第11話











 家の玄関をければ、ドタドタと部屋の中をまわる音が聞こえてきてひょっこりとユキが顔を出す。ユウヒはそんなユキを見て少しだけ笑みを見せた。


「おかえりなのだ」


「ただいま姉さん。なにもなかったですか」


「なんもないのだ。いて言うならまた勧誘の人が来てたのだ」


「何か言われました?」


「必殺居留守を使ったのだ」


「それならよかった」


 ユキはすっかりこの家に馴染なじんだようで、ユキが住みいたユウヒすらも使っていなかった物置はだいぶ魔改造されている。

 ユキはせまい空間が好きらしいのでユウヒとしては異論はない。

 最初こそは部屋を用意していたが、いつの間にかその一畳いちじょう分程度の物置に住処を変えていた。


 ユキは普段ユウヒが家にいないのでわりに家事をしてくれている。

 彼女いわく「ユキさんはニートではなく専業主婦なのだ!」らしい。それでいいのならそれでいいのだろう。


「ゆーちゃんランク33位になったのだ。生中継で見てたのだ」


「ええ。………ああ生中継されてたんですか」


 ユウヒはアラキ・カジのことを言いかけて話題をらしたが、ユキはそんなユウヒが言いたいことを簡単に見抜いてくる。


「あの男はあの男なのだ。ゆーちゃんが気にかける程度の男ではないのだ」


「なにか思考を読み取る能力でも持ってます?」


「顔を見れば妹が何が言いたいかなんておねーちゃんにはわかっちまうのだ」


「左様でございますか」


 やはりこの姉には勝てなさそうだ、ユウヒはそう考えると苦笑する。


「それに人間理由なしでは動かないもんなのだ。あの男にもなにか理由があった、そう適当に考えてほっておくのがいいのだ。ゆーちゃんはゆーちゃんなのだ」


「…そうします」


 ユキは別にアラキ・カジを擁護するつもりも非難するつもりも毛頭ないようで、その言葉の端々にはユウヒが良ければそれでいいという考えが見受けられる。

 ある意味ではユキがければそれでいいと考えているユウヒとはた者同士だった。


「ゆーちゃんもナンバーズなのだ〜。報酬もうっはうはなのだ?」


「とは言っても報酬金の六割方は税金で持ってかれますけどね。ナンバーズが富豪の下につくのはそういうのが理由ですし」


「ひどい話なのだ」


 スレイヤーの任務達成報酬は東京シティに税金としてそのほとんどが持っていかれる。

 ナンバーズであってもそれは例外ではなく、如何にシティが困窮こんきゅうしているのかがわかる政策でもあった。


「明日はなんかあるのだ?」


 ユキがそんなことを聞いてきて、そう言えば明日が日曜なのを思い出す。

 スレイヤーズに週休二日制などない。超獣が活動を活発化させたら任務は発生するし、超獣の活動がなければ偵察任務がある。

 休暇がしければ申請する必要があり、残念ながらそれはあまり通ることはない。


 しかしナンバーズともなると任務と言いながら街中を歩いてても誰も文句を言わない。ナンバーズは有事のさいの最高戦力であり、偵察任務やらカテゴリー2以下の討伐任務で摩耗まもうさせる訳にはいかないのだ。


「多分暇───」


 ユウヒがそう言うのを見計らったとしか思えないタイミングでユウヒの腕時計が振動した。

 その腕時計というのはナンバーズ以上のスレイヤーに配布される専用端末通称「Stec」であり、そこらの携帯端末を軽く凌駕りょうがする性能を持つ通信機器だ。


 ユウヒが忌々いまいましそうな顔でStecを見れば、ユウヒの視覚情報に直接連絡内容が映し出される。


 要約すればティアを倒した事実確認と説明をスレイヤーズ本部が求めているらしい。


「暇って言おうとしましたけど本部から召集がかかりました」


「そうなのだ? じゃあユキさんは明日マオちゃんの所にでも遊びに行くのだ」


「本部まで送っていきますよ」


 多分ユキは「買い物にでも一緒に行こう」と言おうとしたのだろうとユウヒは予測し、それをキャンセルせざるをない事態に今すぐにでもスレイヤーズ本部に出向いて破壊してやろうかと考えるが、その考えはマオの住処がなくなりそうなので取りやめておいた。













 ****













 翌日、ユウヒはユキと共にスレイヤーズ本部に赴いていた。ユウヒがやってくるとそこかしこの人々が尊敬、畏怖、嫉妬と言った多種多様な視線をユウヒに突き刺してくる。

 だが実力は周知されているため、誰もユウヒに喧嘩を売ろうとすることはない。

 周囲の視線の興味はユウヒの隣をちょこちょこと歩いているユキにもそそがれていた。


「じゃ、ユキさんはマオちゃんのとこに行ってくるのだ」


「ええ、私は帰れる時間がわからないのでもし私より先に帰ることになったら先に───…姉さんが不審者に襲われたらどうしよう」


「過保護なのだ? ユキさんは平気だからさっさと行くのだ」


 ユキにバシバシと背中をたたかれてユウヒとユキはエントランスで分かれると、それぞれの目的の為に歩みを進める。


 ユウヒは特に誰のいもなくエレベーターに乗り、キシベ・シオリの待つ執務室へと向かう。

 シオリの執務室の扉をノックをして「どうぞ」の声の後に扉を開けば、そこにはシオリと何人かの年配の男女の姿があった。


「ごめんね。昨日といい今日といい君の自由を奪ってしまって」


 開口一番シオリがそう謝罪してくるが、相変わらず不思議な笑みをかべていて本心なのかどうかわからない。


「姉との予定がキャンセルされたので怒り狂いそうでしたが、私も大人なので」


「ならよかった。かけていいわよ。ああそうだ、この人達は東京シティの北部、西部、南部にあるスレイヤーズ支部の支部長達だ。君の実力をかんがみて今回招集におうじてくれた」


