第15話










 翌日、ユウヒはマオの元にやって来ていた。


 ユキは散歩と言って何処どこかに出かけて行ったが、多分ユキは携帯端末を手に入れて相当はしゃいでいたので東京シティの探検に出かけたのだろう。ユウヒはそう推測していたし、それは当たっていると考えている。


 マオの元にやってきたのは理由があり、マオにティアからあずかっている「宝石」を調べてもらうためであった。


 念の為に部屋のインターフォンを押すが反応はない。

 ユウヒはれた手つきでカードキーを端末にかざすと勝手に部屋に入った。

 そうして視界に入るのはとっちらかった部屋と、ソファの上に仰向あおむけで横たわり顔の上に漫画本が被さったマオの姿があった。


「マオさん、あいっかわらずクソみたいな生活してますね」


「んぁ? …ああ、来てたのか」


 ユウヒが漫画本をマオの顔面から取り除き喋り掛ければ、マオはクマだらけの目を眠たげに開いて起き上がる。


「今何時だ…?」


「昼の十二時です」


「おかしいな、私は確かに朝五時に寝たはずなんだが…」


「当然の結果では」


 マオの生活リズムはまともではない。ニート特有の生活習慣をしている。

 ユウヒがやって来る頃には大体無防備に寝ているし、眠りが浅いのか話しかければすぐに起きる。目の下のクマの深さも眠りの浅さのせいなのだろう。


「私じゃなかったら襲われてたんじゃないですか」


「お前かユキしか私には。襲う奴がいたらそれはお前かユキだけだし、お前はそんなことしないだろ」


 マオは背伸びをしてから欠伸あくびき出しつつ、立ち上がると冷蔵庫から色黒の炭酸飲料を取り出していた。

 残念なことに、マオの体つきは22歳とは思えない程度には貧相でも小さく、色気の欠片もないので男が侵入してきたとしても襲われることは無いのかもしれない。


「それで、何しに来たんだ?」


「ああ、これの件で」


 ユウヒがポリ袋に入った宝石をマオに見せる。

 マオは怪訝な顔でユウヒに差し出されたポリ袋の中にある宝石を見た。


「なんだこれは」


「ゾーン1に崩壊主義者によってばらかれてるものです。なんでも人を魅了する効果と超獣を誘き寄せる効果があるとか」


「…おい、そんな効果があるもの私に見せるな」


「私とティアさんが全く影響を受けなかったので嘘なんじゃないかと思って」


 ユウヒとティアはこの宝石にある「魅了」という効果を受けなかった。なのでユウヒは半信半疑だったのである。

 かと言って街中の一般人に見せる訳にもいかないので遠慮ないことができるマオに見せに来たのだ。


 しかしマオもこの宝石の影響を受けていないようだった。ユウヒは本当にこの宝石に魅了の効果があるのか疑問に思い始めていた。


「調べていいなら成分や効果を見てみるが…」


「お願いします」


 マオが隣の部屋にある研究室に向かい、ユウヒもそれに続く。

 マオはゴム手袋をした後にポリ袋の中身から宝石を取り出して、ユウヒにはそれが何なのかよくわからない機械の中に取り付けた。

 その機械が動き出し、マオが取り付けられた端末を操作すること5分程度。マオが「終わった」と言ってユウヒの方を振り返る。


「どうやらこれは人の血液が凝固してできたものだ。ただ普通の血液ではないね。未知の物質が検出されてることから恐らくはイディアが関わってると見て間違いない」


「イディアですか」


「イディア」とはニューのタイプのひとつだ。比較的珍しい部類に当たる。

「イディア」は「身体的な異常や特殊能力」のことを指し、「モッド」と違って代償を支払しはらったりすることはない。

 ただ「イディア」の能力は身体的なものにかぎる。

 例えば体がゴムのように伸びる某漫画の主人公みたいな人間や、身体が異様に重くて動くことが出来なかったり、身体が発火して炎を身にまとう人間などがそれに当たり、なにより「イディア」は本人にとって有益なこともあれば不利益しかないこともある。


「この未知の物質は超獣因子に近しい性質がある。そのものと言ってもいい。だがそれ以外は人の血液となんら変化はない。この物質がお前の言う魅了作用を起こしてるのかもな」


 マオはそう言うと部屋の片隅に置いてあった自動給餌器の取り付けられたケースに近づく。

 そこには数匹のラットがわれているようで、マオは徐にラットに血の宝石を見せた。


 するとラット達はまるでえさが目の前に降ってきたがごとく鳴き声を上げながらその血の宝石に近付こうとし、ケースを突き破ろうと体当たりをするものまで現れる。


 それを見たユウヒは目を細めた。

 どうやら疑っていた「魅了」の効果は本当だったようだ。


「じゃあ何故私やティアさん、それにマオさんは魅了されてないんですかね」


「恐らくは耐性だ。お前やあの狂人は体内に超獣因子が宿ってる。だから効かない。私は別の理由だがな」


「…ティアさんに超獣因子が宿やどってるのは初耳ですが」


「この前の身体検査で血液サンプルをとった。あいつの体にも超獣因子がじってるよ。お前ほどではないけど」


 ティアは知っていて黙っていたのかそれともなにか別の理由があったのか、ユウヒにはティアのことが何一つ理解できていなかった。


「ニコのやつは超獣因子がない。恐らくこの血の結晶を見たらあいつは魅了される」


「…待ってください、ニコさん、ゾーン1で任務中なんですが」


 ユウヒは慌ててStecでニコに通信を試みた。

 いつもならすぐ通信に出るニコが今日に限っては出ない。ユウヒの背中を嫌な予感がい上がってくる。


 ユウヒがもう一度通信を試みようとしたタイミングでStecに緊急通知が飛び込んできた。マオが取り付けているオペレーター用のStecにも同時に通知が飛んでくる。


『やあ、ユウヒ君。非常事態よ』


 連絡してきたのはシオリであった。


「なんですか、今忙しいんですけど」


『残念だけど君の出番なのよ。ゾーン1にカテゴリー4超獣が複数体確認された。それに加えて東京シティを襲ったあのカテゴリー5の姿も確認されてるのよ。既に多数の死傷者が出てる。このままだとあの事件の二の舞になるわ。すぐに応援に』


「行きます。座標は?」


『話が早いわね。今送るわ』


 シオリから送られてきた情報を確認してユウヒはマオのことを見た。


「となると今回の事件の主導者は崩壊主義者か。東京シティに巣食すくう崩壊主義者の主導者はかなり厄介な性格をしてるからな」


「預言者レプスでしたか」


「奴らはシティを壊滅させるためならなんでもする。だがレプスはかなり頭が回る。気をつけるんだな」


 マオの忠告を念頭に、ユウヒはマオの部屋から飛び出していく。マオはそんなユウヒの背中を見送りながら少しだけ笑みを浮かべた。


「やっぱお前はヒーローだよ」














 ****














 ニコは旧式の狙撃銃、モシンナガンを構えて口が四枚に裂けたヘビのようなワームのような超獣に向かって銃弾を放つ。

 放たれた銃弾は通常ではありえない挙動で超獣に向かって飛んでいき、廃墟と化したビルをぎ倒しながら進むワーム型超獣の眼球にさった。


 おぞましい叫び声が一帯に響き渡る。

 見れば超獣の眼球から氷のとげが皮膚を内側から突き破るように生えていた。

 ニコは次弾を装填する為にボルトを引いて、憎悪の籠った目でもう一度、スコープの取り付けられていないライフルで狙いをつけると引き金を引いた。


 地響きを立てながら超獣が地面に倒れる。

 数百メートルの距離からそれを見届けたニコはStecを確認する。

 近場では複数の戦闘が同時多発的に発生していた。


「本部と連絡が取れない…例のEMPですか」


 ニコが顔を上げれば明らかに外縁壁よりも巨大な超獣がこちらに向かって来ているのが確認できる。それはアルマジロを二足歩行させて爬虫類としての要素を強くしたような見た目をしている。ただその顔に当たる部分はワニのような口しかなく、目の類は一切ない。その口からは長い触手が数本うごめいていた。


 カテゴリー5。

 東京シティ外縁壁崩壊事件を起こした超獣である。

 前回と違う点を上げるなら丸まっていないところと、いかなる攻撃もせつけなかった外殻がなくなっていることだ。


 恐らくは打ち込まれた生体崩壊薬が致命傷を残したのだろう。その抗体を作る過程で外殻を変化させ、より攻撃的に進化したのだ。


「ユウヒさんがいれば勝てるのでしょうか」


 ニコは既に他力本願になりつつある自分を自嘲しつつ、近場のスレイヤー部隊の援護の為に移動を開始する。


 状況は最悪だった。毎日のように最悪を更新しているゾーン1ではあるが、今日ほど酷い日はないだろう。


 道路上には超獣が溢れかえっている。見渡す限り超獣が必ず視界に入った。

 ニコは憎悪の籠った目でそれらを睥睨へいげいし、狙いを定める。ポーチにはまだ弾薬が沢山ある。超獣を殺し放題だ。


 ニコはいつもの優しそうな笑みをどこにやったのか狂気的な笑みを浮かべると超獣の一体に狙いをつけて引き金を引く。


 ニコの憎悪を乗せた銃弾が空を飛翔し、変幻自在な弾道で蜘蛛型超獣の頭をつらぬき、そのまま貫通してカテゴリー2以下の超獣達の急所を次々と貫いていく。


 辛うじて生き残った超獣がニコの存在に気づいた瞬間、弾丸が命中した箇所から無数の氷で出来た棘が生えてきて、そこに居た超獣達は皆息えることになった。


 ニコはあまりにも冷たい瞳で超獣達の死体を眺めた後に表情をすっと戻し、襲われていたスレイヤーの部隊にけ寄っていく。


「大丈夫ですか? 怪我人は?」


「ま、魔弾の射手か…助かった…。重症者が一人出てて後は軽傷だ。だがこれ以上の戦闘は…」


「安心してください。皆さんは撤退を。撤退路の超獣は粗方片付けて起きました」


 ニコはいつもの優しそうな笑みを浮かべながらそう話す。重症者に近付くとニコは鎮痛剤を太ももに打ち込んだ後に、重症者の傷を適切に措置していく。

 噛まれた後が無数にあるが、超獣病も初期段階の為治療は容易であった。


「恩に着る! この恩は絶対に忘れない!」


 その部隊の隊長はニコにそう告げると車を走らせて撤退して行った。ニコはそれに手を振って見送り、踵を返すと再び超獣を食い止める為に走り出す。


「カテゴリー5の侵攻は遅い…。やはりカテゴリー4の足止めを───」


 ニコがそう呟いた瞬間向かっていた先で巨大なタコのような触腕がり下ろされ、無数の人影が舞い上がった瓦礫に紛れてちりのように空中に舞ったのが見えた。


 援護に向かおうとしていたチームが壊滅したのは言うまでもなく、それを起こしたタコのようなその辺の高層ビルを凌駕するほど巨大な超獣がニコの方にその単眼を向けてきたのも理解出来た。


「カテゴリー4…!」


 どうしようもない暴力がこの世界には満ちている。

 救える人なんてこの手で掴める人達だけで、そんなことはずっと戦ってきたニコにはよくわかっていた。











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