第33話
唐突に現れたマオはユウヒ達の元までやってくるとユウヒの目の前に立った。
「私が行けば解決なんだろ。いいよ、差し出してくれて」
「…マオさん、そんな軽いノリで死にに行こうとするのはよろしくないですよ」
ユウヒはマオが一人で外に出たことに驚いていたが、それよりもマオが”最初の科学者達”の生き残りであるということへの納得感の方が大きかった。
「待て、君がユウヒ君の話によく出てたマオ君なんだね?」
「そうだ」
「ようやく会えた。一度会ってみたいとは思っていたんだけど何処にいるのかわからなかったからね。しかし、”最初の科学者達”の生き残りというのは本当なのかしら?」
シオリは相変わらずのミステリアスな笑顔でマオに問い掛ける。
それもそうだ。”最初の科学者達”は全員死んだはずだ。カテゴリー5に襲われて、その研究資料すらも消えてなくなった。
残された僅かな技術が、今の人類文明を支えている。もし彼らが生き残っていたとしたらそれは今後の人類の命運を左右することになる。
「ああ。私は間違いなく”最初の科学者達”の生き残りで、その研究を主導していたよ。”最初の科学者達”のトップとでも言おうか。でもそんなもの、とても誇れた実績でもなんでもないけどね」
マオは濁った金色の瞳を浮かべながらそう話す。
ユウヒにはマオが戯言を話しているとは到底思えなかった。それはマオの持つ高い技術が起因している。
「嘘ではないと、私が保証しよう。なにせ前回のカテゴリー5討伐の際に使われた生体崩壊薬はロストテクノロジー。”最初の科学者達”が滅んだ時に消え去った技術のひとつだったからね」
意外にもマオの言葉を肯定したのは本部長のシオリ。
初対面にも関わらずマオの言葉を全面的に信用していて、シオリが信用し、ユウヒが何度もその名前を口にしていたことからその場にいる誰もがマオの言葉が虚偽ではないと信じたようだ。
「さて、シティとしてはそんな人材を死なせる訳にはいかない。かと言って君のお姉さんを見捨てると、君が暴走する可能性がある。どうしたものかな」
ユウヒがシオリのユキを見捨てる発言に目を細めたが、続いた言葉に目を閉じる。簡単に切り捨てる訳ではないと安心したようだ。
「そもそもマオ君、君は何故”ファントム”に恨まれている?」
シオリは全員が思っている疑問をマオにぶつけた。
ファントムというのはアルミナのコードネームであり、スレイヤーズによって名付けられたもの。指定危険犯罪者にはこうしたコードネームが割り当てられることが多い。
マオは短く息を吐いたあとにその小さな口を開く。
「”最初の科学者達”はSKBWの開発を優先されていた。超獣を滅殺するあの兵器は、とても有望視されていたからだ」
「SKBW…ってなんですか」
度々マオの口からは聞いていたその単語「SKBW」。
ユウヒはあまり深堀していなかったが、どうにも人ごとではない気がして思わず質問する。
マオは軽く肩を竦ませてから周りを見て、諦めたように口を開く。
「対超獣殲滅用生体兵器。通称SKBW。制御可能なカテゴリー5以上の戦力を持つ兵器だ。私はそれを作っていた」
「カテゴリー5以上の超獣を人工で? そんなものがあれば領地を取り戻すなんて簡単そうですが」
「いいや、この実験はな失敗したんだ。最初に作った”オリジン”が暴走して、全ての研究資料は失われた。だが”オリジン”のデータを元に12体のSKBWが作られてる」
どうにも史実とは違う過去がマオの口から語られているような気がする。
ユウヒはシオリの方を見るが、シオリは知っていたかのような顔をしていた。
「それって偉業じゃないですか。普通に。貴方がいればまた……いや、もしかして」
「そうだ。SKBWの素体は人。十年前の戦争で大量に生まれた孤児を攫って行われた。そして、私はお前の姉もその実験に使ったんだよ」
ユウヒは目を見開くとマオの胸ぐらを掴んだ。
マオは濁った金色の瞳を冷静にユウヒに向けている。
ニコが「ユウヒさん!?」と声を上げながらユウヒを止めようとしているが、ユウヒは無視してマオのことを睨みつけていた。
「…何故今まで黙っていたんですか」
