第36話










 ユウヒはアルミナの元に訪れていた。

 アルミナはユウヒに打ち負けて、今はスレイヤーズ本部の地下にある収容施設に身を収めている。

 この収容施設は対ニュー犯罪者による建築がなされており、超獣技術によってニューが弱体化するようになっているらしい。

 どういう技術なのかは知らないが、恐らくマオに聞けばその全容は見えるのだろう。


 施設内部に入っても力が弱まるような気配はない。

 壁とか殴っても壊せないのだろうか?

 試してみたくなるが、ユウヒが今日ここに来たのはアルミナに会う為。そんなことをしている暇はなかった。


 シオリの話によればアルミナは目覚めてはいるようだがかなり精神が弱っているらしい。部屋の片隅で何かに怯えているかのようにしていて、それでいて食事も取らないのだから酷い精神状態だという。


 ユウヒはアルミナの入れられている収容室の前に立った。超獣技術によって作られた強化ガラス越しに見えるアルミナは簡易ベッドの上で膝を抱えて虚ろな目で床を見つめている。


 ユウヒがやってくると意識がこちらに向いた。

 ユウヒを二度アルミナが見るとアルミナは戦慄したような表情を浮かべた。


「アルミナさん?」


「嘘でしょ…? いや、そうだよね。それしか有り得ない…」


「……」


 アルミナはそんな反応を示すとまた膝の上に顔を埋めた。ユウヒはアルミナは何か知っていると気づく。

 しかしここにはいくつもの監視があり、馬鹿正直に自分がという事実を聞く訳にはいかなかった。


「私から話すことは何もない。帰って」


 ユウヒがどうしたものかと考えているとアルミナが弱々しい声でそう呟いた。

 ただユウヒに敗北しただけならこんな状態にはならない。ユウヒはそう考えた。


 なにがあった?

 ユウヒの疑問は頭の中で浮かぶだけで口から出ることはなかった。


「…私は貴方と良き友人になれると思っています。ここをもし出られたら…私を頼ってください」


 ユウヒはアルミナにそう言い残すと踵を返す。


「…何故?」


 しかしそんなユウヒの背中にアルミナから声がかかる。

 ユウヒが振り返ると、アルミナはこちらを見ずに床を見つめたままだが会話をする姿勢になったようだった。


「貴方が私に肩入れする理由はないよ。私は貴方にをした。それは復讐はされど、許されることじゃない」


「…貴方が妹を想う気持ちは、私にも理解出来ましたので」


「…でもエルシアは、存在しない」


「それでも、貴方は本当に妹を愛していた。形は違えど、私は貴方を尊敬してます。その想いを抱いたまま、十年。十年です。…尊敬します」


 ユウヒはユキのことを諦めていた時期があった。

 探せど調べどユキは見つからなかった。心が折れてユキを探すのをやめた時期があった。

 けれどアルミナは、復讐の為と言えど、ずっと妹のことを想っていた。

 それはユウヒからしてみたら尊敬に値する。中途半端なユウヒよりもよっぽど姉妹愛が深いのだと。


「…羨ましいのは私だよ。貴方も、…貴方の姉も、お互いを親愛し合っている。には敵わない。どちらかが傷つけばどちらかが怒る。貴方達の”愛”は本物だよ」


 アルミナはぎゅっと膝を腕で抱える。

 アルミナはずっと幻覚を見ていた。

 幻。自分の理想を。

 それは幼少期のアルミナにとって救いとなっていた。

 だがアルミナは大人になってしまった。

 マオによって気付かされた。

 所詮自分が見ていた話していたものは、幻想に過ぎなかった。


「貴方のも本物ですよ」


 しかしユウヒはアルミナにそう語りかけた。

 アルミナは横目だけでユウヒを見すえる。


「その左目はそういう事でしょう?」


 アルミナの藍色の左眼を見つめながらユウヒはそう話す。眼帯で隠されていた左眼。そこには確かに自分と同じものを感じた。


「私の右眼も、あのうるさい親友が宿ったと信じてます。きっと貴方の左眼も、エルシアさんが宿っているんでしょうね。幻想なんかじゃない。貴方の心の中にエルシアさんはいますよ」


 ユウヒはそう言い残すとアルミナの前から立ち去っていく。


 否定ではなく、肯定。

 幻想ではなく、現実。


 ユウヒはエルシアの存在を認めてくれた。

 その言葉は、アルミナの両目から雫を溢れさせるには十分で、アルミナは静かに、ただ静かに嗚咽を漏らしていた。













 ****











 スレイヤーズ本部に戻ったユウヒはニコとシャルル、そしてティアの元にやってきた。二人はラウンジにいて、ナンバーズではないシャルルも特例でそこにいる。


 というのも、ティアがシャルルの教師をする手筈になっていた。性格と思想以外が完璧なこの女はなにかと万能でレッド隊の中では最も教養がある。

 学校に通えなかったシャルルに教師としてつくには十分すぎる人材だった………のだが。


「この程度の方程式も解けないんですかー!? おつむ足りてませんねぇ! ママのお腹の中から人生やり直した方がいいですよ〜?」


「えっぐ…! えっぐ! ぐずっ」


 ラウンジから聞こえてきたのはそんな声で、鼻水と涙で顔をグチョグチョにしたシャルルがティアに煽られている。しかもティアは真顔であり、相当苛立っているように見受けられた。


