耐えるものなの。気合で」


 はぁ、と呆れたんだが感心したんだかわからない表情をするカナ。カナの方は華美なゴスロリファッションの私とは対照的に、ジーンズにノースリーブのTシャツという非常にラフかつ涼やかな格好をしていた。髪の毛もくくったままなので、爽やかな夏の金髪美少女といった趣だ。なお、運転中は薄手のジャケットを着用していたので、コンプライアンス的な問題はない。


 ちょうど十軒目に差し掛かったところで当たりを引いた。岸田という表札のかかった家が見つかったのだ。私は手鏡をその家に向けてかざして、恵美さんに外観を眺めさせてあげた。


「へぇ。これが今の我が家かぁ。なんか、霊素村にあったのよりも広くなってない? ずる」


 恵美さんが冗談めかして呟く。その声色が感慨深げだったのは、言うまでもないだろう。


「一応確認しておきますけど、同じ名字の別の家庭という可能性は?」


「いや、それはないはず。霊素村に岸田って名字は、うちだけだったから」


「そうですか。じゃ、早速」ぴんぽん。躊躇なくインターホンを鳴らすカナ。


 え、いきなり過ぎない? 私は愕然としたけれど、固まっている場合ではない。塀の影に隠れつつ、恵美さんとともに玄関先のカナのことを見守る。程なくして、中年の女の人がドアの向こうから現れた。多分、母親だろう。手元の手鏡からは、微かに息を呑む声が聞こえた。


「あの、どちら様でしょうか?」


「真澄さんの旧友です。久々に顔を見たくてご訪問させてもらったんですけど、ご在宅ですか?」


「あら、真澄の? ごめんなさい。せっかく来てくれて悪いんだけど、あの子、今は東京の大学に通ってて。あっちで一人暮らししてるのよ」


「あ、そうなんですか。……残念だな、久々に顔を見たかったのに。連絡先知らないから、会うのは諦めたほうがいいかな。いやー、残念だなー。でも仕方ないかー」


「もしよければ、住所教えるけど? 会いに行ってあげたら、あの子も喜ぶと思うから」


「え、本当ですか? ありがとうございます。あ、でも、このことは真澄さんには黙っててもらえますか? アポ無しで会いに行って、びっくりさせたいので」


 嘘を吐いている後ろめたさなど一切感じさせない名演技で、いとも容易く個人情報を聞き出すカナ。その神経の図太さにもはや畏敬の念を覚えるとともに、あなたのお母さんの防犯観念大丈夫ですか、と手鏡の中に視線を落とす。すると恵美さんは、遠いものを眺めるときのように目を細めながら、美少女詐欺師に丸め込まれている母親のことを見つめていた。


「あれ。お母さん、なんかちょっと老けたかな。しわ、増えてない?」


「……あの、恵美さん。いいんですか? お母さんと話とかしなくても」


 恵美さんの要求は、あくまで妹の真澄さんとの再開であって、両親との感動の対面ではない。だけど、両親に対しても会いたいという気持ちがあるのなら、素直にそうしてくれないと困る。じゃなきゃ私達は、いつまで経っても霊魂回収を終われない。


 恵美さんは若干の間をおきながらも、ううん、と言ってかぶりを振った。


「いいんだ。お母さんとお父さんは、なんていうか……私がいなくても、ちゃんとやってるだろうから。むしろ、今更帰ってきたら混乱させちゃうと思う。お母さんたちには今の生活があるわけだし、それを死んだ私がかき乱しちゃうのはよくないかなって」


「なるほど。それはそうかもですね。……あれ。でも、それならどうして真澄さんには会おうとするんですか? 真澄さんだって、今は新しい日常を生きてるんじゃ」


「ああ。あの子は別なの」恵美さん、柔らかな微笑を浮かべる。


「真澄は相当なお姉ちゃんっ子だったからさ。お姉ちゃんお姉ちゃん、って私の後をついてきてばっかりで、私に甘えてばかりだったの。……ずっと後悔してたんだ。真澄を一人にしちゃったこと。だから、姉として真澄のためにしてあげられることがあったら、してあげたいんだ」


「そう、ですか。……きっと、喜んでくれると思います」


 私にしては珍しい、嘘偽りではない本物の感情だった。最愛の姉を亡くした哀切は、私にだって理解できるから。ほんの一瞬の再会であろうとも、私なら泣いて喜ぶだろう。


 数分後。カナは相変わらず泰然とした顔つきを崩さないまま、私達のところに戻ってきた。


「それじゃ行きましょうか。今度は茨城から東京までツーリングです。時間にはまだ余裕があるし、おやつ時には辿り着けると思います」

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