「言い訳をするつもりはない。恨んでくれていい。私はそれだけの事をした。数多くの人の命を奪った。何百、何千、何万……。私は失敗を重ねてようやくたった13体のSKBWを作りあげた。だがそれらも、結局は技術の継承がされずに滅んだ。私がやったことは軽率に人の命を奪い、そしてそれら全てを無駄にしただけのこと」
「……」
マオは冷静にそう語る。
酷いぐらいに冷静だった。
だがその濁った金色の瞳には懺悔と後悔が浮かんでいる。それはどのような罰でも受け入れる者の目で、死すらも受け入れてる諦めの瞳であった。
ユウヒはマオのことを地面におろす。
マオはその濁った金色の瞳をユウヒに向けていた。
「いい機会なんだ。ユウヒ。私の命でユキの命が救われるのなら私は大人しくこの罪まみれの命を差し出すさ」
「………」
「…頼むよ、ユウヒ。私をファントムのところに連れてってくれ。それだけで解決なら、それが一番だろ?」
ユウヒは歯を噛み締めた。
マオは死ぬことに対して何も恐怖心を抱いていない。それを望んでいるかのようだった。
ユウヒはマオのことを友人だと思っている。しかしマオは、ユキへした事への罪悪感からユウヒに良くしていただけだったのかもしれない。
けれど、そうだとしてもユウヒはマオを信じていた。ただの気の合う友人。それを死ぬかもしれない場所に差し出すなんて許容できない。
「死なせません。貴方も姉さんも……そしてアルミナさんも、全員救えば解決なんでしょう?」
ユウヒの赤い右目が、ユウヒの言葉を肯定するかのように疼いた。
きっと”あいつ”もそれを望んでいる。
この中の誰かが死ぬ結末などユウヒには到底認められなかった。
だが、それを口にするとマオは絶望したような表情を一瞬浮かべた。
しかしほんの一瞬だけ、マオはまた再び諦めたようにため息をつき、肩をすくめる。
「まあ…そうだよな。お前はヒーローなんだ。ヒーローがそんなこと…しないよな」
マオはそう呟く。
そうしてから観念したように顔を上げてユウヒのことを見た。
「わかったよ。出来る限りの説得を私が試みる。もしファントムが隙を見せたらその隙に無力化すればいい」
マオは危険な役割を負うつもりだが、それでも命のトレードよりはましな手段であった。
ユウヒは何処かマオに危険な匂いを感じていた。しかしそれがなにかはわからない。その濁った金色の瞳は何を考えているのかわからない。
「ユウヒさん…私達はどうしますか?」
ニコがやや戸惑ったようにそう聞いてくる。
ユウヒは念の為についてきてもらうつもりでいたが、アルミナの言葉を思い出す。
複数人連れてきた場合ユキの命が危うい。
アルミナは何らかの方法で周囲を偵察している可能性があり、例え離れた場所にいたとしても察知される可能性も排除できない。
「待機で。私とマオさんだけで行きます」
「…大丈夫ですか?」
「多分なんとかなると思います」
ニコは不安そうな顔を浮かべている。
ティアは真面目な話をしている最中だと言うのにパフェを注文して頬張っていた。それをチラ見していたユウヒはこいつぶん殴ってやろうかと考えたが控えておく。
「それに他の誰かがいた場合、姉さんの命が危うい。可能性がある以上は私とマオさん以外近づかないのが得策かと」
「銀髪の人、逆に考えてみてくださいよー。先輩が危険になるビジョンとか思い浮かびますか?」
優雅にパフェを食べながらティアがそう話す。
「確かに思い浮かびませんが…何か嫌な予感がして」
「私はともかくユウヒは平気だろう。この間銃弾を頭に撃ち込んだが無傷で済ませてたしな」
「……いや、どんな実験してるんですか!」
何気なくマオが普段ユウヒにやってる事をマオがぼやくとニコはおもわず全力で声を張り上げていた。
張り詰めていたラウンジの空気が少しだけ和んだような気がする。
「まあ、普通に帰って来ますよ。姉さんもマオさんも無事に連れて帰ってきます。そしたらスイパラでも行きましょうか」
ユウヒはニコに微笑み掛けながらそう告げた。
ユウヒとマオの二人だけの作戦はこの時から開始された。
****
大穴。
誰が呼び始めたのかは知らないが、いつからかスレイヤーズの間ではこの名前が普遍的に広まっていた。
ゾーン0、東京シティから約十キロ程度の北西部に位置するこのエリアはゾーン0でありながら、一般的なスレイヤーの立ち入りは制限されている。
大穴の内部は超獣の巣窟になっており、独自の生態系が築かれているからだ。その生態系の頂点に君臨するのがカテゴリー4ではあるのだが、大穴の最深部に巣を作っていてその超獣が動くことは滅多にない。
ただそのカテゴリー4の産卵の量がとんでもなく、それでいて単一生殖を行う為カテゴリー1、2程度の超獣がとある時期になると無尽蔵に地上に這い出てくる為それの討伐任務をスレイヤーズが敢行することもある。
そんな大穴の縁、元々は埼玉スタジアムと呼ばれていた廃墟にアルミナとユキはいた。
崩壊した天井からこぼれ落ちる月の明かりが二人のことを照らしている。
ユキの首にはチョーカーじみた機械が取り付けられていて、ユキはそれが爆弾だとアルミナから説明を受けている。
しかしユキは大して動揺もせず拘束もされていない為、放置され荒れ果てた芝の上で寛いでいた。
「アルミナってどんな奴が好みなんだ?」
そして呑気に恋バナをしている。
アルミナはユキが本当に人質としての自覚があるのか疑問に思っていた。何処から取り出したのかグラビア雑誌を読んでいるのも謎である。
「考えたことはない」
「はー? 年頃の女子なのにそういうのないとか勿体ないぞ。青春しようぜ。なんなら俺とかどうだ? 顔はイケてると思うんだが」
ユキはキリッとした顔でアルミナを見る。
アルミナは呆れたような目をユキに向けていた。
「恋愛するとしても貴方はやだ」
「振られちゃったぜ。えー、身体もいい方だぞ。ジャージで着痩せしてるだけで胸もそこそこ…」
「恋愛するなら異性がいい。私にはそっちの気はない」
ユキがいると腑抜けた雰囲気が辺りに満ちる。あまりにも人質としての自覚はない。脅してもこの女は何故かヘラヘラとしている。
「じゃあゲームとかしてるか? 俺もマオのとこでゲームってのを触ったんだがあれは中々面白いぜ」
「貴方さ、私がマオのことを恨んでるのを知った上でその話するのデリカシーないからやめた方がいいよ」
「俺がやったのはMMOってやつなんだけどさ」
「話を聞け」
ユキの相手は疲れる。
この姉とユウヒが本当に血が繋がってるのかアルミナには甚だ疑問だった。口を開けばくだらない話ばかりで、アルミナからしてみたらまだユウヒの方が話しやすいと感じていた。
「なに、アルミナは世間のことを知らなさそうだし俺が変わりに話してやってるだけだよ。それにお前はマオのことも何も分かっちゃいないだろ?」
「最低最悪の人間。私の認識はそれだけ」
「本当にそうか? お前はあいつの何を知ってるんだ?」
ユウヒはマリンブルーの瞳でアルミナのことを見据える。アルミナはカフェイン錠剤を噛み砕きながらユキに横目を向ける。
「知らないのさ。お前さんは、”科学者”としてのマオしか知らない。”一人の人間”としてのマオをお前は知らないのさ」
「知った所で、私の妹にやった事は何も変わらない」
「それはそうだ。だけどさ、理解を拒むってのは愚か者がすることだぜ。復讐相手がどんな事をしたら苦しむのか、そういう下調べは重要じゃねえか?」
ユキはニヤニヤと笑いながらそう話す。
アルミナは怪訝な顔をユキに向けた。
「結論から話して。貴方の話は掴み所がない」
「おいおい、少しは考えろよ。まあいいや、ヒントはやるよ」
「なに」
「あいつは今一番苦しんでるんだ。これがヒントだ」
ユキはグラビア雑誌のページを捲りながらそう話した。アルミナにはユキの話していることがイマイチ理解できない。
なにか苦しむ要素はマオにはない筈だ。肉体的にも精神的にも苦痛はなく、マオはただ普通に生きているだけ。
その事がアルミナには決して許せなかった。十年前から何不自由なく生きているマオが、アルミナの憎悪を駆り立てる。
「ま、そろそろかな」
ユキが呟く。
すると同時にアルミナの携帯端末が振動する。
アルミナが携帯端末を手に取ればそこには監視カメラの映像が流れていた。
スタジアムの入口にユウヒと、そして黒髪の女の姿があった。その黒髪の女こそアルミナが探し求めていたマオだった。
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