第39話
「北部の外縁街ってだいぶ整備されてるんですね」
ユウヒは助手席の窓から外を眺めながら呟く。
東京シティスレイヤーズ北部支部は外縁壁から程近い場所に建てられていて、現代風とかお洒落とかそう言ったのを一切感じさせない堅牢そうな、それこそ要塞と言っていいような見た目をしている。
そんな北部支部の駐車場にマオの運転する乗用車が止まっていて、今はシャルルの帰りを待っているところだった。
「ここの支部長の意向だよ。外縁街の整備や治安維持をやってるんだ。スレイヤーにそういった仕事を凱旋してね。この支部には孤児院もある」
ユウヒの問いにマオはコンビニで適当に買った漫画雑誌を読みながら答えた。
北部の外縁街に来るのはユウヒも初めてだ。
だがその有り様はユウヒの知る外縁街と少し異なる。それなりに整備されていて住むには何ら問題がなさそうなのだ。
「故に、犯罪組織はこの辺には住み着かない。下手したらテロリストが潜んでる一般街よりも治安がいいかもしれないな」
「スレイヤーが治安維持ですか。斬新ですね」
「お前は知らないだろうが、ほとんどのスレイヤーには任務は与えられない。スレイヤーってのは本来、壁の外に出て超獣を倒してその素材を売って儲けを得る…ってのが普通の働き方だからな」
「アカデミーじゃ習わない所ですね」
「まあな。なにせアカデミー卒業生はチームを凱旋された上でチームリーダーに命令が通達されるんだ。だがここの支部長はそんな任務が通達されないようなスレイヤーの為に治安維持という仕事を用意してやってる」
スレイヤーズは本来は出来高制。
安定した収入はない。
超獣は例えカテゴリー1程度の超獣であったとしても建築資材や低級のASWの材料になる。一部の超獣の肉は不味いが食用としても流通しており、その大凡が得体の知れないひき肉や牛肉や豚肉風の味付けがなされた加工がなされて市場に出回る。
金属類が希少なシティにおいてはそれはシティへの貢献にも繋がり、当然だが討伐した超獣の質によって報酬が支払われる。
ユウヒもといナンバーズが特殊なだけで、一般的なアカデミーを通過していないランク一万位未満のスレイヤーの報酬形態はユウヒとは異なる。
ランク一万位未満のスレイヤー達は危険を犯して壁の外に出て超獣を倒して、倒した超獣をスレイヤーズの売買支店に持って行って売り捌く必要があるのだ。
ナンバーズは基本「待機」だが、その「待機」は命令なので給料が出る。この「待機」期間中は別に壁の外に出てもいい。怪我したり死ななければいいのだ。
ナンバーズはシティの防衛戦力であり、特殊な任務でもない限りは壁の外に出なくてもいい。
「ここの支部長は信用できそうですか?」
「お前一回顔合わせてるはずだけどな」
「……ああ。そう言えば」
ユウヒはそこで自分が北部支部長と一度顔を合わせていたことを思い出す。
ユウヒがランク9位に昇格する時にシオリが東京シティに存在する全ての支部長を集めていた。その時に北部支部長もいたはずだ。
だが顔を覚えるつもりなどなく、どれが誰なのかまではユウヒは把握していなかった。
マオは呆れたような目をユウヒに向けている。
マオにそんな目を向けられる筋合いはないのだが、ユウヒも少々性格に難があることは自覚していた。
「お前の人嫌いは相変わらずか」
「引きこもりのニートには言われたくない台詞ですね」
「私はコミュ力はある方だ。お前よりな」
「は? 私もコミュニケーション能力くらいあります」
「だが人間が嫌いなんだろう?」
「ええ大っ嫌いですね」
ユウヒが人を嫌いになったのにはいくつか理由がある。いくつか、と言ったが上げればキリがない。
「私は”あいつ”をこの手で殺しました。”あいつ”は人気者でしたからね。アカデミーの同期に私が嫌われてるのはそういうことですし、私もお陰様で人間不信ですよ」
ユウヒは窓の外、全く車の止まってない駐車場で大人のスレイヤーとボール遊びをしている子供たちをなんの感情も籠っていない目で眺めながらそう話した。
ユウヒの排他的な性格は未だに変わっていない。表面上猫を被ってはいるものの、内心では相変わらず人を信用していない。
ユウヒの心を自分だけの力で開いたのは今のところニコくらいなもので、その他で言えばユキの紹介を通じて出会ったマオぐらいしか信用していない。
