第7話












 超獣には名称が付けられる方が稀だ。

 超獣は日に日に異常なまでの変異を繰り返し、その容姿は昨日見たものとはまるっきり違うものになっている、ということが普通なのである。

 だからユウヒが殲滅したこの昆虫型の超獣にも名称はない。ユウヒは超獣の残骸を避けながらシシオ達の元に戻ると、シシオ達はスターショット隊の隊員達と共に歓声を持ってユウヒを出迎えた。


「すげぇよあんた! どうやったらあんだけの超獣倒せんだよ!」


「ゼラを助けてくれてありがとう…! あの子がいなくなったらわたし…!」


 スターショット隊の隊員達が興奮を抑えきれないような口調でユウヒを称えた。それらを見てもユウヒは無表情のままであった。


「スターショット隊隊長のケレナだ。ライオンハート隊とユウヒさん、あんたらには感謝しかない」


「私はただ単に超獣を倒しただけなので、で、その人超獣病の症状は平気そうですか」


 ユウヒは背負われている少女ことゼラのことを指さした。ゼラは左腕を欠損しながら超獣の体液を浴びてしまっているので超獣病の疑いがある。


「問題ない。薬はもう打ったからね。腕は残念だが…高い金を払えば生やすのも出来なくはないからね」


「ならいいです。助けたのに超獣になったりしたら後味悪いですし」


 ユウヒは自分の首に巻かれたマフラーに手を当てながらそう呟いた。


 スターショット隊は死にかけたゼラと負傷した隊員がいた為、外縁壁付近まで撤退することになった。

 その護衛のためにライオンハート隊も随伴することになり、シシオの車両に負傷者が乗せられて運ばれることになる。

 ユウヒは廃墟となった建築物の屋上を飛び移りスターショット隊とライオンハート隊の車両と併走していた。


 ユウヒが周囲の偵察を務めることを提案し、それに反対する者は誰一人としていなかった。

 既に昼時を過ぎている。ユウヒはユキから貰った弁当を食べられていないことにやや苛立っていた。

 頃合いを見て食べようと思っていたが、この戦闘で中身がぐちゃぐちゃになっている可能性は高い。

 ユウヒは走りながらため息をつき、近付いてきた外縁壁を見据えた。


『もう間もなくシティにつく。北部支部に負傷者を預け、他のスレイヤーの撤退の援護を行う』


 シシオが無線越しにそう話した。

 既に状況はかなり悪化している。新人の教育どころの話ではなく、中堅、ベテランのスレイヤー達が出撃命令を出される程に状況は悪化していた。

 殆どのチームに撤退命令が発令されているものの各地で戦闘が勃発している為、撤退出来ていないチームも多い。


「それは構いませんけど、何故こんなに超獣が対超獣結界を超えてきてるんですか」


『わからない。外縁壁の建設だけでは…の……事態に………な……………』


 シシオとの無線での会話にノイズが混じり始める。

 異常にすぐに気づいたユウヒはシシオ達が乗る車両の方を見て何の異常も起きていない事実を確認する。

 ユウヒは無線機を叩いてシシオとの会話を試みるが、無線はやがてノイズすら発しなくなった。

 ユウヒは無線の故障かと考え、シシオ達の車両に一度向かおうとするがそこで異変に気づく。

 シシオ達の車両が徐々に減速を始めて、緩やかに停止したのだ。ビルの屋上から見る限りでも隊員達がなにやら車から飛び降りて車両の様子を確認している姿が見えることから、故意に止まったようではない。


「なにが───」


 ユウヒが何気なく辺りを見回して、ビルの縁から離れた時だった。



 衝撃。



 何が起きたのか、ユウヒには一切わからなかった。


 ただユウヒの頭は冷静で、自分が「なにか」によって空中に吹っ飛ばされた、ということだけは理解した。

「パワー」タイプのユウヒは体が頑丈であり、多少の衝撃なら耐えることが可能である。しかしそんな頑丈なユウヒの全身は強い痛みを訴えていた。


 そしてユウヒの眼下ではシシオ達の車両があった場所に何かが通過して出来たような、地面が半円状に抉られた跡が存在していた。シシオ達の車両は木っ端微塵に砕け散り、そこにいた人間達も跡形もない。


