第25話












 舞い上がる色とりどりの紙吹雪。

 人々の歓声。賑わい。談笑の声。

 誰も彼もが、天啓姫の誕生を祝う。


 摩天楼の間をその威厳と栄光を象徴するかのような華やかさと仰いでも全容が見えないほどに大きな山車がゆっくりと進んでいく。


 箱庭に押し込められた人々の儚い祭典。


 こんなものに税金を使うくらいならもっとなにかあっただろうとユウヒは人々の合間に立ちながら思った。


 そんなしらけることは口にはしない。隣にはニコがいて、そしてこの祭りの主役である天啓姫がサングラスとキャップという不審者スタイルに変装して立っているのだから。


 ユウヒも一応スレイヤーズの制服ではなく、ユキが見繕ってきた服を身にまとっていてユウヒなりに変装しているつもりではあった。


「さて、どこか行きますか」


 パレードを見るのに飽きたユウヒがそう口にする。


「屋台! 屋台に参りましょう!」


 サングラスにキャップを被った天啓姫様が威厳の欠片も一切ない口調でグイグイとユウヒの服を引っ張った。


「てんけ…マリ様、はぐれないでくださいね」


 ニコが今にも走り出しそうなマリアを見て心配そうな顔を浮かべている。「マリ」は偽名である。安直な気がしなくもない。


 ニコの服装だが、最初に待ち合わせした際に見た限りニコの服のセンスが皆無だったのでユウヒが似合いそうなものを見繕って購入している。今はウェストベルトのある白いロングワンピースの上にカーディガンを羽織っているが、これの前があまりにも酷かった。


 なにせ、「キノコパラダイス」とひらがなで書かれたTシャツにキノコ柄のダサい色合いをした上着を羽織っていたのでユウヒが見兼ねたのである。しかも本人はその服装を可愛いと思っていたので末期だ。


「そう言えば、ティアさんはどうされたんですか?」


 ニコがいつまでたっても現れないティアを疑問に思ってユウヒにそんな質問を投げかける。


「ああ、仕事をあげときました。こんな人の多いところにあれを連れて来たら悲惨でしょう」


 人ごみを掻き分け進みながらユウヒは話す。マリアはユウヒとニコに両側を固められていて走り出そうものなら両肩を押さえ付けられている。


 ティアはユウヒのお願いで上級都市に潜り込んでいる。上手く潜り込めているかは知らないが、ティアならなんやかんや上手く入り込んでいるかもしれない。


「人が沢山ですね!」


「そりゃあ、年に一度あるかないかの大きなお祭りですし」


「皆さんこの日を待ち望んでいたことでしょうね」


 シティでの生活はあまりいいものとは言えない。

 十年前の方が福祉がしっかりしていたし、生活基盤も整っていた。

 今となっては牛肉や豚肉といった普通の肉類が出回っていたことが信じられないし、コンビニやスーパーでレーションが並んでないことがない。


 そんな環境のシティでは当然だが娯楽は少ない。

 リゾート区はあるにはあるが、金持ちしか利用できない。ありとあらゆる娯楽施設にはそれこそ多額な税金がかけられていて、遊びに行くくらいなら働くか家で寝ていることを選択する人々が大半である。


 だからこそ、娯楽の少ないシティでのこういう機会は大いに盛り上がる。祭りという都合は大いに散財できるからだ。


「人の祭典。絶望に抗いたいからこそ、人々は祭りを催すのです。そしてこの祭事が人々の希望となりうるのなら、私はお飾りの人形にでもなりましょう」


 マリアが華やかなパレードを見上げながらそう口にした。ユウヒはそんなマリアの横顔を見て、何も言わずに前を向く。


「言ってることとやってる事が真逆なんですよ」


わたくしだってサボりたい時くらいありますよね!」


「威厳を保て少しは」


 残念なことにこの天啓姫に威厳を求めることが間違いなようだ。


 パレードを行う大通りから違う路地へと入れば屋台が連なっていて祭りの匂いが充満している。

 圧倒的な人混みはこの東京シティにもまだこんなにも人間が存在しているのだという事実を思い知らせてくる。ユウヒは噎せかえりそうになるのを堪えながら、マリアのことをニコと挟みながら移動していた。


