第12話












 シオリの執務室を後にしたユウヒはスレイヤーズ本部の廊下を歩いているとその人物と再会した。


「あ」


 ユウヒがそう声をらしたのも仕方がない。

 ナンバーズしか入れないラウンジを横目に通り過ぎようとしたらその姿があった。


 美しく整った姿勢で本のページを真剣な表情で眺めているのは白銀の少女。

 背中ほどまで伸びた三つ編みのハーフアップにされた銀髪と、空のように澄んだ青い瞳、あまりにも精巧な芸術品のようなその横顔は何故かユウヒの心を高鳴らせた。


 ユウヒは見て見ぬふりをして通り過ぎようか迷って足を遊ばせたが、身体が勝手にラウンジに入ってしまい入口にいた店員はユウヒの顔を見るなり丁寧なお辞儀をしてユウヒのことを迎え入れた。


 しかしユウヒは読書をしている彼女に話しかけるのは失礼ではないか? そんなことを考えてすっと距離を置いた場所の椅子に腰掛けようとするが、椅子を引いた音が思ったより大きく、読書をしていた少女はパッと顔を上げた。

 そして見事に合う視線と視線。

 少女はユウヒのことを見るなり綻んだような笑みを見せてその桜の花びらのような可憐な口を開いた。


「こんにちはユウヒさん。お怪我はその後どうですか?」


「あ、こんにちは。お陰様で…」


 ユウヒは照れ臭そうに後頭部を掻き、目を泳がせながらそう話した。少女は立ち上がるとユウヒのいる席までやってきて「お隣いいですか?」と柔らかく丁寧な物腰で聞いてくる。そんな事をされたらユウヒは「いいですよ」としか言えない。


「ニコさんは今日は非番でしたか」


「はい。私が討伐を担当しているゾーン1は先週の事件から少しだけ平和になっていまして、カテゴリー3の数も少ないことから待機を命じられています」


 少女の名前はニコ・ドゥクスニア。

 そのランクは25位。

 フィンランド人らしい。


 年齢はユウヒの一つ下でアカデミーを介してスレイヤーズになった訳ではなく、スレイヤーズになる事が出来る15歳の時からスレイヤーとして活動している。

 ある意味ではユウヒにとっては歳下の先輩である。


 言わずと知れた東京シティの最高戦力の一人で、単独行動が許可されている数少ないスレイヤーの一人でもある。


 東京シティ外縁壁崩壊事件で気絶したユウヒを救出し、その後入院中の世話なども焼いてくれたことからユウヒとはかなり親しい仲だ。

 しかし退院後はあまり会う機会はなく連絡も取り合っていなかったので、ある意味ではしばらくぶりの再会となった。


「ユウヒさんはどうしてこちらに? …と、聞くまでもありませんでしたね。勲章授与式の報告でしょうか?」


「あー、それもそうなんですけど、実は厄介なことになってて」


「厄介なこと、ですか?」


 ユウヒはややタジタジとニコと会話をしている。

 ユウヒのことをよく知るユキやマオがこの場にいたら何かを察するのだろうが、幸運なことにその二人は今いない。


「実は勲章授与式の帰り道に狂人ティアに襲撃されまして」


「えっ!? 怪我とかはなかったんですか!?」


「特に…。というか向こうの方が重症だったので、どうなってることやら」


「もしかして…あのティアさんを倒したんですか…?」


 ニコが目をまん丸にして驚いている。

 ユウヒはニコを驚かせることに成功したことにやや嬉しくなる。

 ユウヒはニコのよく変わる表情が好きだった。


「ティアさんはとても強くて、私などとてもじゃありませんが足元にも及びません」


「ニコさんは戦闘スタイルのジャンルが違うじゃないですか。ニコさんは狙撃手ですし、近接に特化したあの狂人を至近距離で相手するのは難しいでしょう。逆に広いエリアならば戦えそうですが」


