第26話











 パレードは何事もなく進んでいるかのように思えた。

 上空には偵察機や正規軍のヘリが飛んでいて、高層ビルの上にはスレイヤーズが陣取って警備体制を敷いている。

 この中で襲撃するのは非常に困難であり、リスクの方が高い。だがそれを可能としてしまうのが「ニュー」である。ユウヒはその事を知っていた。


『気をつけろ。周辺で妙な動きが起きてる』


 街の一角、パレードが行われている通りから少し離れた場所でユウヒ達が休息を取っているとユウヒの耳にマオの声が飛び込んでくる。

 昨日のようなマオのなにかに怯えたような態度は何処へやら、マオはいつもの調子を取り戻していた。ユウヒはそれにほっとすると同時にマオの報告に気を引きしめる。


「妙な動きとは」


『交通規制が行われているエリアには立ち入っていないが、複数のトレーラーが列を成して走ってる。パレードの最終地点に向かっているようだ』


「そんな怪しい動きしてたらいくらなんでも警察が動くのでは」


『残念だが、警察の方は使えない。漁ってみたが祭りの為の積荷を運んでいることになっているらしい。だから警察や正規軍の前を通っても首からぶらさがった関係者カード一枚で素通りされるのさ』


「内通者確定ですね」


 正規軍と警察に内通者がいることは確定した。

 内通者かどうかと言われたら曖昧か。

 崩壊主義者の長であるレプスはニコを操るような手段を持っていた。その手段を用いれば内通者を生み出すことなんて簡単だろうし、人員を割く必要性もない。


「となると私の動向を探るために内通者を寄越してきそうなものですが」


『シャルルとか言うやつは? 見計らったように現れただろ』


「いやあれに限ってはないと思います」


 ユウヒはマオの考えを真っ向から否定する。

 シャルルは馬を鹿と間違えるような人種であり、内通者のような高度な知能を求められる動きはできない。

 今もマリアにイカの串焼きを奪われて涙目になりながらマリアのことを追いかけている。ニコはそれを仲裁しようとあわあわしている。

 ここにいる面子に外部に通じている人間はいないとユウヒは考えていた。


『ならいいけど』


「それよりトレーラーの動向はわかりますか? 何をするつもりなのかとか」


『積荷はわからないがろくなものではないだろうな。自爆特攻をするつもりなのか……そうなるとかなりの被害が出る』


 それは厄介だ。しかし警察や正規軍が動かない以上どうすることも出来ない。

 崩壊主義者側の本気が垣間見えているし、なんなら東京シティのセキュリティ意識の低さも滲み出ている。


「私が潰しに行けたら一番楽なんですけど」


『今動くのは得策じゃない。それに奴らが何かしでかしたら正規軍が動く。お前が動くほどのことでもないよ』


「正確には私は身動きを取れないだけなんですけど」


『そうだったな』


 マリアを護衛している以上、ユウヒは身動きをとることができない。こんなナリでもマリアは東京シティの象徴的存在であり、最も重要な人物の一人だ。

 しかしパレードの先頭には正規軍の装甲車が陣取っているはずだ。それを考えると真っ向から特攻するとは思えない。ユウヒはその点に妙な違和感を抱いた。


「陽動の可能性は?」


『あるな。もしかすると本命は別で動いている可能性がある』


「となるとその本命はあの例のテロリストですか」


『その可能性は高いな。既に会場内に潜んでいる可能性も高い。それに、ランク9位のお前の動きを気にしない訳もない。常に監視されてると思っておいた方がいい』


「面倒ですね」


 口ではそう言うもののユウヒは納得していた。

 あまり自覚はないが東京シティの最高戦力なのである。そんな危険人物を崩壊主義者テロリストが気にしない訳がない。


 マオとの対話を終えて、ユウヒが顔を上げる。

 シャルルはイカ焼きを取り戻すことに未だに成功していないようだ。既にマリアに三本目を食べられてしまっている。


 呆れたような顔を浮かべるユウヒだったが、ふと人の気配に気づいて振り向くとそこにはソフトクリームを片手に立っているイチコの姿があった。

 涙が滲んだ目でユウヒのことを見ていて、いつも隣にいるはずのユキの姿はどこにもない。


「………」


「………」


「…迷子ですか?」


 ユウヒの問い掛けにイチコはこくりと頷いた。

 ユウヒはどうしたものかと思案することになったのであった。












 ****













「参ったのだ。イチコちゃんどこ行ったのだ?」


 ユキは呑気にソフトクリームを頬張りながらそう呟いた。イチコの分のソフトクリームを買って手渡してユキの分も買う為に店に戻っている間にイチコは姿を消していた。


 誘拐されたのかと思えばそうでもなく、ただ単に人混みに流されてしまったようだとユキは推測した。あの少女はとても流されやすいのである。

 残念なことにイチコはスマートフォンなる文明の利器を持っていない。連絡を取る手段がない以上この人混みの中からイチコを探すのは困難だろう。


 だがそんなユキのスマートフォンに一通の通知が届く。大手SNS会社経由で届いたダイレクトメッセージの送り主はユウヒであった。


『なんかイチコさん拾いましたよ』


「まじかなのだ」


 どうやら流れに流されイチコはユウヒの元に辿りついたようだ。ならユキは慌てなくてもいいかとメッセージを打つことにする。


『どこら辺にいるのだ?』


『西区の竹通りですね』


『結構近いのだ。向かうから待ってるのだ』


『いえ、そっちに向かいます』


 姉の体力を知っているユウヒはユキのことを考えた上でこちらに向かうことを選択したのだろう。

 ユキは適当なベンチに腰かけてユウヒに現在地を送りユウヒの到着を待つことにした。


 足をぶらぶらさせてユウヒの到着を待っていたユキだが、ふと一人の少女が目に入った。自分の目の前に立っていたらいやでも目に入るだろう。


「ランク9位の姉って貴方?」


「おっほ美少女! じゃなくてそうなのだ。なんかようなのだ?」


 ユキは涎を垂らしかけたが少女の問いに答えた。

 少女はユキ隣に「座るね」と断りを入れながら座り、ユキのことをじっと見てくる。


「…私はアルミナ。貴方とは…どこかで会ったことがある?」


「ああ、知ってる。多分同じ研究材料モルモットなのだ。君のことは一度見たのだ」


「……私以外にも生き残りがいたんだ」


 アルミナと名乗った少女は眠たげな瞼を少しだけ持ち上げてやや驚いたようにそう呟いた。

 ユキは不敵に笑うと「生き残りね」と呟いてから話を続けた。


「結構いるよ。SKBW達もみんな生きてるし、どこかで自由に生きてる。4人のあの子達も、鹿もこの東京シティで生きてる。ユキさんも偶然…いいや、必然的にここにいるだけさ」


「…でも私の妹は死んだ」


「そいつは残念だな。だけど死んじまった以上どうしようもない。復讐するべき奴らもみんな死んだ。お前には何が出来るんだ?」


 ユキが何かを見透かしたような目をアルミナに向けてくる。アルミナは息を飲んだ。

 先程までの能天気な雰囲気はどこへ行ったのが、目を細めて不敵に笑うユキは別人のようだった。


「…生きてるよ。一人だけ。たった一人の”最初の科学者”が」


 しかしアルミナは自身の目的は見失わない。

 今回の計画もアルミナがずっと待ち望む計画を成功させる為の道筋のひとつでしかない。


「ほう、。となると昔顔を合わせてたか」


「…貴方も知ってるじゃん」


「知ってる。でも何処にいるかは知らない。だがきっとお前はそのうち会えるよ」


「何故そう言いきれるの?」


 アルミナの問いにユキはニヤニヤと笑うだけで何も答えなかった。アルミナはユキから聞き出すのを諦めることにした。

 少なくともあのが被検体と関わりを持っていたら殺されるか生き地獄を味わされることになる。ユキがあのの場所を知っているのならそれは既に実行されていることだろう。


「もう死んでるかもしれない奴に復讐するなんてお前も変わってるな」


「死んでてもいい。でも私はあいつに復讐したい。復讐しなきゃいけない。苦しんで死んだ妹の分も…地獄を味わせないとあの世の妹に顔向けができない」


 アルミナは憎悪に染まった目を浮かべている。

 支離滅裂な発言をしている自覚はないようだ。しかしユキは面白そうに笑っている。


「妹はどんな奴だったんだ?」


「………いつも私を気にかけてくれて、明るい子だった。誰にでも優しくて、料理が上手で、友達が沢山いた。あんな場所で死んでいい子じゃなかった」


「名前は?」


「………名前?」


 アルミナは少し考えるように口に手を当てて、思考を続けていると左目に痛みが走り始める。

 熱い痛みにアルミナは思わず左目を押さえて、そして思い出したかのようにその名前を口にした。


「エルシア」


「相当な重症だな」


「…なんのこと?」


「いいやなんでもない。それを気づかせるのは俺の役目じゃないだろう?」


 ユキが脚を組みながら顔を上げる。

 丁度ユキの視線の先にはユキを探しているユウヒがいて、ユウヒの後ろにはニコ、シャルルもいる。イチコもユウヒの真後ろに張り付くように動いていた。そして不審者みたいな格好の人物がシャルルの食べ物を奪っていた。


