第14話












 ユウヒがランク9位になったことが正式に通達されたのは一週間後のことで、そのしらせは東京シティの住人達を大いにき上がらせた。

 テレビをつければユウヒのことがニュースになっているし、誰も彼もがその事実をよろこび、祝っていた。

 長い間東京シティにはランク一桁が存在しなかったし、しかもランク9位といういた者が本物の英雄なのだから安心感を得るのは当然であろう。


 新たな英雄の誕生だと。

 そう人々は自分勝手にユウヒをたたえる。


 しかし当の本人はと言えば東京シティの一般街にある静かな喫茶店でくつろいでいた。

 自分自身が世界最強の一角になったことなど心底どうでもいいようだ。


「姉さん」


「なんなのだ」


 ユウヒの対面では先程ユウヒが買ってくれた携帯端末とにらめっこしているユキがいる。

 ユキは今にいたるまでこの手の携帯機器にれたことがないらしくスマホに興味津々である。


「甘味しか感じない人を買い物にさそうなら…どうしますか」


「そんなのスイパラ一択いったくなのだ」


「スイパラ? 必殺技ですか?」


「ゆーちゃんもしかしてユキさん以上に世間のこと知らんのだ?」


 ユキは携帯端末の設定を終えたのか、ユウヒのことをテーブルにしながら上目で見てくる。

 ユウヒは女子的な行為をあまりしたことがない。戦いか鍛錬にれていたせいで流行に乗遅れているのである。


「スイパラはスイーツパラダイスの略なのだ。ケーキとかドーナツとか甘いものが1000クレジット前後で食べ放題なのだ」


「へー、そんなものがあるんですね」


「十年前からあるのだ」


「…」


「で、そんなことを聞いてきたってことは……気になる人が出来たのだ?」


 ユキがにまりと笑う。

 図星のユウヒは横に目をおよがせる。

 残念ながらそんな態度でこの姉の目は誤魔化せない。


「どんな人なのだ? 同僚なのだ? 性格は? 見た目は?」


「あーあー、一回に沢山の質問しないでください」


「ゆーちゃんが好きになる人は気になるのだ。ゆーちゃんってそういうのに興味が無いと思ってたのだ」


 ユキの言うことは最もだ。

 ユウヒが誰かにかれるなんてことは生まれてこの方一度もない。ユキはアカデミー時代のユウヒをある程度知っているようだが、知っているからこそその反応であった。


「気絶した私を運んでくれた人です。最初はそんな気はなかったんですけど、私なんかに世話を焼いてくれて、それにその…なんというか綺麗な生き方をしてて…気がついたら」


「きゃー! 男なのだ? 女なのだ?」


「…女性です」


「ひょー!」


 ユウヒが話す度にユキが喜ぶ。

 ユウヒはユキが反応する度にれ臭そうに顔をそむけた。


「その人をデートに誘いたいのだ?」


「ええ…。親交を深めるためにも」


「ぐひひ、そういう事ならこのお姉ちゃんが一肌脱ぐのだ」


 ユキがウッキウキで買ったばかりの携帯端末をポチポチと操作する。

 開いているのは地図アプリ。東京シティのことならなんでもわかる。


 十年前にその殆どの人工衛星がとある超獣によって撃ち落とされてしまったが、再度打ち上げることに成功し現在は東京シティ上空に何基かの静止衛星がかんでいる。

 人々の絶え間ない努力のお陰で今でもGPSが使えるのでこの手の地図アプリは機能していた。


「まずは服なのだ。ゆーちゃん制服以外着てないけどそれでデートに行くのはアホなのだ。かっこいい服を買うのだ」


「服ですか…」


「自信が無いならユキさんが選んであげるのだ。そしたら次はデートの日程決めなのだ。行き当たりばったりでデートしてもグダるのだ。まずは行く場所を決めてルート通りに行くのだ。当然相手が退屈しない場所がいいのだ」


「ふむ…ニコさんが好きな場所…」


 ニコが好きな事がなにかとユウヒは思考するが、ユウヒは女のくせして女心がわからない。

 ニコがどんなものが好きなのかもさっすることが出来なかったし、聞き出すことも出来ていない。


 ユウヒがうんうんと悩んでいると喫茶店の扉が開いた。別に客が入ってくることぐらい普通だろうとユウヒはあまり意識していなかったが、妙に嫌な予感を感じて何気なく視線を向けた。


 そして金色の瞳と目が合った。


「おやおや、おやおやおや! 先輩! 奇遇ですね!」


 ティアであった。

 ラフな今時の若者がているような私服姿のティアがいつもの不気味な笑顔を浮かべて立っていた。


 どうしてここに?