 ユウヒは店員を呼び、ニコの分の飲み物を注文しながらそう話す。


 ニコは狙撃手である。

 そんなニコの通り名は「魔弾の射手」。

 特殊な「モッド」を能力に宿して敵を撃滅する最強の狙撃手であった。


「敵を追尾する弾丸とか、私なら絶対に相手にしたくないですけどね」


「ご謙遜を。ユウヒさんならティアさん同様、私の弾丸を切り落としそうです」


「モッド」というタイプは特殊だ。

 ニューの持つタイプの中でも最も強力なメリットを持ち、最も強力なデメリットも存在する。

 それは悪魔との取引のように「能力を得る代わりに代償を支払う」というものだ。


「モッド」の能力は概念を覆したり、現実を改変すると言った異常な力を発揮できるようになる反面、その能力に応じた代償を支払わなければならない。


 一時的な能力の取得なら一時的な代償を。

 永続的な能力の取得なら永続的な代償を。


 しかも代償は本人の意思では決められないというのだから恐ろしい。

 ニコの場合は「着弾後対象の体内で巨大な氷塊を出現させる、敵を追尾する弾丸を放つ」モッド能力であり、そんな能力から「魔弾の射手」という通り名が知られている。


 そしてそんな強力なモッドの代償は、彼女に運ばれてきた暖かいココアを見ればわかる。

 ココアと一緒に持って来られたのはスティックシュガーであった。しかしその本数は10本程度。ニコは躊躇うことなく全てのスティックシュガーをココアに流し込んでいた。


「…その代償というのは本当に辛そうですね」


「慣れればなんてことはありません。むしろこの能力が私の味覚だけで支払われるのなら、人々の為にもなるでしょう」


 ニコを蝕む代償を見たユウヒはあまりにも献身的なその言葉に胸が痛くなった。その言葉に嘘偽りはなく、本心から言っていることが感じられるのだから尚更。


 ニコが「モッド」に支払う代償は「味覚」。

 ニコは「甘味」以外の味覚を一切感じることが出来ず、料理という人間的な文化を楽しむことが出来ない。

 料理を食べても味がわからない。甘いものしか食べられず、しょっぱいものを食べようとしても味を感じない。そんなこと、一般的な人間なら発狂してしまいそうになるだろう。


 同情するのはニコに失礼か。

 ユウヒはそう考え、話を変えることに。


「普段の任務ってやっぱりカテゴリー3の相手なんですか?」


「と言うよりは遊撃ですね。私が請け負っているのは他スレイヤー部隊の作戦行動の援護及び危険個体の早期撃滅です。ゾーン2へと向かうスレイヤー達の援護射撃等が私の主要任務ですね」


「ああ例の資源調達任務の。東京シティの部隊生還立が高いのはニコさんのお陰ですか」


 ニコは普段ゾーン1で行動しゾーン0に近づくと危険になりそうな個体を排除しつつ、任務を与えられたゾーン2への遠征を行うスレイヤーへの援護を行うのが仕事なのだという。


 東京シティのゾーン2からのスレイヤーの生還率は高い部類の方で、それに大きく貢献しているのがニコなのだ。故にニコはゾーン1の女神とスレイヤーズの間で讃えられている。


「南部のゾーン2ってジャングルでしたよね最高でもカテゴリー4が数体彷徨いてる」


「はい。ただ毒を持つ個体が多いので油断はできませんね。ランク1000位台の方が良くランク101位台の方に引率されていくのを見ますね」


「大変そうですね」


「北部と西部よりは数段いい所ですよ。北部は氷海ですからね。西部には”壊域”がありますし…」


 ゾーン0とゾーン1はまだ人が住んでいた頃の名残が残っている。だがゾーン2以降になると人の文明の名残りどころか人が住める環境ではない。

 超獣達が自分たちが住みやすいように環境を変動させているのだ。

 どういう原理なのかはわかっていないが、元々雪山だった場所に砂漠が拡がっていたり、温暖な気候なはずなのに氷山が生まれていたり、火山がないところに火山ができていたりする。


 そしてニコのいう「壊域」は概念そのものが屈曲しているエリアだ。このエリアは基本的に立ち入りが禁止されており、立ち入ったら最後、生還した者はいない。

 過去に数度の壊域調査が行われたが、その全てが失敗。唯一戻ってきた隊員達は支離滅裂な発言をした翌日に全員自殺してしまったという。


「やっぱ、遠征任務にナンバーズを行かせるということはしないんですね…ってああそういう意味ではなく」


 ユウヒはついマオに話すノリでニコに話してしまい、それが失言だったと気づく。

 ニコは何処か悲しそうな憂いを帯びた表情を浮かべていた。


「スレイヤーズのやり方には私は反対です。遠征任務など行う必要もないのに…」


「……このやり方を生み出したのは全てアラキ・カジですよ。私達が訴えた所で何も変わりません」


 遠征任務は簡単に言ってしまえば「口減らし」であった。ランクが比較的高いが、無能と判断されてしまったスレイヤーや犯罪経歴のあるスレイヤー、スレイヤーズやシティのやり方に疑問を抱いたスレイヤーなどが選抜され、この任務に派遣される。


 当然、南部などの比較的安全な場所に遠征する場合は話が変わってくる。南部への遠征任務は資源の確保の為であり、口減らしの為ではない。


 しかし北部と西部への遠征任務は露骨なまでの口減らしであった。当然そんなことを知っているのはナンバーズぐらいで、ナンバーズ以外のスレイヤー達はその任務を誇りに思って遂行しようとする。


 それはシティ内の人口を調整するには打って付けの方法であった。


「ニコさん」


 ユウヒはそんなニコに何時になく真剣な表情で語り掛ける。

 ニコならば、先程シオリと話した内容に合致していると判断したのだ。その実力も申し分ない。


 それにニコは優しすぎた。

 優しすぎるが故に疑問を抱いてしまう。

 弱者を救おうとしてしまう。

 彼女はそういう人間で、自分なんかみたいな人間が隣に立つのは相応しい人間ではない。

 しかしユウヒとしてはニコがシティの闇に飲み込まれて消えてしまうのはなんとしてでも避けたい。

 ユウヒは決心した。


「私、チームを作るつもりなんです。もしよろしければ───」


 ユウヒの口から告げられた内容にニコは笑顔を綻ばせて返答をする。

 その後帰宅する際のユウヒは何時になく機嫌が良かったという。







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