「気持ち悪いんですよ、あれら。私のことを嫌ってた癖に、私がランク9位になると手のひらを返してる。やると思ってたとか、信頼してたとか、空っぽ過ぎる言葉で私の”友人”であろうとする。心底気持ち悪い」
ユウヒも立場が変わって人を寄せつけるようになったが、ユウヒの人間不信は更に加速した。
マオは何処か納得したような顔を浮かべながら、しかしため息をついた。
「正義のヒーローには程遠い性格してるな」
「…なりたくないですよ。そんなもの。私はただ”あいつ”の意志を受け継いでるだけなので」
ユウヒの脳裏に張り付く呪いのような言葉。
その言葉は未だにユウヒのことを縛っている。
ユウヒの感情に暗がりが出始めたと同時に、マオの車の後部座席の扉が開いた。
「ただいまー!!」
図々しく車に乗り込んできたのはシャルルだった。
ユウヒは頭の悪そうな、能天気な笑顔を浮かべるシャルルを見ると先程までの暗い感情は何処へやら。悩んでることの方が馬鹿馬鹿しいとさえ感じて思考を切り替えた。
「何話してきたんですか」
「んっとねー、ソフィアちゃんがユウヒ先輩によろしくって伝えといてだって!」
何に対してのよろしくなのか、ユウヒは少し考えたがそれはすぐに「北部領地拡張計画護衛任務」の話であると察する。指揮を執るのが北部支部長…ソフィアであると言うのは事前に話を聞いていた。
「あれ本当にやるんですか? なんかまたコケそうな気がするんですけど」
「正規軍は西部で転んだどころか転んだ先が地獄だったからな。さっさと顔についた泥を拭いたいんだろうよ。成果を急いでる節がある」
ユウヒの一般的な疑問にマオが答える。
マオは今となってはレッド隊と極小数のシオリの関係者とは顔を合わせられるようになったらしい。
シオリの采配でマオの存在は隠匿されているものの、こうしてシャルルなどは顔合わせを済ませてある。
「あとはレッド隊で上手くいってるかって聞かれたよ!」
「それは報告する必要ないですね」
「じゃあ帰るぞ。家が恋しくなってきた」
「まだ外に出て三時間も経ってませんが」
マオが車を走らせる。
静かな駆動音と共に車が動き出す。
外縁街の建物はみんな背が低い。
シティは中心に向かうほど高さ数百メートルの高層ビルが増えていくという特徴があり、それはシティ内の人口密度を如実に表す指標となっている。
安心を求めて中央へ。
外縁壁崩壊事件はそれを加速させた。
「壁」は絶対ではない。それが証明されたことにより、人々は中央へと集まっていく。
誰もがもう一つの壁に囲まれた上級都市に憧れている。超獣から逃れるために、圧倒的な安心感と優越感を得る為に。
「正規軍、いくら超獣との実戦経験が少ないとはいえ北部に壁伸ばすのは流石に考えられないと思うんですけど」
「実はそうでもない。北部への進出はある意味では理にかなってる」
「…もしかして鉱物資源ですか?」
北部は無数の超獣が生み出した氷山がある。
今の千葉県は複数体のカテゴリー5超獣が住み着き、環境が上書きされた為に極寒の地に変貌している。
なんでも冷気を放つ植物などが自生していてその一帯の気温は摂氏マイナス百度にもなるそうだ。
ユウヒが口にした通り、北部には鉱物資源が豊富にある。何度かの派遣によって超獣が多種多様な鉱物資源を生み出しているという調査結果がある。
何故生物である超獣が鉱物資源を生み出しているのかは謎だが、どうやらそれには超獣の食物連鎖が関係しているようだ。石を食べる超獣など珍しい話でもない。
人類が残した文明…加工された鉱物資源、鉄やらアルミやらを捕食し、身に纏って防御力を高める超獣もいるという話がある。そう言った超獣の殆どが北部にいるらしい。
また鉱石などで住処を作る超獣などもいて、その住処はシティを数十年維持できるほどの資源が埋蔵されていることがあるのだとか。
「北部への安定したルートを確保しつつ北部への領地を少しづつ確保していけば足がかりにもなるだろう。対超獣結界を展開出来れば資源の輸送も容易だ」
「対超獣結界ってそんなにポンポン置けるもんじゃないでしょう?」
「まあな。あれの制作は特殊だからな。東京シティでしか生産されていないし」
”最初の科学者達”は東京に集まっていた。
正確には「大穴」が存在する埼玉県なのだが、最も近いシティは東京シティである。
故に対超獣結界といった十年前の遺産の技術を持つのは東京シティだけで、東京シティが今まで存続できたのはこれら技術のおかげでもあった。
