第28話
ブラックエンジェルズ隊は東京シティでは名の売れるスレイヤーズチームだ。
リーダーのアカサカ・アイトのランクは46位。ナンバーズでも50位以上ともなると屈指の強者に数えられる。
実際にアイトは数々の戦績を上げている。
ニューのタイプは「パワー」「センス」「マジック」。炎の魔法を上手く扱い、銃火器機構の付いた片手剣型のASWを戦闘に用いることから「焔の銃剣士」などと呼ばれている。
ただブラックエンジェルズ隊の魅力は戦闘能力だけではなく、部隊員の顔面偏差値が高いこともあげられた。
シティでは希少価値となっている人口比率低めの男子のみで構成されており、全員がそれなりに美男子というだけあって女性からの人気が高く、アイドルとして活動している面もある。
歌って踊って戦うアイドルという新感覚のユニットは人々を大いに魅了した。
だが、アイトが絶頂の最中にいる時に東京シティ外縁壁崩壊事件が発生した。
勿論アイトの部隊もすぐに行動するはずだったが強力なEMPによって本部との通信が途絶し、何も出来ないまま外縁壁崩壊事件は収束した。
できたことと言えば空を飛んでたカテゴリー4が降らしてくる超獣を始末したことと、カテゴリー5に本部から送られてきた謎の薬品を搭載したロケットランチャーを撃ち込んだことだけ。
無力感を感じていたアイトの元に届いた報せは更にアイトを不機嫌にさせた。
曰く、アカデミーを卒業したばかりの少女がたった一人でなだれ込んでくる超獣を全て退けたということ。最初はあの狂人が手を貸したのかと思ったがそうでもなく、カテゴリー5が撤退するまでの間、その少女がずっと入り込もうとしてくるカテゴリー3以下の数百体の超獣を倒していたそうだ。
その少女の名前はユウヒ。
一度病院で見かけたが、鋭い目付きをしたオッドアイの女であった。
ユウヒは一言で言えば有り得ない戦闘能力を持っていた。聞くところによればあの類まれなる超獣因子に適合した一人でもあるようだが、それでもだ。
まずランク33位になったユウヒは勲章授与式の後にあの東京シティの目の下の瘤である”狂人”を倒してしまったのだ。
”狂人”の戦闘能力はランク一桁に匹敵するレベルで、かつて東京シティに存在していたランク9位のスレイヤーは手も足も出ずに”狂人”の手によって首を跳ねられ、跳ねられた首をスレイヤーズ本部前の広場にある水の出ない噴水の上で晒すという悍ましい行為をしたことでも有名だ。
アイトもかつて”狂人”に絡まれそうになったが”狂人”は一言「うーん、弱そうなのでいいです」とだけ言ってアイトから興味をなくしていた。
アイトは屈辱を感じていた。そんな感情を引き摺っている所にユウヒが”狂人”を倒したという報せが転がり込んでくる。
アイトは更に機嫌を悪くして、徐々に徐々にユウヒへの理由のない不満を蓄積させていた。
そしてカテゴリー5が東京シティに進行しているという報せが転がり込んできて、アイト達ブラックエンジェルズ隊も派遣されることになった。
だがブラックエンジェルズ隊の任務内容を見たアイトは更に機嫌を悪くする。
任務の内容は「ユウヒの補佐及び戦闘不能になったニコの輸送」。
最早カテゴリー5の討伐にすら参加できない命令内容にアイトは思わず本部に抗議したが、本部からは「余計な犠牲をなくすため」とだけしか返されなかった。
こうなったらユウヒに直接文句を言ってやろう。
そう意気込んでいたアイトはユウヒと対面する。だがユウヒはアイトに視線すら寄越さなかった。
ただ気絶しているニコにだけ優しげな目を浮かべていて、それ以外のものを見る時は冷水のように冷たい目を浮かべていた。
挨拶をしたアイトに対しては「じゃあ任せますね」とだけ。
一応はアイトが先輩の立場であり、巷では有名なアイドルなのに、ユウヒが無機物を見るような目しか寄越さないことに苛立ったアイトはユウヒに説教をしてやろうと意気込んだが、ユウヒはそれすらも「んな事はいいのでさっさと働いてください」とだけしか返してこなかった。
面子を潰されまくったアイトはいつしかユウヒのことを敵視していた。
ユウヒの態度や立場に苛立ったアイトはユウヒの姉であるユキに目をつけた。実力で適わないのだからそれは当然とも言える。
