第30話











 霧が晴れる。

 悍ましい姿をした超獣は甲高い叫び声じみた咆哮を上げて、のたうち回るように蠢いた。

 ただのたうち回るだけならまだマシだった。


 肉塊から生えている四本の細長い腕は伸縮性があるようで、超獣が暴れ回ればその細長い腕は鞭のようにしなり、振り回され周囲に破壊を齎した。


 天高く聳える摩天楼は超獣の腕が当たると当たると激しく破片と瓦礫を撒き散らし、地上に向かって雨のように降り注ぐ。


 超獣が暴れ回って自傷するだけならなんともなかったが、そもそも超獣は何故超獣と呼ばれるのか?

 人智では到底理解できない生態をしているからだ。

 その伸縮性のある柔らかそうな肉に見えてもその硬度は鍛えられた鋼か、ダイヤモンドか、それ以上に匹敵する。


 そんなものが高速で振り回されている。掠っただけでも生身の人間ならただでは済まない。回避しようにも巨大で、かなりの範囲が攻撃対象であった。

 今はまだ高いビルに囲まれているから周囲への被害を抑えられているものの、これらのビルが倒壊すれば最後。無尽蔵に被害が広がり続けることになる。



 ニコはシャルルをなんとか救出することに成功したが、シャルルを救出すると同時に天啓姫の山車が腕になぎ払われ粉々に吹き飛んでいた。


 もう既に相手はテロリストではない。

 無尽蔵に被害を齎す超獣が相手だ。

 ニコが容赦をする必要は一切なくなった。


「シャルルさん、あれを殺します。その武器ではキツそうなので…支援物資輸送装置ケア・パッケージを要請します」


「そ、そんなお高いもの使っていいの!?」


「無償で使えるので安心してください…」


 ニコはStecから支援物資輸送装置ケア・パッケージを要請し、それは速やかに受諾されすぐさまスレイヤーズ本部から支援物資輸送装置ケア・パッケージが射出される。

 シティが有事の際には必ずと言っていいほど承諾されるし、ユウヒに指示を出しているらしい”マオ”という人物は全てを見越したような命令を出してくれる。

 何らかの事情でユウヒとしか話をすることが出来ないようだが、きっと優秀な人なのだろうとニコは考えていた。


 数分もしないうちにニコの目の前に支援物資輸送装置ケア・パッケージが降ってくる。

 地面に落下する寸前で逆噴射を行い、地面に着陸したそれは四方に花が開くかのように展開し、様々な物資をニコとシャルルの目の前に提示した。


 ナンバーズ上位ともなると大型のASWは支援物資輸送装置ケア・パッケージに預けていることが多い。

 ニコもその一人で、余程遠距離への遠征でもない限りは大型ASWはスレイヤーズ本部に預けてある。


 そしてニコが手に取ったのは全長3メートル近い、最早狙撃銃と言うよりかは野砲と表した方がいい程の巨大なASW。

 四十四式対超獣骨鏃狙撃銃こつぞくそげきじゅう改改ふたつあらためと名付けられたASWは30mm特殊超骨弾を射撃することが出来るASWであり、東堂重工社製のニコが持ちうる最大火力だ。


 弾倉に込められている30mm特殊超骨弾を全て撃ち切れば、カテゴリー4を仕留めない限り赤字になるという代物。ニコはカテゴリー4以上と相対した時のみこれを引っ張り出してくる。


「準備は出来ましたか?」


「ばっちり! すごく便利だけど、シャルお金ないよ…?」


「無償です…」


 シャルルは貧乏性なのか支援物資輸送装置ケア・パッケージが無償であることをあまり信じられていないようだ。

 この東京シティで支援物資輸送装置ケア・パッケージを使える人間など、ニコとユウヒくらいなものなのでシャルルの分の物資を運ぶことくらい問題はない。


「ではあれを殺します。細かい指示は不要でしょう、怪我をしない程度に」


「任せて! 行くよ!」


 シャルルが先陣切って走り出す。

 ニコは狙撃ポジションにつく。前衛がいるので屋上に登る必要はない。

 それに相手は一体。小型の超獣がいるならば上を取る必要性はあったが、今回に限ってはその限りではない。


 シャルルは音速以上の速さで振り回されている触腕の嵐の中に突撃し、槌型ASWを振りかぶって超獣の身体にそれを渾身の力で打ち付けた。


 生物の肉を槌で叩いたとは思えない硬質な音が辺りに響き渡る。シャルルは「パワー」と「モッド」のみのニューだけあってその膂力はその辺の重機を軽く上回る。


 しかし超獣は微塵も怯むことなく、シャルルに向かって触腕を薙ぎ払う。

 シャルルは触腕によって吹き飛ばされ大通りのアスファルトに何度も体を打ち付けながらようやく停止する。

 だがシャルルはケロッとした態度でまた立ち上がって、何ともないような態度で超獣を見上げていた。


 そんなシャルルの異様なまでの頑丈さを目の当たりにしつつ、ニコは四十四式狙撃銃を構えた。

 狙いなど細かにつける必要はない。全ての弾丸はニコの殺意を原料に敵を滅殺する。


 四十四式狙撃銃の銃口から殺意の塊が、炸裂音に押し出され亜音速で飛び出す。戦車砲を撃ったような衝撃と音が人のいない大通りの塵を吹き飛ばし、舞い上がらせる。

 撃ち出された30mmの弾丸は空中で分解し、無数の子弾となって超獣に降り注ぐ。それら全てはニコの殺意の元に生き物のように動き、的確に超獣の眼球や口内に突き刺さった。


 着弾した子弾はたちまちに氷結反応を起こし、超獣の体表に無数の氷柱を生み出した。体を内側から突き破るように現れたそれらは超獣に苦痛を与える。


 凄い力だ。

 ニコは微笑む。

 超獣因子という忌々しいモノは、自分のチカラを大きく成長させた。今ならばカテゴリー4だろうが殺せる。


 ボルトを引き、次弾を装填する。

 どこまで通じるか試してみよう。こいつは実験台だ。


 超獣はニコのことを敵視したのか、ニコへの攻撃を開始する。末端速度が軽く音速の数十倍にもなっていそうな触腕をニコに向かって振り下ろし、打ち下ろされた時の衝撃波は周囲の摩天楼の窓ガラスを粉々に粉砕した。


 しかしニコは「センス」を持つニューである。

 直感的な判断力が優れ、思考を加速させるこのタイプは戦闘面においても優れた効果を発揮する。

「センス」自体が万能なタイプであり、スレイヤーズの間では前衛を任される人物が持っていることが多い。

 最もニコは後衛ではあるものの、ニコ自身もこの「センス」はかなり重宝していた。


 例え音速の何十倍という攻撃にも対処できるからだ。


 ニコは振り下ろされた触腕の上に着地すると、不気味に笑いながら狂気に染った目で超獣のことを見据え、四十四式狙撃銃を再度構える。

 銃口を押し付けたのは触腕。硬質な皮膚だった。

 それでもこの30mm特殊超骨弾ならば貫徹可能な肉質であることは明らかだった。


 ニコが引き金を引けば即着弾し、30mm特殊超骨弾は超獣の皮膚を喰い破って触腕の筋肉組織の内部にまで侵入する。


 モッド「魔弾」の効果は当然発動し、氷結反応が超獣の触腕を蝕み、霜が発生する。

 超獣が苦痛のあまり叫び散らしながら暴れるが、その暴れたのが逆効果。超獣の触腕は氷結した部分から崩壊し、一つの触腕を失うことになった。


「苦しんで死んでください。私の家族も苦しんだので」


 ニコが狂気的な笑みを浮かべながらそう囁く。

 次弾を装填したニコは再び超獣にその銃口を向けた。


「ニコ先輩強いなあ…」


 シャルルはニコの活躍ぶりを見てそう呟いた。

 シャルルは頑丈だが、実戦経験はそこまで多くない。戦闘技術も当然あまりなく、力任せの戦い方をすることが大半だ。

 正直なところこのカテゴリー4超獣に対しては自分の力は全く通用していないと言っても過言ではない。


 そもそもランク三万位程度のシャルルがカテゴリー4に及ばないのは当然の帰結でもある。

 カテゴリー4とは言わば厄災。人類の軍事力を持ってしても討伐は不可能であり、超常的な再生能力と生物の規範を逸脱した巨大さと頑丈さを兼ね備えた真なる怪物だ。

 これがカテゴリー5の前座に過ぎないのだから超獣というのは末恐ろしい。


 だからこそニコの強さに憧れを抱いていた。

 シャルル自身、強くなりたい、賢くなりたいという感情は常日頃から存在していた。けれど頭が悪いからと諦めていた。


 もしかすると変われるのかもしれない。

 自分の実力のなさから辞退を考えていたレッド隊への加入。

 これが自分が変われるキッカケになるのかもしれないと、シャルルは少しだけ胸を踊らせた。


 超獣はしばらくの間同じように暴れていたが、途端にピタリとその動きを止めた。

 様子が変わった超獣を警戒してニコは距離を取り、シャルルも慌ててニコに続いた。


 四つあった触腕が全て胴体に引き摺り込まれるように吸収されると、卵型の肉塊だけの存在になる。

 不思議なことに地上から数メートルの位置でピタリと浮遊しながら静止している。

 肉々しい巨大な物体が都市の中で浮遊しているというのは異様な光景であった。


「俺達も加勢します!」


 ニコが超獣への様子を伺っていると、数人の青年達が駆け寄ってきているのが見えた。

 ニコの記憶が正しければブラックエンジェルズ隊。その先頭にいるのはアカサカ・アイトだ。

 以前、ゾーン0に出現したカテゴリー4撃退任務で共に動いた仲だけあり、その実力は本物。


 アイト達がこちらに向かって走ってきている時、超獣に変化が現れた。


 その卵型の肉塊の表面に無数の穴が空いた。

 大きさは30cm程か。

 体表を覆い尽くすほどの無数の穴が開き、それらは全方位に向いている。

 それの数秒後、卵型の超獣の姿が風船を膨らますかのように膨らみ始めたのだ。


 ニコの脳裏に猛烈なまでに嫌な予感が這い上がってきた。それはタイプ「センス」を持っていたからこそ感じることが出来た未来予測。

 ニコは咄嗟にアイト達の方に振り向いて声を張り上げる。


「逃げて!!」


 ニコが叫ぶと同時に、周囲に衝撃が走った。


 機関銃の一斉掃射でも受けたかのように周辺のアスファルトや建築物の表面が抉れ、爆散し、砕ける。

 高層ビルには無数の穴が穿たれ、停車していた山車は崩壊する。


 シャルルが咄嗟にニコを庇わなかったらニコも致命傷は免れなかった。

 シャルルはニコに覆い被さるようにニコのことを庇い、涙目になってはいるが無傷。いや、外傷がないだけで相当なダメージを負っていた。


「うぐっ…。痛かった…」


「シャルルさん!? 大丈夫ですか…!?」


「頑丈だから平気だよぅ」


 シャルルが蹲るように倒れる。

 かなり丈夫な素材でできているスレイヤーズのジャケット。その背中の部分が破れ、中に着ていたYシャツもズタズタになっていてシャルルの背中が露出している。その背中も痣だらけになっていて、酷い所では内出血を起こしていた。


 ニコはシャルルに手を貸しつつ周囲を見回す。

 アスファルトの地面には赤い液体の滴る白い物体が突き刺さっている。

 それは「骨」だ。しかし骨とは本来体を支えるもの。

 地面に突き刺さり、地面に転がっているそれらは先端が尖った棘のように変質した骨であり、明らかに本来の用途とは別目的……生物を殺傷する為に作られた骨であった。


 そしてこれらはあの浮遊する超獣の体表に開く無数の穴から射出されたのだろう。どれほどの速度だったのか。数が多すぎてニコには検討もつかない。


 ニコは慌てて駆け付けていたブラックエンジェルズ隊の方を見る。

 酷い惨状だった。

 五体満足なのはアイトだけか、それ以外のメンバーは全員死亡しているか重傷を負っていた。

 アイトは呆然と、もはや原型を留めていない仲間達の死体を眺めている。それは人間、ましてや歌って踊って人気を集めていたアイドルの死に方では無い。

 どれが頭でどれが身体で…辛うじて足首だけが残っている死体もあれば、片腕が吹き飛んで痛みに泣き叫んでいる者もいる。


「……撤退してください。アイトさん。このままではみんな死にます。負傷者を運んであげてください」


 ニコはただ冷静にアイトに声をかけた。

 アイトは何も理解出来ていなさそうな顔でニコの方を見る。


「今のがまた来たら今度こそおしまいです。私が食い止めておきますので、……シャルルさん、ブラックエンジェルズ隊の皆さんの避難を頼みます」


「…わ、わかったよ」


 アイトがニコの言葉を全く理解していなかったことからニコはシャルルにアイト達を頼むことにした。

 しかしそれよりも早く佇んでいた超獣が再び膨らみ始めた。

 ニコは全身に冷や汗をかいた。


「シャルルさん!! 近くの建物へ!」


「うわわ! ちょっと雑になるけどごめんね!!」


 シャルルは生き残っている負傷者を抱えて走り出す。

 ニコは超獣の攻撃を阻止する為に四十四式狙撃銃を構え、超獣に銃口を向けて狙撃を行う。

 30mm特殊超骨弾は問題なく発射され、モッド「魔弾」の効果で的確に超獣の弱点を穿つ。

 そしてそれは超獣の体表に命中し、氷結反応を引き起こす───筈だった。


「そんな…!」


 確かに弾丸は命中した。

 しかし命中した箇所が瞬時に剥がれ落ちたのである。剥がれ落ちた肉は凍結し、砕け散るが、超獣本体には大してダメージは入っていない。


 はち切れんばかりに膨らんだ超獣の体。

 背後に目をやればシャルルが必死に建物に走りこもうとしている。まだ時間を稼がなければ、シャルル達も骨の嵐に飲み込まれることになる。


 ニコは四十四式狙撃銃のボルトを引いて次弾を装填し、再度超獣に銃口を向ける。


「この────!」


 しかしニコが射撃するよりも早く超獣の体表から無数の骨が撃ち出された。

 それらは猛威となってニコ達に襲いかかった。

 ニコは回避不能の無差別な攻撃を目の当たりにしてここまでかという思考が脳裏によぎる。

 目を強く閉じて来たる苦痛に備えるが、いつまで立っても痛みは感じない。

 苦痛を感じる前に即死したのかと考えたが、そんなニコの耳に声が届いた。







「無事ですか」


 ニコは安心する。

 ああ、この人が来てくれたのだと。


 目を開けばその背中がそこにあった。

 黒いマフラーとくすんだブロンズの髪を風に靡かせて英雄がそこに立っている。






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