第13話











 ユウヒは何時になく不機嫌だった。

 その隣にはこまったような笑みをかべるニコ。

 そしてユウヒの正面には何故か満面の笑みかべたティアがいる。


「いやいやいやいやいや、おかしいでしょう? なにがどうしてこれを私の部隊に加入させるって話になるんですか」


 ユウヒの発言は最もだった。


 事の発端は今朝の緊急招集。

 今日こそ自由を満喫まんきつしようとしていた矢先にスレイヤーズ本部から至急しきゅう本部に参上せよとのメールが届き、その時点でユウヒは不機嫌だった。

 しかし本部に到着すると何故かニコもいてそこで少しだけ機嫌をよくしたのだが、その後シオリの執務室でまた機嫌を悪くした。


 シオリの執務室には武装もマントもしていないラフな姿のティアがいた。

 怪我はどうしたと聞きたくなるほど無傷で、ったはずのティアの左腕は普通に動いている。

 ティアの周囲には厳戒態勢のスレイヤーズと正規軍兵がピリピリした雰囲気でっている。その者達の武装が対人用であり、かなり高価なものであることからかなりのよりすぐりの兵士たちであることは明白だ。


「何処かられたのか知らないけど君がチームを作るという情報がティア君にわたってたようなの。それで今朝スレイヤーズ本部が襲撃され…てはないか。普通にティア君がここまで入り込んできたのよ。そして君のチームに入れろと言ってきた訳なのよ」


 シオリはティアがいるのにも関わらず相変あいかわらずの笑みを浮かべながらそう告げた。


「失礼ですねぇ。ちゃんとアポもとって武装も解除して正面玄関から堂々とここまで来たじゃあありませんか。今日の私は何時いつになく平和的ですよ〜」


 違うそうじゃないとその場にいる誰もが口をはさみたくなっただろう。残念なことに、狂人に対して「お前指名手配されてる犯罪者だぞ」と言っても効果はない。


 それは今目の前で立証され、一人の兵士が壁にもたれかかって倒れているのだ。高価そうな執務室の壁には人がめり込んだような亀裂とへこみができている。


「でだ、本題はここからで、このティア君は君の言うことならなんでも聞くと言っているんだよ」


「嘘ですね」


「嘘じゃないですよ先輩ー!」


「私は貴方の先輩になったつもりはありませんが」


 ユウヒがティアをにらみ付けるがそれを見たティアはニヤニヤと笑う。


「先輩とは尊敬する相手におくる敬称ですよ。私は先輩を尊敬しているんですよ、フフフ」


「絶対にこいつあれですよ。本音はまた私と戦いたいからとかですよ」


「おや、私の目論見がバレるとは!」


「少しはかくせ」


「うーん、何がいけないんでしょう? 私は美少女、強い、仲間想いの三拍子がそろった優秀な人材ですよ〜?」


 ティアが自分の指を三つ折りながらそう話す。

 三つ目に折られた指は露骨ろこつな嘘である。


「で、なんでスレイヤーズがこれを私に押し付けようとしてるのかの説明を求めますが」


「え? そりゃあこの東京シティでこの子に勝てるの君くらいだし、押し付けるよね。しかもチームに入れなかった場合どうなるかって聞かれたら目も当てられない事態になるでしょ?」


「正論」


 シオリもユウヒに対して真っ当過ぎる意見をべた。そこにユウヒの私情は一切ない。最高過ぎる人事である。


「安心して欲しい。ユウヒ君。君に拒否権はないよ。私としてもね、シティの命運と君一人の苦労、どちらを取るかといえばそんなの決まっているだろう? だから君にティア君をたくすことにした。ああこれはもう決定してるのでくつがえすことは出来ない。安心して欲しい」