 巨大な地響きと共に東京シティの外縁壁にその「なにか」が突っ込み、シティの外縁壁は数秒耐えた後に崩壊。

 外縁壁に巨大な割れ目ができて、外縁壁を突き破った「なにか」はそのまま外縁街を押し潰し、一般街にまで到達してようやく停止した。


 ユウヒはそこまでを空中に吹き飛ばされている間に認識した。そしてその間は一秒にも満たなかった。

 東京シティに存在するありとあらゆる警戒網と索敵装置が「それ」の到来を認識できなかったのも無理はない。

「それ」はユウヒにも認識できない、長距離からこの東京シティに向かって「突進」してきたのだ。


 離れた位置にいたユウヒは辛うじて生き延びた。

 ただ幸運だった。

 シシオ達の車両に戻っていたら、粉々になったシシオ達と同じ運命を辿ることになっていただろう。


 そして何よりも今重要なことがあった。


「外縁壁が……破壊された…?」


 地面に着地し、額から血を流すユウヒが見た光景は西部から外縁壁に向かって続く半円状に抉られた道と、一部が破壊された外縁壁であった。














 ****














 東京シティでサイレンが鳴り響く。

 人々が逃げ惑い、いち早く壁から遠ざかろうとした。

 渋滞に巻き込まれた車を乗り捨て、電車は運転手が逃げ出して停止し、警察官までもが外縁壁から逃れようとした。


 東京シティ中央部にある政府機関や富豪の集まる都市に人々が殺到しようとしたが、その都市を守る防壁が人々を阻む。

 人々は防壁の出入口に殺到し中に入れろと抗議活動を行うが、門が開かれることはなかった。


 外縁壁を破壊し、一般街に佇む巨大な球体はその活動を停止している。球体の表面には無数の逆立つ棘が生えていて、アルマジロのようにその生物が丸まっているということはある程度の知識を持つ人間には理解できるだろう。


 外縁壁を破壊し得る力を持つ超獣。

 人智では到底理解不能な進化を遂げた、真なる怪物。


 カテゴリー5。


 それが東京シティを突如として襲撃したのだ。




 ユウヒは念の為にシシオ達の車両があった場所を確認したが、そこに残されていたのは瓦礫の山。何もかもが消し飛んだその場所には、何も残されていない。

 シシオも、ケレナも、助けたゼラもライオンハート隊もスターショット隊も全て消えてなくなっていた。


 誰のものなのか検討もつかない肉片が瓦礫にこびりついていて、誰のものなのかわからない足首が瓦礫の隙間に挟まっていた。


 痛みも何も感じる暇さえもなくシシオ達は息絶えたのだろう。多少なりとも交流があったユウヒはギリッと歯を噛み締めてから外縁壁の方に顔を向けた。


「…姉さん!」


 そしてユウヒは衝撃でぼーっとしていた頭が徐々に覚醒していくにつれて、自分の姉が家にいたことを思い出した。

 頭を軽く叩いて耳鳴りを直すと、ユウヒは地面を蹴って外縁壁に向かって走り出した。念の為に無線を取り出して通信を試みるが、ノイズすら聞こえない。


 ユウヒはそこで外縁壁の上に設置されている対超獣兵器が停止したまま動いていないことを確認して、これは東京シティに突撃したあの超獣が起こしている電子的な妨害なのだと推測する。


 外縁壁まで辿り着いたユウヒは、破壊された外縁壁の亀裂から数多くの超獣が入り込んでいるのを確認した。カテゴリー1、2しかいないが、対超獣結界は外縁壁と連動して機能している。対超獣結界が弱まったことで強力な超獣がやってきてもおかしくはなかった。


