第三章 鋼鉄の意志

第38話












 スレイヤーズという職業の死亡率は高い。


 スレイヤーズにアカデミーを通らずに加入した者の死亡率は84パーセント、アカデミーを通ってスレイヤーズに加入した者の死亡率は58パーセントと言われている。


 アカデミーを通ったとしても半分以上は超獣の餌になるか超獣そのものになる。

 アカデミー卒業生の死亡率が低いのは単純に優遇されているからだ。

 金を払い、愛情を込められて教育され、それなりに贔屓目に見られる。故に死亡率は抑えられているものの、それでも死亡率は極めて高い。


 では逆にアカデミー卒業生ではない者達は?

 スレイヤーズ上層部はアカデミーを通らずにスレイヤーズに加入した者達を陰で「捨て駒」と呼んでいる。


 スレイヤーズ上層部が山ほどいるスレイヤー全てを認知している訳はなく、どれだけ努力したとしても、どれだけ志しが高かろうと、どれだけ腕っ節が強くても、ランク10000位以降のスレイヤーは見向きもされない。


 スレイヤーズ上層部からして見たら、ランク1万位以降のスレイヤー達は「捨て駒」。

 強行偵察や危険地帯に送られる高ランクスレイヤーの肉壁としての役割しか期待されておらず、任務も通達されない。

 彼ら彼女らが任務を受けたい場合はチームを通して、リーダーに同行した上でようやく任務について行くことが出来る。

 チームに所属していない場合は1人か同じくチームに入れなかった者同士が集まって崩壊領域コラープスに出て、カテゴリー1やカテゴリー2を討伐し超獣の素材を持ち帰って成果を上げるしかない。


 勿論、その「成果」を持ち帰るのも一人二人では一苦労で、カテゴリー2ともなると「パワー」タイプのニューでもいない限り一匹持ち帰るだけで日が暮れることになる。

 車両を持っていたなら話は別だが、わざわざアカデミーを通らずにスレイヤーになった者が車両を保有していることの方が珍しい話だ。


 そうして持ち帰った超獣をスレイヤーズの買取施設で鑑定してもらい、その超獣から取れた素材が良質か、建築やらASWに使えるかどうかで買取価格が決まり、その売上金で報酬が支払われる。


 そこそこ強いカテゴリー2を運良く倒せたら実力が認められて人手不足のスレイヤーズのチームにスカウトされることもある。

 そうしてようやくチームに所属することが出来たスレイヤーは任務に派遣され、安定した報酬を得ることができるようになる。


 ただここに至るまで、約9割のスレイヤーがふるいにかけられることになる。何せアカデミーを通らずにスレイヤーズに加入したほとんどのスレイヤーは一攫千金を夢見て超獣の対処や索敵方法、崩壊領域コラープスの歩き方なども学ばないまま崩壊領域コラープスに赴き、超獣に貪られるか超獣の仲間入りを果たすからだ。




 シャルルもまた、そんな死亡率が高過ぎるアカデミーを通らずにスレイヤーズに加入した者の一人だった。

 シャルルがスレイヤーズになった理由は、先にスレイヤーズに加入した唯一の家族である兄が超獣に食われて死亡したからだ。


 シャルルの兄はニューであったが、あまり強いとは言えず、なけなしのクレジットで購入した粗末な中古品の銃型ASWを担いでその日暮らし程度の報酬を得てなんとか妹のシャルルと暮らしていた。


 しかし兄は超獣に食われた。

 葬式も行われずに「死んだ」としかスレイヤーズから告げられなかった兄の死に、シャルルは毎日のように泣いていたが悲しみだけでは腹は満たされず、シャルルも働くことを決意した。