 アルミナもそれに気づくと目を細めた。

 アルミナ自身はユウヒの動向には気づいていた。

 恐らく東京シティにはユウヒを縛り付けることが出来るほどの戦力はなく、ユウヒに対する強制力は皆無に等しい。

 だから天啓姫の護衛を受けず祭りを堪能するためにユウヒはここにいるのだろうとアルミナは推測していた。


 ユウヒが天啓姫の護衛をしていないのは驚いたが、それはそれで好都合でもあった。

 天啓姫を手に掛ければアラキ・カジにも手が届くというもの。そうすれば自ずとアルミナにとっての最終目標も炙り出すことが出来るはずだ。


「そろそろ時間なんだろう? 行けよ」


「私が手を出さずとも、既に山車の中にいるよ。天啓姫はそこで死ぬし、あの愚かな崩壊主義者達はその辺の人達も沢山殺す」


「そいつは大変そうだな」


「…待って、私はなんで今


 アルミナは鋭い目付きでユキのことを見据える。

 ユキは相変わらずの態度でベンチに座っていた。手に持っていたソフトクリームはいつの間にか平らげられている。

 アルミナが絶対口にしないはずの機密事項が自然な流れでアルミナの口から漏れたのだ。それはアルミナにとって有り得ないことで、アルミナは契約上の機密は絶対に話さない筈だった。

 それもユウヒという危険人物が近くにいるのなら尚更。話せば自分の命が危うい。


「安心しろよ。言い触らしたりはしない。だがまあ協力もしない。俺はただのだからな」


 ユキの態度はずっと一貫したままで、アルミナは呆れたようにため息をついた。

 ユキは本当に今から行われるテロ行為に興味が無いらしい。

 ならアルミナがユキを気にする必要もないだろう。


 そう、全くもって、アルミナはユキを気にしなくていいのだ。


「…おかしい。何をしてるの?」


 アルミナは左目に痛みを感じながらユキに問いかけた。ユキは興味深そうにアルミナを見て、不敵に笑う。


「へぇ、お前もなのか。あの研究材料にされてたから少なからず耐性があるみてえだな。面白い」


 ユキは嗤う。

 でも嗤うだけでアルミナの疑問には答えない。


 アルミナがユキに対して最大限の警戒心を抱いた時、ユキとアルミナの目の前に何者かの気配が近づいてくる。

 顔を上げればそこにはユウヒがいて、少しだけ驚いたかのようにアルミナのことを見ていた。


「二人は知り合いだったんですか」


「やあゆーちゃん。今さっき知り合ったのだ」


「…」


 突然口調の変わったユキをアルミナは怪訝な顔で見ていたが、先程の会話をユウヒに聞かれていないかということの方がアルミナには重要だった。


「昨日ぶりだね。ランク9位」


「その呼び方やめてください」


「じゃあユウヒ」


「それでいいです」


 どうやら話は聞かれていないようだった。

 そもそもユウヒの性格ならば敵だとわかった時点で殴りかかってきていそうだ。


「姉さんがまたナンパでもしてたんですかね」


「ゆーちゃんは姉をなんだと思ってるのだ」


「女好きニート」


「泣けるぜなのだ」


 ユウヒの背後に隠れているイチコがユキのことを見ている。ユキはニンマリとした笑みを浮かべると立ち上がってバッと両手を広げた。

 イチコはそんなユキによよよと抱き着き、ようやくの安心を得られたようだ。


「…じゃあ私は用事があるからこれで」


 アルミナはベンチから立ち上がるとユウヒにそう告げてその場から立ち去ろうとする。


「用事ですか」


「うん。友達と会う約束をしててね」


「そうですか。お気をつけて」


 ユウヒはユキと仲良くなっていたアルミナを一緒に連れて行こうとしたがやめておく。約束があるなら無理に誘う必要も無いだろうと判断した。


 アルミナはそんなユウヒを見て自嘲気味に笑う。

 ユキはユウヒに過去のことを話したのだろうか。

 話した上でこの態度なら、自分の復讐には巻き込めない。

 平和ボケとも取れるユウヒの態度は、見方を変えれば強者の余裕でもある。余裕があるから遊んでいるのだろう。自分にはそんな余裕は存在しない。

 脅威ではあるが、この調子で遊んでくれていれば障害にはならない。


「またすぐに会えるよ」


 アルミナはそう言ってユウヒの前から立ち去る。

 その目にはただただ覚悟と憎悪だけが浮かんでいた。







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