 ユウヒは壁に群がっている多種多様な超獣達に直刀での攻撃を加え殲滅していく。外縁街に入り込もうとした超獣はあらかた殲滅したが、何匹かの超獣は街の中に入り込んでいるだろう。それに関しては他のスレイヤーに任せるしかない。

 ユウヒに出来ることはこの亀裂から侵入しようとする超獣を食い止めること。一般街で静止したまま動こうとしないあのカテゴリー5超獣をナンバーズが討伐するまでの時間稼ぎであった。


 ユウヒら外縁壁の亀裂からまた入り込もうとしてくる超獣達を睨みつけ、額から垂れてくる血液を拭うと直刀を構えた。


「ここから先には行かせませんよ」


 姉は無事だろうか。

 あのカテゴリー5がいる場所からユウヒの家はだいぶ離れているとはいえ、それだけが心配であった。

 ユキは運動神経が優れているとは言いづらいし、逃げ遅れていてもなんら不思議ではない。


 ここで撃ち漏らす訳にはいかない。

 少しでもシティ内部に超獣の侵入を許せば、ユキの身に危険が及ぶ。それだけは絶対に避けなくてはならない。

 やっと再会できたのにまた会えなくなるなんてことはユウヒには想像もしたくないとだった。


 カテゴリー2の目玉を無数に顔面に生やした大型の犬のような超獣が群れを生してユウヒに飛び掛ってくる。ユウヒはそれを斬り捨てる。

 空を飛ぶ昆虫型の超獣がユウヒに人くらい簡単に切断できてしまいそうな鋭利な翼でユウヒを切断しようと迫る。ユウヒはそれを斬り捨てる。


 超獣が襲いかかって来る。ユウヒはそれを斬り捨てる────。

 同じことの繰り返しであった。

 だがユウヒも人間であり、疲労は蓄積していく。

 何百ものカテゴリー1、2程度の超獣の死骸がユウヒ足元に散らばっていく。その死骸の放つ臭いは新たな超獣を呼び寄せ、その超獣を倒せばまた新たな超獣を呼び寄せ────。


 ジリ貧であることは自覚していた。それでもユウヒは痛む体を叱咤して戦い続けた。


『ジ─────。聞こえるか』


 今まで沈黙を保っていた無線機から唐突に声が聞こえた。そしてそれはつい先日あったマオの声であった。


「マオさん…?」


『無事だったか。君が死んだら君の姉に八つ当たりされるところだったからよかったよ。端的に情報を伝える。君はその情報を信じて、そこでもうしばらく耐えるんだ』


 ユウヒは襲いかかってきた巨大化したワームのような超獣を引きちぎりながらマオの話を聞く。


『まずユキは生きてる。今は私の研究室で匿ってる。その次にスレイヤーズの状況は最悪だ。ナンバーズが招集されカテゴリー5への攻撃がもう間もなく開始されるが、カテゴリー3の群れがこのシティに向かって迫ってきているのが確認されてる。壁の外にいたスレイヤーズ達は…まあ助からない。そしてカテゴリー3の群れが目指している場所は君が今いる所だ』


 ユキが生きていることに喜びかけたユウヒだったが、続くマオの言葉で歯を噛み締めた。群れ規模のカテゴリー3超獣ともなると、外で活動していたスレイヤー達には荷が重い。食い止めることすら出来ずに通信が通じないこの環境下で蹂躙されたのだろう。


『この無線は私がこういう事態を想定して作っておいた電子妨害を受けない亜空間通信技術を利用してる。君がその剣を手に持っている限り、どこに居ようが私とは会話できるから安心して欲しい』


「よくわかりませんが、姉さんのことを感謝します」


『礼を言うのは全てが無事に終わったあとだ。とにかく君にはそこを死守しつつ生きてもらわなきