第27話









 ティアは上級都市に入り込んでいた。

 どうやって入り込んだかといえば普通に。

 ツインテールを解いて、上品な微笑みを携えて、高級そうなドレスを身に纏い、高級そうな車両の後部座席に乗って普通に入り込んだ。

 自分がシュヴァリエ・シュペーの関係者である「ティーナ」という名前が刻まれた個人証明カードを防壁の入口に立つ衛兵に見せればすんなりと、ティアは堅い防壁に守られた上級都市に入れたのである。


 無人かつ自動運転の車から降りれば整備された緋色の石畳と高級店舗を一階に備えた摩天楼の列がティアを出迎える。

 一目見ただけではあの”狂人”とはわからない上品な態度はティアのことを簡単に擬態させていた。寧ろ通り過ぎる人々が擬態しているティアを思わず二度見して感嘆の息を吐いてしまうほどか。


(ちょろいですねぇ。本当に東京シティ最高セキュリティの都市とは思えませんねぇ)


 ティアは内心嘲笑いながら足を進める。

 目的地は決まっていた。


 ユウヒに命令され調査している内にティアは外縁街を行き来するとある人物を発見していた。

 その人物というのが中国シティ発祥の軍事産業やASW産業を主とした大企業「チゥアンシィン」に務める中国人であり、とてもじゃないが外縁街に通うような立場の人間ではない。


 ティアはその人物を捕まえて色々話を聞いた。

 、ティアは企業チゥアンシィンが背後にいることを知る。

 ただ他愛のないお話ごうもんをしている最中に突然その人物が死んでしまったのだ。頭が破裂するかのように。その事から外部に情報を漏らさないように頭に何かしらの装置が埋め込まれていたのだろうとティアは推測した。


 わかったのはチゥアンシィンが背後にいることだけ。

 ならばとティアは直接チゥアンシィンに乗り込むことにしたのである。

 ティアがすんなりと上級都市に入れたのは比較的警備が薄くなっていて、上級都市の人間は来賓として生誕祭に招待されているからだ。

 偽装工作を行うのはティアからしてみたら児戯に等しい。


 そんなティアの目前にはチゥアンシィンの東京シティ支部ビルがあり、ティアはそのまま普通に歩いてそのビルの入口を潜る。

 エントランスは親しみやすい雰囲気が漂っていて怪しさの欠片もない。さしてその場に興味のないティアはぐるりと軽く見回してから受付をスルーしてエレベーターへと向かう。

 ビル内部の構造は把握済み。地下には駐車場があるらしいが、その更に地下がある。ただし公にはされていない。


 その地下に入るにはセキュリティカードが必要になっているようで、そのセキュリティカードを持っているのは上位の幹部のみ。

 つまりその幹部から奪えば地下への侵入も可能だが、地下へ侵入する必要など今のところはない。


 ユウヒからの命令にはユキへ干渉している証拠を見つけることだけ。

 ユキへの干渉はユウヒを手中に収めることに繋がる。

 そして勿論、このチゥアンシィンはユウヒを手中に収めたいと考えているのは間違いない。


 ティアはエレベーターホールの前で適当にStecを弄って待機する。

 狙いは簡単。

 既にこのチゥアンシィン東京シティ支部のお偉方の顔は記憶している。名前は覚えられないが顔を覚えるのは得意だ。


 しばらく待っていれば二人の護衛を伴って一人の男性がエレベーターに向かっているのが見えた。記憶にある限りでは東京シティ支部の幹部の一人で間違いない。

 ティアはさり気なくエレベーターに向かい、エレベーターに男性が乗り込んだのを確認するとティアもエレベーターに乗り込む。

 乗り込む瞬間にヒールに慣れていないような演技をしつつ男性に向かって転ぶように倒れた。


「大丈夫か? 君」


「あっ! ご、ごめんなさい…」


 ティアは見事に男性の胸に収まりしおらしい態度を取りながら潤んだ目で男性のことを見上げる。

 男性はそんなティアに一瞬で魅了され、少しだけ頬を紅潮させた。ティアは男性の心を掴みそうになっているのを確認すると、初々しく、慌てたような態度で男性から離れる。


「父の付き添いで来たのですが…あまりこういう場には慣れていなくて」


「そ、そうなのか。…君、名前は?」


「ティーナです。社交界にはその…あまり出たことがないのでご存知ないかもしれませんが…」


「箱入り娘という訳かな? ああすまない、私はチェ・チョウコだ。君のような可憐なご令嬢をご両親はきっと大切にしているのだろうな」


「ええとても! ですがその…父に好きに見て回っていいと言われたので、よろしければチェ様について行きたいのですが…」


 ティアはチェのことをチラチラと見ながら頬を紅潮させておく。チェはそんなティアの態度に背筋を伸ばした。

 護衛がいるとはいえ密室に可憐で世間知らずな少女が一人。邪な考えがチェに浮かぶのは自然なこと。しかし信用問題に関わることだからと、チェは態度を改める。


「出来ることならその…親交も深めていきたいなと…。先程助けて頂いたもしたいですし…」


 ティアがそういえばチェの先程の邪な考えが再浮上する。この娘、私に惚れているのでは? という考えがチェの脳裏に過ぎった。

 男性というのは簡単な生き物で、チェは既にティアの手のひらの上にあった。


「ああそうだな。君のことは私が責任を持って案内してあげよう」


 チェは見事に籠絡した。

 ティアは内心でニヤリと笑い、しかし表向きはぽっと顔を赤く染める恋する少女のような態度を取っている。


 他愛のない会話をしつつエレベーターで上階を目指す。エレベーターは59階を表示して停止し、チェに促されながらティアはエレベーターを降りた。


「ここまででいい。お前達は待機しておけ」


「かしこまりました」


 チェは護衛二人にそう言うとティアの露出している肩に手を置いて高価そうなカーペットに敷かれた廊下を歩む。ティアもチェに寄り添うような態度をとっていた。


「お礼は私の部屋でいいのかな?」


「…! 勿論です」


「ふふふ、そう緊張しないでもいい。優しくてしてあげようじゃないか」


 チェは自分の部屋なのだろう扉の前でセキュリティカードを翳すと扉はゆっくりと開かれる。

 チェに促されティアが室内に入るとチェは扉を閉めて鍵もかけた。

 そうしてからティアのことを背後から抱き締めてそのままベッドへと向かう。


「君のような若い子がこんなことをするなんて。実にいけない。いけない子だ」


 ティアはベッドに連れてかれ押し倒され、チェはそんなティアの上に覆いかぶさり、そして─────。


 絶叫した。


 ティアの膝がチェの股間にめり込み、チェはそのままベッドに蹲る。ティアはチェのことを押し退けてからベッドに倒すと、悠々とチェの脇に仕込まれていた自衛用だろうハンドガンとナイフを手に取った。


「いやいや、貴方お馬鹿さんですねぇ。馬鹿そうな顔をしていたので貴方を狙ったんですけどもねぇ!」


 ティアは置いてあった椅子を引き摺ってくるとそこにチェを座らせて両腕両足を椅子に縛り付けた。

 通信機器の類はチェから取り外し冷蔵庫の中に入れてからキッチンを漁って、偶然見つけたピーラーを手に取った。


「さてさて! 今から拷問しますので、正直に答えてください。正直に答えないと、手の皮をこれで削りますよー! 嘘だと分かったら男性器の皮もこれで削ぎます! 楽しそうですねぇ!」


 ティアは隠し持っていたゴム手袋をして、口端を釣り上げて嗤う。


「き、き、貴様…! 何者だ?!」


「質問するのはこちらです。なので減点!」


 ティアはチェの左腕にピーラーを走らせた。

 綺麗に剥けた皮がまだチェの腕に張り付いている。

 チェは絶叫した。叫ぶ事で痛みを相殺しようとするがそれは無意味なこと。一時しのぎにしか過ぎない。


「さて質問です。あなた方は先輩…ええっと、ランク9位を手中に収める計画を立てていますかー? まずはYESかNOで!」


「わ、私は何も知らない! 答えられるか!」


「ダメですねー!」


 ティアはチェの右腕の皮をピーラーで削ぎ落とす。

 チェの苦悶の叫びが室内にこだますが、流石幹部の部屋だけあって音漏れ対策はしっかりされている。


「正直に答えてください? 命だけは助けてあげますよ? 先っちょからこれで削がれていくのは嫌でしょう?」


 ティアはニコニコと微笑みながら、何処か凄みのある口調でチェに語り掛ける。

 ピーラーを楽しげに振り、狂気に歪んだ目から見える瞳がチェの下半身に向けられていて、次の標的が何処なのか理解するとチェはぶわっと脂汗をかいた。


「さて、質問です。貴方達はランク9位を手中に収めるための計画を立てている。ま、事前に調べているので間違いないでしょう。どうやるつもりなのか教えてくれませんかねぇ?」


 ティアは部屋に置いてあったアロマキャンドルにライターで火をつけて、その炎でナイフの表面を炙りながら再度訊ねた。

 その顔には慈悲の欠片も浮かんでいない。ただ浮かんでいるのは狂気じみた笑みだけ。

 チェはそこで気がついた。この女をどこかで見たことがあると。雰囲気も口調も随分と変わっていたから気がつかなかった。

 そうだ、この女は…この女はまさかあの…。

 そんな考えが過った途端にティアが口を開いて鈴の音のような声で告げる。


「質問に答えてくださーい。カウントダウンしますねー!」


 チェの心はすっかり折れてしまった。

 目の前の狂人は恐らく自分が全てを吐き出すまで拷問するつもりなのだと気がついてしまったからだ。






 ティアはチェから全ての情報を聞き出し、ついでに興味深い情報を聞き出すことにも成功していた。

 椅子の上で前衛的芸術作品のような姿になって動かなくなっているチェには興味も向けず、聞き出した情報をまとめていた。

 ついでにチェが身につけていた携帯端末やノートパソコンなどにも目を通している。


「ふむ、やはり先輩のお姉様を誘拐するつもりで計画が進んでいましたか」


 チェの社内専用のメールボックスに目を通していたティアだったが、ふと一通のメールがチェの携帯端末に届く。

 その内容に目を通したティアは口端を吊り上げた。


「ほほう、テロリスト共とも通じていましたか。ふふふ、となるとこれは波乱の予感ですねぇ」


 メールの内容は『テロに便乗してユキを攫う』というものであった。

 そしてそれは今まさに決行されようとしていた。










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