 そう疑問に思うユウヒだったが、ユウヒが喋るより先にティアはユキの目の前にたっていた。


「んん? なんですかこの人。不思議なにおいがしますねぇ」


 ティアがユキに近づくとすんすんと鼻をらす。

 ユキはと言えばキョトンとした顔でティアのことを見ていたが、やがてにまりとした笑みを浮かべた。


「随分と可愛い子なのだ。知り合いなのだ?」


「……部下です。押し付けられた形の。ティアさん、この人は私の姉のユキです」


「先輩のお姉様でしたか! それで……貴方本当に人間ですか?」


 ティアがスっと真顔になるとユキを見据みすえてそう聞いてくる。その金の瞳は何かを見透みすかしているようにさえ感じた。

 ユウヒはムッとした表情でティアに文句を言おうとしたが、それよりも先にユキが不気味に笑った────ように見えた。


「いや人間ですよねー! 私は何を馬鹿なことを言ってるんでしょう!」


 ティアがまたいつもの不敵な笑顔を浮かべると、断りも入れずにユウヒの隣の席に座った。

 ユキはティアを見てニマニマと笑いながら「可愛子ちゃんは見てる分には眼福なのだ」などと口にしている。

 ユウヒはなにか違和感のようなものを少し覚えたが、り返すことでもないかとティアに目を向けた。


「どうしてここがわかったんですか」


「フフフ、私鼻が利くので」


「犬か?」


「それにその支給されてるStec。割と簡単にハッキングできるので先輩の位置情報割り出すことくらい簡単ですよ、フフフ」


 ティアは店員をけて飲み物を注文している。

 ここはユウヒが暇な時に来る喫茶店だけあり、女の店員は相手がティアであっても礼儀正しく、特に目立った反応もせずに対応をしていた。


「私はそういうの詳しくないんですけど、Stecのセキュリティってそんなに脆弱なんですか」


「かなり脆弱ですねぇ。私にシステムに侵入されている時点でダメでしょう? フフフ」


「それもそうですね」


 ユウヒは後でマオにStecのシステム面を見直してもらった方がいいのではないかと考えた。

 マオが作るシステムならティアにハッキングされる事もなさそうである。


 この一週間、ユウヒはティアと付き合ってみてある程度ティアのあつかい方がわかるようになっていた。

 確かにティアはユウヒの言うことを聞くし、この一週間ずっと大人しくしている。


 しかしあまりにもおさえ込んでいると欲求不満になってしまうようで、適宜てきぎに外縁壁の外に連れて行き、超獣と戦わせるか模擬戦をしないとストレスで「戦いたい症候群」が出るようである。

 ティアとの模擬戦はユウヒにとっても鍛錬になるので被害が出ないところで定期的に戦っている。そのお陰かティアはシティ内でとても穏やかになっていた。


 言葉の端々はしはしに狂気はあるが、穏やかな状態のティアは冷静で知的だ。誰かに喧嘩をっかけるような真似もしない。だが四六時中ユウヒの隣にいるのでユウヒはあまり自由ではない。


「ティアちゃんは育ちが良さそうなのだ」


「おやおや、見る目がありますねぇ。流石は先輩のお姉様という所ですか」


「姉さん、あまりティアさんと仲良くならないようなしてくださいね」


「酷いじゃないですかー! 先輩!」


「どうしてなのだ? こんな可愛子ちゃんで育ちもいいとなると優良物件なのだ」


「この人指定危険犯罪者なんですよ」


 ユウヒがユキに注意をうながためにも正直に話しておく。

 ユキは目をまん丸にさせてティアのことを見て、ティアもニヤニヤと笑いながらユキのことを見ていた。


「…顔が良ければ全て許されるのだ」


「姉さん?」


「ロマンスとはこういう場合にこそ盛り上がるのだ」


「姉さん?」


 ユウヒは謎に立ち上がったユキの両肩を掴んで落ち着かせておく。


「そう言えば先輩。西部のゾーン1が面白いことになっているらしいですねぇ」


 ティアが運ばれてきたオレンジ味の炭酸水の入ったグラスを揺らしながらそんな話題を振ってくる。


「カテゴリー3がやけに多いって話ですか」


「それもそうですが、何やら崩壊主義者が彷徨うろついているそうですよ」


「ほう」


 カテゴリー3の超獣がゾーン1にあつまっているという話はユウヒも聞いていたが、ティアの口から出てきた話題は今初めて知った。

 ティアはどこから情報を仕入しいれているのかわからないが、とにかく早くユウヒにとって有益そうな情報を持ってくる。


「崩壊主義者のレプスとその教団員がゾーン1で行動しているのを哨戒中しょうかいちゅうのスレイヤーが目撃しているようです。それと超獣の数がえてるこの状況はなにかつながりがありそうですねぇ」


