第23話
ティアが暴れている。
そんな報告を聞いたのは天啓姫生誕祭三日前を控えたとある日のことであった。
報告によれば、ティアが最近大人しくなり危害を加えることがなくなったことでティアは若いスレイヤーを中心に舐められてしまったようだ。その過程でティアは完全にユウヒにコントロールされていると勘違いした輩もいたようで、ティアがスレイヤーズ本部を彷徨いていたところに絡んで喧嘩を売ってしまったようである。
その結果、絡んだスレイヤー達は全員返り討ち。死亡には至っていないが骨折などの重傷を負っているらしい。
そこで止まればまあ自業自得だね、で済んだのだが「舐められている」という事実にティアは苛立ち、見せしめの為にスレイヤーズ本部にいたスレイヤー全員に攻撃を仕掛けたようだ。
「ティアさんが暴れた時の責任は取らないって契約しといてよかったーーー」
ユウヒはそんなことを呟きながら直刀を腰にぶら下げて現場に駆け付ける。
スレイヤーズ本部は武装したスレイヤーと盾を構えた警官たちに包囲されていて、だいぶ物々しい雰囲気になっている。
ユウヒが到着するなりそこにいた人々は安堵したように道を開けてエントランスへの道を作った。
スレイヤーズ本部の入口にはニコが立っていて中の様子を興味深そうに伺っている。暴れているティアを目前にしたニコにしては珍しい顔だ。
「ニコさん、状況は?」
「あ、ユウヒさん。死亡者は出ていません。負傷者は沢山出ているようですが、ティアさんは約束通り殺しはしていないようですね」
「そうじゃないと困りますよ」
正当防衛だけならまだしも周りまで巻き込んでいる。死者が出ていたら流石に目も当てられない事態になっていた。
ユウヒがガラス造りの扉越しに中を伺うと、ニコと同じように興味深そうな顔を浮かべてしまう。
「え、ティアさんと対等に戦えてる人いるじゃないですか」
「いえ…あれは一方的に攻撃されているだけですが、攻撃されている彼女は異様に頑丈なようでティアさんの攻撃が通らないんです」
ユウヒが目の当たりにした光景はティアが
正確にはティアに一方的に攻撃されているのだが、ティアの大鎌による斬撃、殴打、刺突は全て通用していない。
ティアも目をかっぴらいて楽しそうに少女を殺そうと少しずつ攻撃の威力を上げていっているようだ。
「まあ…止めてきます」
「援護は大丈夫ですか?」
「万が一に備えといてください」
ユウヒはエントランスに足を踏み入れる。セキュリティゲートを超えたところでティアと少女の会話が聞こえてきた。
「アハハッ! すごく頑丈ですねぇ! もう少し力を込めたら斬れますか? アハッ! 斬れません! すごい!」
「うぅ、たんこぶ出来ちゃったよ…!」
ティアの鋭い一撃が少女の額に炸裂したが、少女は無傷。たんこぶができたと言うが、少女の額は少し赤くなっているだけで傷一つついていなかった。
「フフフ! こんなに心が踊るのは先輩の時以来です! さあ! どれだけしたら壊れるのか試して」
「そおい」
「んげふ」
少女に斬りかかろうとしたティアの頭にユウヒがチョップを叩き込み、ティアは地面に倒れた。
ティアは倒れながらぐりんと顔を上げてユウヒの顔を視認すると冷静さを取り戻したようだ。
「あ、先輩。今回は私は悪くないですよ」
ユウヒは負傷者があちらこちらに倒れている死屍累々な光景となったエントランスを見回して、その後にティアに視線を落とす。
ティアは地面に突っ伏しながら口笛を吹くという器用なことをしていた。
ユウヒはティアの襟首を掴んで子猫を持ち上げる時のように拾い上げるとティアと戦っていた少女の方を見た。
その手には対超獣用だろう、少女の身の丈の二倍はありそうな大型の槌型ASWが握られていて、少女がタイプ「パワー」のニューであることは容易に伺えた。
「うちの
「わわわ、ら、ランク9位! すごい! 本物だ!」
少女は驚いた後に満面の笑顔を浮かべる。
近くで改めて見ても傷一つない。服が所々切れているが、そこから覗く肌も無傷でミミズ腫れが所々に出来ている程度。
ティアがこの少女を攻撃した時の斬撃音は、確かに肉を斬る音ではなく硬質な鉄と鉄がぶつかり合うような重たい音であった。
「すごい頑丈なんですね。ただのパワーっていう訳ではなさそうですし、モッドかイディアですか」
「えへへ、シャルはすごく体ががんじょうになるイディアがあるんだー!」
少女は自分の後頭部を掻きながらそう話した。
なんでも少女の肉体は衝撃に対して瞬時に身体が硬質化し、戦車の砲弾程度なら無傷で弾く程の強度を手に入れることができるらしい。
普段は人間の肌と何ら変わりなく触った感触も人間と同様。自分を害することが出来る強い衝撃にのみ体が硬質化するようだ。
「名前を聞いても? 私はユウヒです」
ユウヒはこの少女に興味を持った。