調べたところによれば、ユキはニューの「ビースト」のみしか保有しておらず、しかし「ビースト」固有の身体能力がない「半端者」。ただの無能力の人間と変わりなく、無職という汚点だらけの存在であった。
完璧なユウヒと、出来損ないのユキ。
それはユウヒを苦しめる材料としては十分だった。
アイトはありとあらゆる伝手を使ってユキを貶すような噂を流した。一ヶ月という期間はその噂を蔓延させるには十分で、厳しい目が
これでユウヒがユキの存在を疎んでいたら効果はなかっただろうが、生憎と言っていいのかユウヒはユキに対して深い親愛を抱いていて、ユキもユウヒのことを家族として愛していた。
ユキへの厳しい視線はやがて世間的にも広がって行ったのだが、予想外だったのはユキがどのような嫌がらせもすんなりと避けてしまうことだった。
アイトが直接手を下した訳ではなく、若手のスレイヤー達がスレイヤーズ本部に現れたユキに嫌がらせをするということは結構な頻度で発生していた。
だがユキはそれら全てをのらりくらりと躱してしまうのだ。直接的な暴言もユキはヘラヘラと笑っていなしてしまうし、小さな悪戯もユキは全て回避する。
それ故にユウヒが一切悩まなかったし、仕事が不調になるということもなく、いつも通りにスレイヤーズの任務をこなしていたのである。
ユウヒとユキは何時だってアイトの予想の斜め上を行っていた。アイトはずっとユウヒに対して劣等感を抱いていた。
だからこそアイトは今回の任務にやる気を出していた。
本部から言い渡されたそれは「天啓姫護衛任務」。ユウヒではなく自分達に舞い込んできた名誉過ぎる任務にアイトは心を躍らせたのだ。
あのユウヒではなく、アイト達にこの任務は任せられたのだ。最初からブラックエンジェルズ隊に任される予定だったようで、アイトはこの天啓姫護衛任務を必ず達成させようと息巻いていた。
ユウヒの所在は不明だが、この誉高い仕事をユウヒが受けられなかったという事実にアイトは調子を高くしていた。
なにせこの任務をこなせば天啓姫との伝手ができる。それはこの東京シティではあまりにも影響力の高いもので、アイト達ブラックエンジェルズ隊の出世街道は安泰と言ってもいい。
アイトは思わず笑みをこぼしてしまう。
天はまだ自分に味方していると、そう考えたからだ。
「しかし、
ブラックエンジェルズ隊の一人が頭の後ろで手を組みながらそうボヤいた。
ブラックエンジェルズ隊が待機している場所は天啓姫が乗る山車の内部。天啓姫が控える玉座のすぐ後ろであった。
「これでいいんだよ。何もしないで出世はできる…。そして俺達の人気は更に高まる。最高じゃんか」
ボヤいたチームメイトにアイトはそう告げた。チームメイトは「それもそうだな」と納得している。
「ランク9位に行く仕事だと思ってたんだけどな。今はレッド隊だったか」
「レッド隊は間違いなく最強の戦力だし、有事の際以外は動かさない方針なんじゃないかな…。例えばこの間みたいなカテゴリー5の侵攻とか」
「今回のランク9位は今までと違って質が桁違いだし、多少荒く使っても平気そうだけど」
ブラックエンジェルズ隊全員がユウヒを疎んでいる訳ではなく、ユウヒのことをよく思っていないのはアイトだけだ。その殆どはユウヒに対して尊敬の念を抱いている。
「ただあの姉を守ろうとするのは意味わかんないよなー。あんなの守るくらいなら他のことしてた方が有意義なのにさ〜」
しかしユウヒの姉に対しては敵意剥き出しだ。
完全な存在とも言えるユウヒに存在する数少ない大きな汚点のひとつがユキであり、ユウヒに憧れる人からしてみればユキという存在はあまりにも疎ましく、ユウヒの足を引っ張ってるようにしか思えなかったのだ。
というより、そう思考するようにアイトによって誘導されている。
親しい友人の言葉は鵜呑みにしてしまいがちであり、さりげないアイトの言葉の積み重ねによってブラックエンジェルズ隊の仲間達はいつしかユキのことを疎ましく思うようになっていた。
(俺を見ないからこうなるんだ。ランク9位)
アイトは仲間達の会話に内心嘲笑う。
それはまだアイトが若い理由でもあった。
(さて、このまま行けば何事もなく終えられそうだ。チームの宣伝効果も高そうだし、楽な仕事だな。…ん?)