 シオリはとてもいい笑顔で「安心して欲しい」を言葉の先端と後に二度取り付けた。

 安心できねえよとユウヒは文句を言いたかったが、隣にニコがいる。ここでティアに暴れられたら目も当てられない事態になりかねない。


「……わかりました。ですが、ひとつ」


 タダで折れる訳にはいかない。今後められてまたこんな物を押し付けられたらたまったもんじゃない。


「次なにか押し付けてきたら私は東京シティから去りますのでよろしくお願いします」


「考慮しておくよ。ふふ、流石に今回のは我儘わがまま過ぎたね。後でなにかお礼はするよ」


 ユウヒは手に余る荷物をシオリから受け取り、シオリの執務室を後にした。






「えーっと……なんというかその……災難でしたね?」


 困り顔のニコがなんとか笑顔をたもとうとしながら頭を抱えるユウヒに向かってそう声をかけた。

 その更に隣ではティアが機嫌良さそうに歩いている。


「おやおやおや先輩! この銀色の人もチームメンバーなんですか? 私と先輩の二人っきりの空間が台無しではないですか!」


「……いや、後から来たの貴方ですからね?」


「ふふふ知ってます」


「はぁ…、どうしようこれ」


 これ呼ばわりされているティアはユウヒの周囲を鼻歌をうたいながらクルクル回っている。

 小柄なところもその仕草も姉にていて微笑ましい。だが目の前のこれは殺人鬼である。


「…大体何故私のチームに入ろうと?」


「だって先輩、私に勝ったじゃないですかー。私は一度負けて、私の命は先輩のものになったワケです。なら私は先輩の元で戦おうと考えたんですよ! フフフ」


 戦闘狂らしい思考であった。


「私の命令にほんとにしたがうんですか?」


「はい! 小手調べに東京シティ滅ぼしますか?」


「いいえ。大人しくしててください」


「いいですよ! 先輩の命令なら大人しくしていましょう」


 本当に命令に従うのか怪しいが、制御可能なら有益な戦力ではある。

 ニコがそんなティアをまるでめずらしいものでも見たと言わんばかりの表情で見ていた。ユウヒはその事が気になってニコに問う。


「そんなに変なんですかこれ」


「あ、そうですね…。ティアさんが人の命令に大人しく従う、というのはこれまで一切ありませんでした。それに…いつもはこんな人が多い場所だと暴れようとしたり、強そうな人を見掛けると戦いをいどんだりとそれはそれは止めるのに苦労しましたよね…」


