第22話











 スレイヤーズ本部に着くなりレッド隊ことユウヒ、ティア、ニコの三名はその表にあるロータリーに立たされていた。

 何故こんなところに? と考えていたがシオリからは端的に「すぐに来るからそこで待っててね」とだけ。あまりにも説明がなかった。


「ニコさん」


「はい、なんでしょう」


「そろそろ天啓姫生誕祭ですね」


「そうですね! 屋台で出るチョコバナナが好きです!」


「後で行きましょう。それでなんですが、この時期に招集され、事前説明もなく、人払いのされたこの場所での待機命令は私はとても嫌な予感を感じています」


「奇遇ですね…私もです」


 ニコは天啓姫生誕祭の甘味に期待していたが、ユウヒの言葉に思い出したかのようにどんよりとした顔つきになった。


 残念なことにレッド隊は東京シティの最高戦力になってしまった。

 他のスレイヤーももっと頑張れよとユウヒは思うのだが、ユウヒやティア、ニコは潜り抜けてきた修羅場も戦闘能力もそこいらのスレイヤーとは比にならない。


 そして残念なことについ最近国の重鎮が何者かの手によって殺害されていて、その犯人は未だに捕らえられていない。


 勘の鋭いユウヒには誰からの依頼なのか、大体わかっていた。


「フフフ、来ましたね」


 ティアが呟けば如何にもな雰囲気が漂う高級車がロータリーに入ってくる。

 後部座席のドアを開いて降りてきたのはスーツ姿の女性。ユウヒ達に一礼するとドアの横に立って「どうぞお乗り下さい」とだけ告げてくる。


 ユウヒは女性に言われるがまま車両に乗り込んでそこで目にしたものに驚いた。


「えっ」


「こんにちは。ユウヒさん。勲章授与式以来でございますか」


 対面の席に座っていたのは白いドレスを着た白髪の目を閉じた女性。目を閉じているはずなのに、何故か目が合っている気がしてならない。


「天啓姫……様?」


 そこに居たのは天啓姫、ミナモト・マリアその人であった。







 東京シティの街並みは残念なことにいいものではない。都会が好きな人間からしてみたら天国なのかもしれないが、ユウヒは自然豊かな景色の方が好きだ。


 直径三十キロの箱庭の中では土地は限られる。だから人々は上へ上へ、下へ下へと領地を増やさなければならなかった。

 この十年で人類の高層建築は非常に発達したと言える。特に地震大国日本のシティの高層建築技術は驚くべきほどに秀でていて、その骨組みには超獣を利用した技術が用いられていた。


 密集した摩天楼。区画整備など戦後のシティにしている余裕などなく、増築された建築物や撤去された上で建築された摩天楼が乱立していて規則性はない。


 窓の外で流れゆく景色は雑多に広がるコンクリートとガラス。東西南北に続く空いた土地に作られた首都高速道路から見られる景色なんてそんなもので、たまに外縁壁がビルの隙間から見えるだけであった。


「フフフ、天啓姫が私みたいなのと会うなんて光栄ですねぇ。お肉柔らかさそうですねぇ。ちょっとナイフで刺し心地を試して見ていいですか? 先っちょだけで」


 ユウヒのチョップがティアの頭に叩き込まれ、ティアは「いたーい」と笑っていた。

 天啓姫は流石にティアには少々引いていたがシティの代表者だけあって忽然としている。


「ティアさん、セクハラですよ」


「いやユウヒさん指摘するところが違います」


 ニコがユウヒのティアに対する注意に反射的な反応をしてしまう。


「えっと……本題に入っても?」


 マリアが困ったようにユウヒに聞いてくる。恐らく純粋に天啓姫を困らせているのはユウヒ達が始めてかもしれない。


 天啓姫ミナモト・マリアは齢16歳。ユウヒの二つ下、ティアと同じ年齢だ。

 何故彼女が”天啓姫”と呼ばれているか。その理由はだ。

 彼女が唯一持つモッド「天啓」。それは乱数的かつ断片的な未来を予知する能力で、マリアはその代償として視力を失っている。

 マリアの「天啓」は幾度ともなくこの東京シティは愚か世界を救っていて、その存在はいつしか神のように崇められるものになっていた。

 故に東京シティの政治方針は主にマリアの「天啓」によって決まる。大災害や超獣の侵攻もマリアならば予知できるからだ。


 しかし勿論それは「ランダム」。好き好んだタイミングの未来を見ることは出来ないし、いつ起きるのかも分からない。出来ることは備えることだけであった。

 だから東京シティ外縁壁崩壊事件を予知できないのは仕方がないことでもあった。


「どうぞ。どうせ我々に断る権利はなさそうなので」


「そんなことはございませんよ。ただ単に天啓姫生誕祭で私の付き人をしてもらいたいだけなのです」


「護衛ではなく、付き人?」


 ユウヒはマリアの言い方に違和感を覚えた。

 マリアはぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。


「私、生誕祭の間、市井を見て回りたいのです!」


「おいおいおい」


「て、天啓姫様! 昨今のシティ内の情勢はご存知ないのですか…?」


 ニコが慌ててマリアに聞き返した。

 昨今の情勢とは勿論、政治中枢の重役が殺害され、その犯人が未だに足取りすら掴めてないということ。


 天啓姫はそもそも表に出てはならない。

 何せ「未来」を見ることが出来る。そんな希少なモッドの持ち主は天啓姫を除いて他には存在せず、他国も喉から手が出る程欲しい存在だ。


 そんな存在がその辺をほっつき歩いていたら? 少なくとも誘拐されるのは間違いないし、下手をすれば資源が皆無の東京シティの有利性が消えてしまう可能性もある。


 ユウヒは東京シティに忠誠心などはなからないが、そんなユウヒであっても天啓姫が外を出歩くのは危険であるとわかっていた。


「安心してください! 影武者を立てます!」


「いやいやいや、そういう話ではなくてですね?」


「そもそもそれって天啓姫様の独断ですよね…?」


「はい。そうですが?」


 何を今更といった顔でマリアはニコにそう告げる。

 ユウヒは天啓姫に抱いていたイメージがガラガラと音を立てて崩れていくのがわかった。


 ミナモト・マリアの「素」がこれなのだろう。

 どうやら筋金入りの世間知らずで、かなりのお転婆だ。


「安心してください。全責任は私が持ちますし、皆様にはちゃーんと報酬も支払います」


「…どうしましょう? ユウヒさん」


「…報酬次第で考えましょう」


「うふふ、じゃあ詳細を話していきますね!」


 マリアは遠足前日の子供のような表情で任務内容を話してくる。

 その殆どはマリアの護衛ではあるが、ユウヒ達に勝手について行くだけなのでユウヒ達は基本自由。マリアが天啓姫であるとバレるような行為をしなければ何してても問題は無い。

 また、間違いなく影武者は関係者には気づかれるらしいので追跡された場合撒くのを手伝うこと。また生誕祭の間はホテルを借りて泊まるようだ。


 任務の内容はそれだけであった。

 そして報酬は一日につき200万クレジット。

 それが一週間なので合計1400万クレジットとなる。


 クレジットは全世界のシティ共通の通貨だ。かつての紙幣は今となっては紙屑となっており最早使えない。発行元が政治に関わらないスレイヤーズなので信頼度も高く普及率も高いため今ではこの通過が利用されている。

 尚クレジットの発祥となったのが日本なので主に日本円基準となっている。


「私のお小遣いから報酬金は出しますし、なんならお祭り中は全て私の奢りで買い物しても構いませんよ!」


 太っ腹過ぎる。

 マリアはふんすと鼻を鳴らしてあまりあるとは言えない胸をポンポンと叩いた。

 こんな天啓姫を見たら東京シティの市民はどんな反応をするのだろうか。


 ニコがチラリとユウヒのことを見てくる。

 あれは自分では天啓姫を説得できなさそうだという顔だ。ユウヒはため息をついてからどうしたものかと考えつつ口を開いた。


「私達がこの依頼を蹴った場合どうするつもりですか?」


「え? 蹴るんですか!?」


「蹴られること考えてないよこの人」


 マリアが閉じた目の隙間から涙を零しそうになっている。ユウヒは頭を抱えた。


「カテゴリー5を退けた貴方達なら問題なくこの任務は務まると思います! 何卒! 何卒!」


「泣き落としにかかるな。いや勲章授与式の時の天啓姫の威厳どこいった」


「そんなものはない! 全部演技ですから!!」


 勲章授与式の天啓姫は神々しさを兼ね備えた美しい人物だったと記憶しているが、今ユウヒの目の前にいるのは年相応の少女。それも少しだけアホな部類に入りそうだ。


 わちゃわちゃしていたがなんとか落ち着きを取り戻す。ユウヒは超獣と戦っている時よりも疲れていた。既にユウヒの心は折れかけていた。カテゴリー5を前にしても全くもって折れなかったユウヒの精神は二つ年下の少女に負けかけていたのである。


「…わかりました、任務は引き受けましょう」


「本当ですか!」


「ただし! 任務中、私の言うことはちゃんと聞いてください。勝手な行動をした場合すぐに政府にあなたを突き出します」


「安心してください! いい子にするのは得意です!!」


 本当に大丈夫だろうか。まあその時はその時だとユウヒは諦めた。







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