アイトが何気なく山車の車窓から外に視線を向けた。
山車と言っても周りに立ち並ぶ摩天楼には大きさで言えば遠く及ばない。そんな摩天楼の頂点に見慣れない人影がたっていたように見えた。
ビルの屋上には確かスレイヤーズや正規軍が陣取っていた筈だ。しかしアイトが見たのは白亜の礼拝服を身にまとった男で、その顔はどこかで────。
アイトはそこまで考えたところで目を見開いた。
「不味い…! 全員戦闘態勢!」
最初は誰も気に止めていなかった。
祭りの会場内に静かに置かれた紙袋。
ベンチの下やゴミ箱の隣、自動販売機の横などにひっそりと置かれた紙袋なんて誰も気にしない。
僅かに危機管理能力の高い市民がそれに気づけばそれを危険視したかもしれないが、祭りの最中で見渡す限りの人の中で紙袋なんていうものは背景に自然に溶け込んでいる。
だから、誰も気にしなかった。
爆発物の匂いを嗅ぎつける警察犬が騒ぐまで。
けれどもうそれは手遅れで「祭り」は始まろうとしていた。
地上で花火が上がる。
彩りもなく、ただただ鉄の破片を撒き散らすだけの汚い花火。
好奇心からベンチの下の紙袋に手を伸ばしていた幼い少女が粉々になり、自動販売機の傍で談笑していた夫婦は飛び交った破片で穴だらけになり、その一瞬で多くの人々が地面と接吻を交わす。
複数箇所で起きた爆発は多くの死傷者を生み出した。
祭りの最中というだけあって人口密度が高かったのも問題であり、爆弾の殺傷能力はピークに達していただろう。
阿鼻叫喚の地獄と化したパレード会場に、数台のトレーラーが突っ込んでくる。人々を跳ね除け、踏み潰しながら大通りを突き進む数台のトレーラーは山車に体当たりを行う。
勿論それは展開されていた
爆発が起こると同時に鉄と鉄を打ち合わせたような甲高い音が周囲に鳴り響く。トレーラーを運転していたテロリストは爆発に巻き込まれ死亡した。
山車の
だが、
山車を覆っていた光の壁は綺麗さっぱり消えてなくなり、天啓姫の山車は丸裸となった。
そして辺りには深い深い霧が立ち篭める。
マオからトレーラーに動きがあったと告げられたユウヒはすぐに行動に移した。
マリアを背負って祭り会場からスレイヤーズ本部に移動を開始した。ニコとシャルルにはユキとイチコを家まで送るように頼み、マリアをユウヒが単独で送り届けるということには誰も反対しなかった。
「まさか本当にテロリストが来るなんて…」
「随分入念に計画されていたものらしいですし、偶然ではなく必然ですよ」
「…ごめんなさい」
マリアは謝罪した。
何に対してかといえば、東京シティの最高戦力であるユウヒをすぐに動けなくしてしまったことにか。
確かにユウヒが自由に動けていたら幾らでも手の打ちようがあった。被害が出る前に鎮圧することも可能であっただろう。
だがマリアの護衛任務をしていたユウヒは当然だがマリアを危険に晒す訳にはいかず、今もこうして安全圏までマリアを送り届ける羽目になっている。
だが今回のテロはユウヒも事前には知らなかったものだ。重役が殺害されたという情報だけでは天啓姫まで狙うなど、曖昧な予想しか立てられない。
「気にしないでくださいとは言えませんが、いつもお飾り人形の貴方が我儘を言うのはいいんじゃないですか」
「…」
しかしマリアの表情は暗い。
その表情の理由はユウヒにはわかりかねる。
沢山の人が死ぬ可能性があるからだろうか? けれどユウヒの価値観からしてみれば見ず知らずの人間が死ぬことなどどうでも良いことで、マリアが気にすることでもない。
「…いずれ貴方にもお話する時が来ると思います。でも今ではない」
ユウヒがマリアに贈る励ましの言葉をその不器用な頭で考えているとマリアが唐突にそう呟いた。
背中に感じる天啓姫はひとつのシティを担う代表者だ。しかしどうにもそんな代表者の口から出た言葉は震えていた。
「…何の話ですか」
「まだ駄目なんです。ごめんなさい。先の未来で必ず貴方にお話します。その時までどうか生きてください」
「…」
モッド「天啓」。
乱数的な未来を知ることが出来る能力。
マリアはその小さな身になにか大きなものを背負っているのだろうか。
ユウヒはその重圧を知ることは出来ない。
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