というのもまず、ティアとの戦闘に耐え切れる時点で心強いのである。
ティアは一種の怪物で、指定危険犯罪者というスレイヤーズが定める犯罪者の中でもかなり危険な部類に分類されている危険人物だ。
その実力はランク一桁に匹敵し、並大抵の人間では太刀打ちする前に首が宙を舞うことになる。
そんな圧倒的な力を持つ少女は凄まじい。
見た感じアホっぽいがそれでもティアを相手に出来るというメリットは覆せる。
「シャルはシャルル! ランクは30012位!」
「シャルルさんですか。いやランクが不相応すぎる」
「シャル頭悪いからこのランクなんだって!」
何故か自信満々な笑みを浮かべる少女…シャルル。
話に聞くとシャルルは頭が悪い……一般的な頭の悪さの中でも群を抜いて頭が悪いらしい。
まず、小学生低学年から中学年程度の読み書きしかできない。別に戦争孤児の多いシティでは珍しい話ではないが、シャルルはレベルが違うとのこと。
また任務内容に漢字が多いと理解ができない。
細かい指示を詰め込みすぎると頭がパンクする。
簡単な英語すらできない。
数学は足し算と引き算ができたらいい方。
簡単な嘘に騙されやすい。
漢字のレベルは小学生一年生。
泣き虫。大食い。
思っていたよりも重症だった。
頭よりパワーで解決するタイプであると言えるであろう。
「先輩もしかしてこの子をスカウトしようとしてるんですかー?」
服に着いた塵埃を払いティアが立ち上がりながらそう聞いてくる。
「サンドバッグ欲しいって言ってませんでした?」
「フフフ、先輩の考えてる事はお見通しですよ。少しでも自由時間を増やしたいんでしょうねぇ」
「バレてましたか」
「こんな美少女の私と二人っきりの戦いが嫌なんて…先輩のいけず!」
「好き好んで貴方と戦う訳ないじゃないですか」
ユウヒの狙いはシャルルの戦闘能力ではなく頑丈さにあった。
その頑丈さはティアの相手が努まる時点で十分優秀ではあるし、是非ともうちのチームでティアのお遊び相手としてスカウトしたいとユウヒは考えていたのである。
しかもまだまだ原石ではあるが、磨けば輝きそうな気配をシャルルからひしひしと感じていた。
「どうですかシャルルさん。私のチームに入ってみませんか?」
そんな会話を目の前でしたのにも関わらずユウヒはシャルルをスカウトしてみる。
生憎シャルルには会話の内容は理解出来ていなかったようで、明後日の方向を見ていた。
ユウヒがスカウトしてみるとシャルルはギョッとしたような顔をユウヒに向けた。
「え、え、でもシャルランクさんま…」
「ランクなんざ飾りですよ。こんなものは所詮スレイヤーズが定めた指標に過ぎません」
「そうなの!?」
「適当言ってみました。…まあ流石にいきなりという訳にも行かないと思いますし、考えておいてください。入る入らないの決心が着いたら連絡くださいよ」
ユウヒはこの場で選択を迫るのはよろしくないと考えた。
そもそもユウヒが他のスレイヤーに何かを強要するのはパワハラに当たるのでは? というよくわからない謎の思考がユウヒにはあった。
「うぅー…でも今チームに入ったばかりで…」
「入ったばかり? もう長いことスレイヤーやってるんですよね?」
「うん…。一年くらい前からスレイヤーしてるけど、シャルね、頭悪いからチーム入ってもすぐ追い出されちゃうんだ…。言うこと聞けないから…」
詳しく聞くとシャルルはチームをタライ回しにされているようだ。
圧倒的な力を持ってはいるが、頭が悪すぎて複雑な命令内容がわからずオタオタして使い物にならないのだという。
そのせいで持って一週間でチームを追い出され、また別のチームに配属されるというのをスレイヤーズになってからずっと繰り返しているらしい。
「勿体ないことしますね。こんな完璧な肉壁じゃなかった頑丈でパワーもある人材そうそういないというのに」
「先輩、たまに本音が漏れてますよ」
「とにかく、私はいつでも貴方を受け入れるのでいつでも返事をください。なんなら私のチームを社会科見学してもいいですよ」
「わかったよ。あとで遊びに行く!」
遊びではないのだがまあいいかとユウヒは納得しておく。
ティアからの弾除けに使えるならユウヒはなんでもいいのだ。三日に一度ティアと戦わなきゃいけないこの環境から脱することが出来ればユウヒはいいのである。
ともあれシャルルをチームに加える可能性があるとシオリに連絡しておき、その日は解散となった。
尚ティアは暴れた責任で天啓姫生誕祭まで全身拘束具を取り付けられてスレイヤーズ本部にある地下牢にぶち込まれていたのだが、何らかの手段で脱出して勝手に街中を散歩していたのを目撃されてユウヒに再びチョップを食らうことになった。
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