 シオリがそう紹介したのは通常のスレイヤーではとても面会すらかなわなさそうな面々であった。

 それこそ重役だが、ユウヒはシオリ以外の人間の顔と名前をおぼえる気がサラサラなかったのでそれぞれの自己紹介は聞き流していた。


「さて、本題に入ろうかしら。勲章授与式の後、君はあの狂人と遭遇して、戦闘。周囲には被害が出なかったし、君の自己防衛の為の戦闘だったから君にはおとがめはない。スレイヤーのシティ内での戦闘は基本禁止されているけど、狂人に遭遇したのなら仕方がない。あれは一種の厄災のようなものだからね」


「その厄災を倒しましたけど」


「そうね。それが問題になるわね」


 シオリの言い分は単純明快だった。

 ティアの戦闘能力はランク一桁に匹敵している。

 しかしスレイヤーズという所属にはなっているものの、指定危険犯罪者でありランクは剥奪はくだつされ、スレイヤーズはティアのことを制御しようと様々な手を尽くしたがそれらは無駄に終わる。


 実際に過去に東京シティに存在したランク9位のスレイヤーはティアの手によって完膚なきまでにたたきのめされて殺害されたようだ。


 故にティアはシティでは手の付けようがないランク一桁台のスレイヤーと同等の戦闘能力を保有しており、しかも一般人の殺人から政治中枢の重役の殺人まで犯している為、スレイヤーとしての実力は確かで東京シティの最高戦力でありながら目の上のこぶでもあった。


 ランク一桁台というのは正真正銘の怪物揃いであり、ランク一桁にもなると人間なのか超獣なのかわからない程に戦闘能力が隔絶している。


 そんなランク一桁台に匹敵する狂人ティアを、ランク33位のユウヒが倒してしまった。

 それはランクを見直すには十分な考慮素材となった。


「ということで君はランク一桁台に匹敵する実力がある。実績や経歴をかんがみても君はランク一桁台に相応しい。だから君はランク9位になる可能性が出てきたのよ」


「はあ、そうですか」


「…ふふ、君はホントに野心がないわね」


「興味がないので」


 ユウヒにとってランクとはお飾りのようなものだ。

 富やランクよりもユウヒには大切なものがあり、それを守ろうとした過程で何故かランクが伸びているだけである。


「世界にある三つのスレイヤーズ本部から承認を経て、君はランク9位になる。ここ最近のランク9位は質が悪かったからね。これもいい機会じゃないかしら」


 ランク9位は最初の一桁ランクだけあり、争奪戦がはげしかったそうだ。ナンバーズ達が一桁ランクを夢見て底辺争いを繰り広げていたのだという。

 ただランク一桁というのは大きな実績と戦闘能力が必要で、それこそスレイヤーズの象徴しょうちょう的存在である。

 だからこそシオリは改革の意志も込めてユウヒをランク9位に推奨しようと考えたのだ。


「後日また連絡するけど、あとそうだ。君さ、チーム作る気はあるかしら?」


 シオリが唐突にそんなことを聞いてきた。

 席を立とうとしていたユウヒは怪訝な顔でまた腰掛ける。


「私命令とか苦手なんですよ」


「そうなの? てっきりその辺は上手にできるものだと思っていたけれど」


「アカデミーの成績表見ます? 協調性皆無って書かれてますよ」


「それは知ってる。しかしそうか…アカデミー卒業生の引率を任せたかったんだけどね」


「それは絶対に嫌ですね。足手まとい抱えながら戦うことがどれだけリスクか知ってますか?」


 辛辣な物言いだがまさにその通りであるということはシオリも知っている。

 しかし高い教育費で育成されたアカデミー卒業生達を使い捨てにするのはよろしくないのだ。なにせアカデミー卒業生達は一人一人が高額な「人材」であり、アカデミーを通らずにスレイヤーズになった人材よりも遥かにその価値が高い。


「ま、君に押し付けようと考えるのは無駄だったかもね。ただチームの編成は真面目に検討してもらいたい。君が気に入った人をチームに編成してくれれば構わないからさ」


「生存力を高めるためですか」


「そう。君のお眼鏡にかなう人材がいれば申し出てくれ。そうしたら正式にチームを編成させよう。それと君の専属オペレーターだけど…」


「ああ、それなら間に合ってます」


 シオリがランク一桁台には必ずと言っていいほど用意される優秀な専属オペレーターの名前をげようとするが、ユウヒはそれを断った。シオリが目を丸くする。


「このスレイヤーズ本部にマオって人がいるでしょう? その人を私の専属にしてください」


「マオ…? そんな人いたかしら?」


「え、地下に住み着いてるじゃないですか。あの人すごい優秀なんで」


 ユウヒは何故シオリがマオのことを知らないのか疑問に思ったが、シオリはしばらく考えた後にはっと思い出したような顔を浮かべる。


「…いたような気がする。確かにスレイヤーズ名簿にもそんな名前が……あるね。いやでも、なんで忘れていたのかしら?」


「若年性アルツハイマーですか」


「うーん、私は記憶力に自信がある方なんだが、急に不安になってきたわよ」


 シオリはヘラヘラと笑いながらもその目は妙に深刻そうな感情を浮かべていて、ユウヒには何故物忘れ程度にそんな目を浮かべているのかよくわからなかった。








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