「影武者ってのは既にバレてそうですけど、その辺どうなんですか」


「探しには来ないと思いますけど見張りくらいは寄越しに来ると思います」


「本物が逃げてるのに探しに来ないんですか」


「アラキ様はそういうお方です」


 唐突に嫌な名前を聞いたユウヒは嫌な顔をする。

 マリアは屋台でりんご飴を購入しようと黒いクレジットカードを出そうとするが、ニコが大慌てでそれを止めて現金で支払っていた。


「いやあの人総理大臣でもなんでもなく貴方の付き人ですよね」


「知らないんですか? 現総理はアラキ様の傀儡ですよ」


「そんな気はしてたけどそんな事実は知りたくなかったですね」


 マリアがりんご飴を齧りづらそうに齧り、歯がくっついて暴れる。ニコがそれを取ってやろうとするが前歯が驚くほどりんご飴にめり込んでいた。


「それにしても、目が見えてるかのように振る舞ってますね」


 ユウヒがそんなマリアを傍目に思っていた疑問を口にする。

 マリアは目を閉じているのにも関わらず人混みの中をスラスラと歩いている。それはまるで全盲というのが嘘のような動きだ。

 底なしりんご飴からなんとか前歯を救出することに成功したマリアはユウヒの質問に答えるべきか迷うような素振りを見せた。


「オカルト的な話を信じそうなタイプには見えませんので話したところで…」


「オカルト的な話なんですか」


「魂が見える、と言っても信じないでしょう?」


 マリアは怪訝な顔でユウヒを見て、怪訝な顔で見られたユウヒは怪訝な顔でマリアのことを見返した。


「その顔は信じてない顔ですね。この話はここで終わりです!」


「玄関開けた瞬間に神を信じますか? とか聞かれたら真っ先にこの顔になるでしょう?」


「宗教勧誘されたことないので!」


「上級都市で宗教勧誘してる人がいたら逆にどんな人か気になりますね」


「ですがまあ…強いて言うなら人の魂の波長…というか、ぼやけたように人の姿が見えるというか…。個人ごとに違った、オーラのような感じで見えるのである程度人の位置はわかります」


 マリアは恥ずかしそうに、なんて言えばわからなさそうにそう告げてくる。

 だがユウヒには魂の存在はあまり否定できたものではない。なにせ自分の姉のユキを発見した時、自分の魂というか、心というか、よくわからない感覚がユキが姉であると、惹かれるような感覚に陥ったからだ。


「私ってどんなふうに見えてるんですか」


「ん? 気になるのですか?」


 ユウヒは天啓姫から見た自分の見え方が気になった。魂を見れるというのなら自分すら知らないこともわかりそうだ。


「ええ」


「ユウヒさんは青いオーラがくっきりと人の輪郭を象ってるように見えます。こんなにはっきりと人の形を保てているのは凄いですね。大体の人は人の形がぼやけていているように見えます。そして私が知る限りでははっきりとした人の形をした魂を持つ人は強靭なニューであることが多いですね」


 具体的な内容にユウヒは少し驚く。

 一概にもマリアの”魂が見える”というのは嘘ではないのだとユウヒには理解出来た。


「右眼だけに赤い小さなオーラが宿っているように見えますね。目に見える方の話ではオッドアイと聞くので右眼が赤いのでしょう」


「…」


「…? 何か変なこと言いましたか?」


「いえ…なんでも」


 突然黙ったユウヒにマリアが心配そうな顔を向けている。ユウヒは何か考え込むように黙り込み「後で聞いてみるか…」と呟くだけであった。


 屋台を見て周りニコが念願のチョコバナナを買って、少し休憩と小路地に入り込む。人は少なくはないが、休むには十分な広さがあった。

 ガードレールに腰掛けてニコとマリアが幸せそうに甘味を食べているのを眺めていると、ユウヒはひとつの人影を目にした。

 人影…なのか、両手に山ほど屋台の料理を抱えた少女がフラフラと歩きながら小路地に迷い込んできている。

 余程食い意地が張っているのだろうと眺めていたユウヒだったが、それはまさかの知り合いであった。


「なにしてんですかシャルルさん」


「うご!? ユウヒ先輩!? 何故ここに!?」


 シャルルであった。口にまで得体の知れない菓子を詰め込んでいる。

 ユウヒはシャルルの手に持っているものを上から下まで全部眺めて、やはりそれが全て食べ物であることを確認すると呆れたような目でシャルルを見る。


「9割人工食材なのによく食べれますね」


「シャル食べるの大好きなの!」


「答えになってるようでなってませんよ」


 シャルルは抱えている持ち物の隙間からチラチラと顔を覗かせている。いくら「パワー」タイプのニューとはいえ手に持っている荷物のバランスが悪すぎて今にも崩れそうだ。

 見兼ねたユウヒは幾つかシャルルの荷物を持ってやることにした。そうでもしないと目も当てられないことになりそうだ。


「そこで食べてください。私の連れもいますし」


「ほぁ! ありがとう! ユウヒ先輩!」


 シャルルは何故かユウヒのことを先輩付けで呼ぶ。

 自分のことを「先輩」と呼ぶのはこれで二人目だ。

 ユウヒはアカデミーを卒業して一ヶ月程度しかスレイヤーズとして働いていない。

 そう考えると一年以上もスレイヤーズとして活動しているシャルルの方が先輩な気がするのだが、頭が悪いシャルルにはそこまで考える必要はないのかもしれない。


「紹介します。私の部隊に配属される予定のシャルルさんです。こっちはマリさん」


「マリです! たい焼き一個貰いますね!」


「ああ! シャルのたい焼き返してよ!」


 マリがシャルルからたい焼きの袋をかっさらうとシャルルは涙目でそれを取り返そうとしていた。仲良くなる速度が光の速度で何よりだとユウヒは考えた。


「やはりあれくらい積極的な方がよろしいのでしょうか?」


「ニコさん、あれらは参考にしない方がいいと思います」


 マリもシャルルもただ単にアホなだけでアホ同士が通じあっているに過ぎない。


「しかし何も起きませんね。何も起きないことに越したことはないんですけど」


「スレイヤーズと正規軍、警察が周囲を張っていますからね。それに天啓姫様の乗る山車には力場防御壁フォースシールドが展開されていますから生半可な狙撃は防げます。それこそ侵入でもしなければ…」


 力場防御壁フォースシールドは超獣技術によって生み出された技術のひとつだ。

 このシールドを展開すると飛来してきたエネルギーを一定の距離で別のエネルギーに変換し、攻撃を防ぐことができる。例えば砲弾が飛来してきたとしても、砲弾に存在する物理エネルギーを音、熱、光と言ったエネルギーに変換して弾くもしくは無力化することが出来る。


 ただこの力場防御壁フォースシールドは展開している間はエネルギーを安定して消費するが、攻撃を受けた際にかなりのエネルギーを消費する。その為何度も攻撃を受ければ一時的には使用が不可能になるというのが欠点だ。


 ユウヒはこの力場防御壁フォースシールドがどう言った技術で作られているのかは知らない。ただ言えるのは小学生が考えたバリアを現実的なものにした代物だろうと考えている。


「遠距離攻撃で襲撃するくらいなら山車に侵入して直接天啓姫に手を掛けるか、もしくは力場防御壁フォースシールドが展開されていない場所を狙うかのどちらかですね」


「私の魔弾なら力場防御壁フォースシールドを避けて攻撃できますよ」


「今回の襲撃者がそう言ったモッドを持っていたら警戒しないといけませんね」


 人類の叡智の結晶力場防御壁フォースシールドもニューを相手にするとなるとあまり意味をなさない。現実的な物理法則に相反する攻撃を行ってくるからだ。


「マリさん、貴方がお忍びで出歩いていることが漏れてる可能性は?」


「恐らくはありません。黙って来たので!」


「我々連帯責任で罪を被せられるとかないですよね」


「大丈夫です! 私が説得するので!」


「不安しかない」


 とは言えマリアが抜け出してきていることは既に気づかれているだろう。あのアラキ・カジが気づかない訳がない。


 ただ問題なくパレードが行われていて、ベールを被った影武者の天啓姫がにこやかに手を振っていることからこのことは機密にされている可能性が高い。

 もし万が一内通者がいたとしても情報が漏れている可能性は極めて低いと言える。


 つまり襲撃が発生するのならこちらではなくパレード。しかしふざけた怪盗のような犯罪予告がなされている訳でもないので襲撃が起きない可能性も十分にある。


「まあ、今は祭りを楽しみますか。何もなければそれでいいので」


 ユウヒはたい焼きをマリアに奪われ涙目になっているシャルルのやり取りを眺めながらそう呟く。

 生誕祭はまだ始まったばかりだ。







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