「なーに泣かしてるんですか」


「あ! 先輩!」


「ユウヒさん! 無事で何よりです」


「ユ゛ウ゛ヒ゛先゛輩゛! 問゛題゛わ゛か゛ら゛な゛い゛よ゛ぉ゛!」


 ティアはユウヒが来るとパッと振り返って腰に収めていたナイフを抜き取ると襲いかかって来たが、そんなティアの顔面を掴んで拘束しておいた。

 ティアはナイフをユウヒの腕に振り下ろすが硬質な音と共に弾かれていた。


「これあれですか、ティアさんだいぶ鬱憤溜まってるみたいですが」


「ええっと…最初は真面目に教えてらしたんですけど、シャルルさんの…その、小学一年生程度の頭脳が判明してからこんな感じで…」


 笑いながら暴れ回ってるティアに狂気的なものを覚えたユウヒが問えば代わりにニコが答える。

 どうやらシャルルの頭脳は小学一年生程度らしい。

 相当だ。

 しかも現在の年齢は16歳なので、いかに劣悪な環境で育ってきたかよくわかる。


「そうなんですかシャルルさん?」


「うぇ、うぇ……シャル、学校行ったことなくて…ぐす」


「んまあ、十年前から生きてるなら珍しい話でもないですか。ところでレッド隊に入る気はありますか?」


 ユウヒの言葉にシャルルは鼻をかみながら目を見開いた。


「…本当に、頭悪いのにシャル、入っていいの…?」


「スカウトしたのはこっちですしね。ただ入る以上はそれなりの勉強と、それなりの戦闘技術を覚えてもらいますけど」


「…シャル、変わりたいの。もっと強くなりたい! 頭も良くなりたい! だからその…」


 シャルルは少し言い悩む。

 だがやがてユウヒのことを真っ直ぐに見てきた。

 その目に浮かぶのは覚悟。

 頭が悪くても、泣き虫でも、その目に浮かぶ覚悟はダイヤモンドのように美しい。


「レッド隊に入れさせてほし…ください!」


「ええ勿論。歓迎しますよ」


「これからよろしくお願い致しますね、シャルルさん」


 ティアがユウヒに顔面を掴まれながら「私は反対ですーーー!!」と叫んでいたような気がするが聞き流しておこう。


 後日、ユウヒの申請によって正式にシャルルがレッド隊として加わった。

 シャルルのランクは見直され、カテゴリー4の討伐補佐やティアに襲われても無傷で生還した実績などから現在のランクは1654位となっていた。











 ****











「ゆーーーーーーーーーーちゃん!」


 玄関の扉を開けると、魚雷の如くユキがユウヒの胸に飛び込んできた。

 ユキの頭突きがユウヒの腹に突き刺さりユウヒは情けないカエルが押しつぶされたかのような声を口の隙間から漏らす。


「……ただいま姉さん。怪我とかないですか」


 摩擦で火事が起きそうなほど腹に頭を擦りつけてくるユキにユウヒがそう聞けば、ユキは「それを聞きたいのはユキさんの方なのだ」と返してくる。


 それもそうだ。

 ユウヒは何故かアルミナと戦ったことになってる。

 本来戦いになる前に隠し球を用意していたアルミナに殺されたはずなのだが…。

 あれは夢だったのだろうか?


 だとしてもユウヒ自身に戦った記憶がないというのはおかしな話だ。


「あの姉さん、私って本当にアルミナさんと戦って勝ったんですか?」


「…何を言うのだ。ゆーちゃんは果敢に戦って勝ってたのだ。中々激戦だったのだ」


 顔を上げたユキが一瞬だけ真顔だったような気がした。いつもの様ににんまりとした笑顔を浮かべているが、なにか目だけが笑っていないような気がする。

 しかしそれも一瞬で、ユキはいつも通りのふてぶてしい笑顔を浮かべたままユウヒの腹に再び頭を押し付けた。

 押し付けたままユキは喋り出す


「ユウヒ、俺はお前が戦ってるところを見てきたが、死ぬのだけは勘弁してくれよ。お前がいなくなったら俺は…」


 いつもとは違う口調。

 ユウヒは薄々気づいていたが、ユキの素の口調はこの粗暴な男口調なのだ。

 何故いつもあんな巫山戯た喋り方をしていたのだろうか。

 ユウヒは別にこの口調だとしても受け入れるというのに。


「世界を憎んじまう」


 ユキのその一言は重かった。

 ユウヒの腹筋に頭を押し付けているため表情は見えない。しかしその声は少しだけ、ほんの少しだけ震えていたように思えた。


 ユウヒはそんなユキの頭を撫でた。

 ユキのためにもユウヒは死ねなくなった。

 この小さな姉はずっと孤独だったのだ。


 妹を失いマオを憎んだアルミナを見たユウヒは、ユキだって同じなのだと気づいた。

 自分が姉を失ったら気が狂ってしまいそうになる。それはユキも同じなのだ。


「安心してください姉さん。貴方がいる限り死にませんよ」


「約束だぜ」


 ユキはそう言ってにんまりとした笑顔を浮かべた。

 ユウヒも釣られて笑みを浮かべる。






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