 シャルルは女であり、背は低いが体付きはよかった。特に胸は街中を歩けば二度見されるほど巨大だったのでで働けば安定はせずとも収入を得られたかもしれない。


 だがシャルルは脳みそが筋肉でできていた。


 シャルルは兄の後を追ってスレイヤーズに加入し、自ら過酷な運命を志すことに決めた。

 アカデミーを通らないスレイヤーズへの加入は極めて簡単で、スレイヤーズ支部や出張所に赴き、ATMじみた装置で登録するだけでスレイヤーズになることが出来る。

 支給されたスレイヤーズカードを見せれば壁の外にも出られるようになるので、その日から働くことが可能だ。


 しかしシャルルはASWを買う資金を持っていなかった。兄が残したなけなしの金は生活費に回して精一杯。安物のASWも買えない状態だった。


 何を考えたのか、シャルルは素手で崩壊領域コラープスに出た。

 自殺行為にも等しい行為だが、シャルルは自分が「パワー」タイプのニューであった為、「なんとかなるだろう」と考えて崩壊領域コラープスに出たのである。


 当然崩壊領域コラープスでの活動は甘くなく、ゾーン0でカテゴリー1の超獣複数体に襲われて早速死にかけることに────は、ならなかった。


 シャルルは戦い方を一切知らず、超獣に襲われて噛みつかれ引っかかれたが、シャルルは異様なまでに体が頑丈だった。

 いくら「パワー」タイプのニューでも超獣の顎の力で噛まれたらタダでは済まない。

 シャルルは身体の至る所を思いっきり噛まれたが、ダメージを負ったのはシャルルではなく噛み付いてきた超獣達の方だった。


 シャルルに襲いかかり、噛み付いた超獣達は歯が砕けて自爆し、引っ掻いた超獣は爪が折れて、超獣達はシャルルにダメージを与えられずに逆にダメージを負うという謎の現象に襲われたのだ。


 落ちてた鉄パイプで超獣に立ち向かったシャルルは手当り次第に泣き叫びながらそれを振り回した。

「パワー」タイプのニューに振り回された鉄パイプは恐ろしい程の威力を秘めていて、飛びかかってきた超獣の頭に偶然鉄パイプの先端がクリーンヒットすると超獣の頭蓋、脳、脊髄を一撃で損傷させ、カテゴリー1と言えどシャルルは超獣を初めて討伐することに成功した。


 それがシャルルが初めてスレイヤーズになり、初めて超獣を倒した時の話だ。


 壁外から血まみれになりながら超獣の亡骸を複数体担いで帰ってきたシャルルにスレイヤーズ北部支部は盛り上がったものだ。

 危険と言われている北部ゾーン0でそれだけの成果を出したシャルルが注目されない訳もなく、シャルルは早速チームにスカウトされ、シャルルはチームに所属することになった。


 しかしシャルルには教養がなかった。

 任務を与えられ命令を受けても右往左往するだけで理解出来ず、初任務ではシャルルのせいで味方に損害が出るという結果になった。


 当然シャルルはチームから放り出されることになる。

 またしてもシャルルは一人となったが、見兼ねた北部スレイヤーズ支部長がそんなシャルルに助け舟を出す。

 北部支部長はシャルルに期待感を抱いていて、教養さえあれば前線で活躍できるスレイヤーになれると考えていた。


 北部支部長はシャルルにチームを凱旋し、シャルルの取扱説明書を作成してチームのリーダーに渡した。

 当然だがシャルルのせいで他のチームに被害が出たというのは周知されていて、シャルルがチームに所属するというのは中々厳しい状況となった。


 だがシャルルも北部支部長の厚意を無駄には出来ないと努力した。

 しかしシャルルは教養がないだけではなく、根っからの脳筋だった為、いくら「学」を叩き込まれてもまるで理解できなかった。単純でわかりやすく、実践も混じえた授業でもしない限りシャルルが物事を覚えるのは困難であった。


 そんなこんなで一年。シャルルは色々なチームをたらい回しにされながらも雀の涙程度の成果をあげることは出来ていた。


 シャルルは巡り巡って、北部支部長からスレイヤーズ本部に出向くように命じられる。スレイヤーズ本部の方がシャルルに見合ったチーム…アカデミー卒業生が多いチームを凱旋できると考えたからだ。


 しかし事件が起こる。

 スレイヤーズ本部であの”狂人”ティアが暴れたという事件にシャルルも巻き込まれたのだ。

 通達を受けた北部支部長は頭を抱えたが、しばらくして吉報が北部支部長に届いた。


 それはシャルルがあのレッド隊隊長、ランク9位ユウヒにスカウトを受けたという報せだった。






「良かったですね。チームでの活動は順調そうですか? シャル」


 穏やかな色合いをした茶髪の少女は優しげな目で対面に腰掛けている少女にそう訊ねる。

 優雅に紅茶を飲む北部支部長ソフィアは、若くして支部長の座にまで登り詰めた天才である。彼女自身はニューではないが、アカデミーの士官コースを首席で卒業した優秀な指揮官であった。