「マオさんは作り方知ってるんですか?」
「あれを作ったのは私だからな。知ってる」
「…参考までに何作ったか言ってみてください」
「そんなの聞いて何になるんだよ。そうだな…お前が知ってるのだったら外縁壁も作ったし、ASWの原型を作ったのは私だし、生体崩壊薬も作ったし…あとは何だったか」
「あ、もういいです。だいたい参考になりましたので」
マオが片手の指を折りながらウンウンと唸って自分が作ったものを答えていくが、ユウヒは得体の知れない知識が出てきそうな気がしてきて止めておく。
取り敢えずこの引きこもりのニートは自分が思っているよりもかなりの重要人物であることがわかった。
シオリがその情報を隠匿する訳だ。ユウヒはシオリのマオへの対応は間違っていなかったのだと納得する。
「とは言え、私の研究は数多の犠牲を伴った。憎まれるだけで褒められたものではないよ」
マオは自嘲気味にそう話す。
ユウヒは不機嫌そうな顔でマオの自虐を聞いていた。
昔話をするといつもこれになるのを失念していた。
とは言え、かけるべき言葉にユウヒは悩む。なにせ励ましの言葉を送ってもマオはそれを叩き落とすからだ。
「この話題終わりましょう」
「賢明だ」
なのでユウヒに出来ることは話の軌道を強引に逸らすことだった。マオは苦笑しながらそれに乗っかってくる。
「そう言えば、全員分のASW作ってくれたんでしたっけ」
「ああ。レッド隊の連中にはお前が倒したカテゴリー5の素材を加工してASWを用意しておいた」
「シャルも貰ったよ!」
ここぞとばかりにシャルルが会話に混ざってくる。
難しい会話をしていた為かシャルルは会話に混ざってこなかったが、本当は会話をしたかったようだ。
「お前のは重撃特化のASWだったな。よく今まであんな安物の大型ASWで戦ってたよな。使われてる素材は最低品質だったし」
「中古でやすかったんだよ! シャルお金ないからそれしか買えなかったんだ!」
「いや、それはそんな笑顔で報告することじゃないですよ」
シャルルが扱っていた槌型の大型ASWはマオの見立てでも安物だったらしい。
ただの鉄の塊を振り回しているようなもので、シャルルのパワーとの相性が残念な程にマッチしておらず、シャルル本来のパワーを引き出すことが出来ない酷い武器だったそうだ。
天啓姫生誕祭でのテロで呼び出されたカテゴリー4にシャルルの打撃が通じなかったのは主にその安物ASWのせいだったとマオは話している。マオ曰くシャルルのパワー自体はユウヒに匹敵しているかそれ以上だそうだ。
「使い心地はどうだ?」
「まだ貰ったばかりで分からないよ!」
「それもそうだったな。データが欲しいからなんか適当に任務を受けろよユウヒ」
「ランク9位が出張る任務が来ないんですよ」
「んじゃあれだ、壁の外に出てカテゴリー3辺り見つけてこい」
「それ普通のスレイヤーに言ったら拒否されますよ」
「お前だから言ってる」
超獣とは脅威である。
だがユウヒとマオの会話からはそんなことは微塵も感じない。それはマオがユウヒの実力を一切疑っていないことと、ユウヒがマオの技術力を信頼してるが故の会話である。
当然だが普通のスレイヤーがカテゴリー3と相対した場合よくて壊滅、悪くて全滅という結果になる。
ユウヒが異常なだけで普通のスレイヤーからしてみたらカテゴリー1、2も十分な脅威であった。
何度も言うがカテゴリー4、人類は愚かシティを滅ぼしかねない存在に単独で勝利を収めるユウヒが異常なだけだ。
「か、カテゴリー3!? さ、最初はカテゴリー1とかで試し打ちした方がいいと思うよ!」
「安心しろ。お前はカテゴリー3に殴られた程度じゃ死なない。ユウヒより頑丈だからな」
「そうなの!?」
「は? 私にチョップだけで沈められてるじゃないですか」
マオの見立ててだとシャルルはユウヒよりもパワーと防御力が上らしい。
しかし模擬戦でシャルルがユウヒのチョップ一撃で沈められてるのはマオからしてみたら不可解な事だった。
「戦うほど強くなる、ね。変な話だ」
マオの呟きはユウヒとシャルルの「素手で殴り合いをしよう」というどうでもいい会話の喧騒の中に消えていった。
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