 話している途中からニコが目眩めまいでも起こしたのか目頭を指でつまんでいた。

 いつもティアを止めていたのは恐らくニコなのだ。それも戦闘以外の話し合いという形で。


「ふふふ、めても何も出ませんよ」


「褒められてはいませんね」


 ティアは一般的な感性からかけ離れた感性を持っているのだろう。しかしこうして話していればただの少女───。


「おや見てください先輩。こっち見てる奴がいますよ? 殺しますか?」


 ダメそうだ。

 ティアが満面の笑みでこちらを見ている野次馬たちに向かってけ出そうとしたのを、ユウヒはそのブラウスの襟首をつかんで止めておいた。

 野次馬たちはティアが駆け出した時点で悲鳴を上げながら退散していった。


 こんなにも閑散としているスレイヤーズ本部のエントランスは初めてなのではないだろうか。

 そもそも受付の者達も机の下に隠れているか、腹痛を訴えて逃げていった。

 ティアというのはそれだけ東京シティの恐怖の象徴となっていたのだろう。


「私の命令時以外戦闘禁止です。命令をやぶったら平時は…手錠でも付けておきますか」


「拘束プレイですか! 先輩とならそういうプレイもありですね!」


「助けてくださいニコさん」


「あはは…」


「しかし拘束具は嫌ですねー。これは本当に大人しくしておきますか〜」


 ティアは駆け回るのをやめてすっとユウヒの隣におさまった。

 ティアがようやく落ち着いた所でユウヒは一息ついてエントランスの待合室にあるベンチに三人で腰掛けながら、一応ティアに何ができるかを確認しておく。


「戦闘以外だと何が出来ますかね」


「私こう見えて元令嬢なので交渉や書類整理は得意ですよ〜」


「元令嬢?」


「フフフ、私を産んだ男と女はシュバリエ・シュペーの社長です」


「ええ! そうだったんですか…?」


 ニコがおどろいたように声を上げて、しかし口を手で押えて声の音量をおさえてからそう聞き返す。

 シュバリエ・シュペーと言えばユウヒもスレイヤーになった時に、展示場ではあるが足を踏み入れたことのある言わずと知れた大企業だ。

 この大企業はドイツのシティ発の企業であり、主に対超獣用の近接ASWを制作していることで長知れ渡った。


「あ、シュバリエ・シュペーをつぶせる情報ならいくつか持ってますよ! いりますか?」


「いりません。…まあ元令嬢なのはわかりましたが、元って付いてるあたり勘当かんどうされましたか」


「ええ! 私にビビってあの男は逃げましたよ! たまにちょっかいをかけに行くこともありますがその時の反応は最高ですね!」


 こんなのが娘とか不幸だろうな、とユウヒはティアの両親に同情心をいだくのであった。


「書類整理が出来るのは助かりますね。なんかチーム書類書くの面倒そうだったので」


「フフフ、ようやく私の有益性がわかってきましたか!」


「不利益の方が多いんですが。その他にできることはありますか?」


「先輩と愛をはぐくむことですかねー!」


「後で全身拘束具を用意して貰いますか」


「冗談です。これと言ってはなんですが、拷問も得意ですよ! この前、崩壊主義者のことを意味もなく拷問したので死なせないように情報を聞き出すのは得意です!」


 ティアはこともなし気にそう言うがニコの顔が蒼白になっているので、やめてほしいとユウヒは心の奥底からそう思った。

 しかも拷問は情報を聞く為にやるもので意味もなくやるものではない。それはただの猟奇的な暴力である。


「それはいいとして、戦闘面についての技能と能力を教えてください。本当にスピードだけなんですか?」


 ユウヒはティアが本当に「スピード」だけのニューなのか疑問に思っていた。


 確かにニューのタイプは数が少ないほど特化型になり、タイプの数が多い程万能、悪く言えば器用貧乏になる。

 タイプの数が少ないほどその一つのタイプ…例えば「パワー」であれば凄まじい力を有し、タイプの数が多いほど「パワー」の力は弱くなる。

 ユウヒが尋常ではない耐久性と筋力を保有しているのは「パワー」と「スピード」しかタイプがないためだ。


 この理屈でいえば確かにティアも「スピード」しかないため、音速を超越するような速力を出せてもおかしくない。

 しかし反応速度と耐久性が人間のままで音速下の移動というのは、恐らく反応出来ずに何かに激突して死亡するだろう。

 実際に「スピード」だけのニューはその力をセーブしないとまともに戦えないのだ。


「私は「スピード」と「モッド」ですよ。何故か「スピード」だけという事になってるらしいですが、私には「モッド」が存在しますねぇ」


「やっぱり」


「…確かに、「スピード」だけのニューの動きではありませんでしたね。となると「モッド」は反応速度と耐久性関連でしょうか」


 ニコがそう推測した。どうやらニコもティアの能力に関しては疑っていたようだ。

 先程タイプの仕組みに唯一当てはまらないのが「モッド」である。「モッド」だけは他のタイプに干渉しないため、数にはカウントされない特殊なタイプなのである。


「私の「モッド」は高速移動時の限定的な思考加速と物理的な影響の軽減です! 永続型で代償は支払い済みですよ〜」


 ティアは両手を広げ可愛らしい笑みを浮かべながらそう話した。ユウヒはティアの体を隅々すみずみまで見て首を傾げる。どうやら肉体的には代償は支払っていないようだ。


「なにを代償にしたんですか?」


「知りたいですか?」


「常識的な思考回路ですか?」


「フフフ、これは生まれつきです!」


「自慢することではない」


「代償ですが、内緒です。フフフ」


 ティアはニヤニヤと笑いながらそう話した。話す気はないようだ。

 別に話す気がないのであれば構わない。「モッド」の代償は本人が知らないうちに支払われている場合もある。

 ただティアの場合はろくでもない代償を支払っていそうだ。常識というネジが全部頭から抜け落ちているのだから倫理観もないのだろう。


「貴方の戦闘能力は理解出来ましたが、私は戦闘中命令とか出すの苦手なので好き勝手戦ってもらうことになりそうです」


「つまりその辺の民間人もぶっ殺していいんですね!」


「ダメに決まってますが」


「その方法には異論はありませんが、普段は一緒に行動した方がよろしいでしょうか?」


 ニコがそう聞いてくる。


「ニコさんは本来の任務がありますし、有事でもない限りは無理しないで構いませんよ。どうせ私は暇でしょうし」


 ユウヒはランク9位になるのが決まったようなものなのでスレイヤーズはユウヒに滅多な事では命令を出してこなくなる。

 ユウヒはランク一桁になることで好き勝手に外縁壁の外に出ることが許可されるようになるので、任務以外では好き勝手に動くことができる。


「てかこいつの監視をしないといけないのでは…?」


「おやおや先輩、私が目を離した隙に暴れ回る野蛮人に見えますか」


「見えますね」


「野蛮人ではなく美少女なのですが?」


「…まあ、ニコさんの手伝いとか行きます」


「それはとても嬉しいです。またお話しましょう」


 ニコは朗らかな笑みを見せた。

 隣で不気味な笑みを浮かべてるティアと比べるとその笑みはユウヒにとってかなりの癒しとなったのであった。


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