 ソフィアは東京シティ外縁壁崩壊事件の際にナンバーズへの指揮を的確に取り市街地への被害を最小限に抑えた英雄でもあった。

 それはユウヒという英雄の誕生の陰に隠れていたが、あの戦いで生まれた英雄は何せ一人だけではない。


「うん! みんな優しく教えてくれて楽しいよ!」


 シャルルはソフィアに出された茶菓子を全てを頬張りながらそう話した。

 シャルルがあのランク9位に見込まれるのは、ある意味ではソフィアの計算通りであった


 ユウヒがチームメンバーを探しているのは知っていたし、シャルルの特性を知ればユウヒはそれを生かすだろうとも考えていた。なにせあの狂人に毎日のように絡まれているのだから、その戦いの頻度を軽減するためにティアと同程度の人材を求めていた筈だった。


 当然このシティにティア並の実力者はユウヒを除いたらほぼ存在しない。

 強いて言うならソフィアの足元に横たわってるプヨプヨした饅頭がそれに該当しそうだが、この子はソフィアのペットみたいな所があるので貸し出すことは出来ない。


 ならどうするかと言えば頑丈すぎるシャルルがその人材の答えとなる。


「今度北部の任務に来るようですが」


「そうらしいよ! えーっと、せーきぐん? がまた壁を増やすとか何とかで」


「領地拡張計画ですね。西部に伸ばすのは頓挫しましたが、北部と南部に伸ばす計画は懲りずに進行しているらしいです」


 ソフィアの足元にいる白い水饅頭に緑のシロップをかけたような生き物からニュっと触手が生えて、シャルルに一枚の書類を手渡してくる。

 それはシャルルでもわかるようなファンシーなイラスト付きの説明用紙であった。内容は領地拡張計画のものである。


「むいむいは相変わらず器用だよね」


 その水饅頭じみた謎の生き物の名前は「むいむい」。

 鳴き声が「むい」だからという安直な理由から付けられた名前だが、この生き物もその名前を気に入っているのか呼ばれれば反応を示す。


 このスレイヤーズ北部支部に住み着く謎の生物は最初こそ警戒されていたものの、今となっては北部支部のマスコット的な存在として謎の人気を博している。

 北部支部で彷徨いていることが程多いこの生き物の定位置はソフィアの足元と決まっていた。


「書類仕事も手伝ってくれますよ」


「ほぇー」


「…それより、北部領地拡張計画ですが…大丈夫そうですか?」


 その大丈夫そうですか、という言葉はソフィアにとって色々な考えが込められている。

 ランク9位が参加を保留する懸念もあるからだ。


 なにせ進行している領地拡張計画は正規軍が名誉を取り戻すためのもの。西部への領地拡張計画は失敗どころか悲惨な結果に終わっていて、民意は正規軍から離れつつある。


 表向き正規軍は強く誇り高い戦士の集まりということになっていて、ニューでなくとも加入できることを売りにしている。

 しかしこの東京シティの歴史の中で正規軍が活躍したと言った史実は今のところ存在していない。高いのは誇りなのか埃なのかわかっていない現状だ。


 当然だが、民意の大凡はスレイヤーズにある。正規軍はそれを良しとしておらず、名誉挽回軍資金獲得の為に策を巡らせているのだ。


 ソフィアはユウヒが以前の領地拡張計画に反対の立場でいることを知っていた。ユウヒの意見は正論であり、領地拡張を行うなら南部に伸ばすべきだとソフィアも正規軍に進言していた。


 しかし正規軍が欲しているのは北部の資源。

 東京シティの北部、元千葉県が存在する場所には「氷海」が存在している。一定のカテゴリー5が住み着いたことにより気候が変動し、超獣が適応する環境になっていた。

 そこは”ゾーン2”。超獣による環境変動が起こり、人類にとって極限的な環境となった大地を人はそう呼ぶ。


 最も”温暖”な所で摂氏マイナス50度。それ以外は優に摂氏マイナス100度以上を記録しているそのエリアはカテゴリー5が複数体住み着き、好き勝手に地形なども変化させてしまっているがために今となっては氷海や氷山と言ったとても通常の生物が住み付けない極限環境になっている。


 だが超獣が好き勝手に地形を変えた結果、数多くの鉱石資源や燃料資源が出土していて、希少な鉱物なども採掘できる。

 正規軍の狙いはそこにあった。


 当然だがシャルルにソフィアの思考の裏側が読める訳もなく、シャルルは「大丈夫だよ!」とだけ告げてくる。


「シャルル寒い所平気だから!」


「そういう事じゃないんですが……まあいいです。指揮は私が預かることになっているので、ランク9位によろしく伝えておいてください」


「任せて!」


 シャルルはソフィアの執務室から手を振りながら退出し、むいむいが触手を器用に振り返していた。

 ソフィアはため息をつきつつ、むいむいを撫でながら先の不安感に頭を悩ませるのであった。







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