「…それって、先々週のあの事件とも繋がりがあるのでは?」


「流石先輩、察しが早い。そうです、崩壊主義者が何らかの方法で超獣をシティ周辺に集めている可能性が高いですね。そしてこんなものが」


 ティアが胸元のポケットから取り出したのはチャック付きポリ袋の中にじられた、何やらひし形の赤い宝石であった。


「これはゾーン0と1で何人かのスレイヤーがここ一週間でひろったものです。フフフ、これを拾ったスレイヤーは頭がおかしくなったように四六時中これを見詰めていたそうですよ。うばおうとするとあばれるのだとか。弱い者が暴れても私には関係のない話ですけどね」


「殺しましてませんよね」


「気絶に留めておきましたよ! 褒めてください!」


 ティアは誇らしげにそう言うが、気絶させて物を奪うのは立派な強盗である。

 ユウヒはティアからポリ袋を受け取ると、それを天井にかざして見てみる。


 ただの宝石だ。半透明のんだ赤色で、中心部に行くほど赤の深みがしていく綺麗な宝石ではあるが、ユウヒにはこれを四六時中ながめる理由はいまいちよくわからない。


「もしかしてモッドかなにかの能力が付与されているんですかね」


「恐らくその方向かと。生物を魅了する効果が付与されているのだと私も推測してますねぇ」


「そしてこれが超獣をおびせる原因になってる、貴方はそう言いたいんですね」


「証拠はそろっていますねぇ。間違いないかと」


 ティアはこういう点だけを見ていれば有能だ。

 特にユウヒは頭を使うことが苦手だ。嫌いなもののトップに推理小説が入る程度には苦手意識がある。

 なのでティアのこうした行動力と推理力の高さは役に立っていた。


「スレイヤーズ本部は動いてるんですか」


「そろそろ動くんじゃないですかねー。わざわざ私が報告して上げたのに動かなかったら支部のひとつを破壊してきますか!」


「そういう発想に至るな。とは言っても私達に出番はないでしょう」


「ええ、私と先輩が出るほどでもありません。これは弱者の皆さんの仕事でしょうねぇ」


 ユウヒとティアは東京シティの最高戦力となっている。

 姉を守ろうとしただけで望んでもいないのに英雄となってしまったユウヒと、闘争に快楽を求める狂った少女ティアがこの東京シティの最高戦力なのだ。


 どちらにも共通して言えるのはひとつ、それは東京シティに対して微塵みじんも忠誠心がないところだろうか。


「スレイヤーってのは大変そうなのだ」


 ユキが頬杖をつきながら二人の会話を聞いていたが、何も理解できなかったような顔を浮かべている。


「フフフ、貴方もスレイヤーになればいいじゃないですか。先輩のお姉様なんだからさぞ強いんでしょう?」


「姉さんに戦闘能力はありませんよ。それどころか五十メートル走でバテます」


「え? ビーストなのにですか? まあそういうのは珍しくありませんけどねぇ、遺伝子的に考えれば……貴方本当に先輩のお姉様なんですかー?」


「ユキさんはゆーちゃんのおねーちゃんで間違いないのだ〜」


「それにしては……あ? それにしては………フフ、フフフ」


 ティアはなにか首をかしげてユキのことを見ていたが、なにかに気づいたように不気味に笑う。


「…ああなるほどなるほど、フフフ、なるほど……貴方、フフ、とても面白いですねぇ。後で二人っきりでお話でもしたいものです。フフ、フフフ」


「貴方と姉さんを二人っきりにする訳ないでしょう」


「ユキさんとしてはこんなかわい子ちゃんと二人っきりになれるなんて…ぐへへ」


「姉さん笑い方」


 ユキは「女好き」である。

 特に美人や可愛い娘には目がなく、そっちの気が強い。

 ユウヒは十年前からこの姉は変わらないな、と呆れつつもユキとティアが二人きりにならないように今後は細心の注意を払うことにしたのであった。







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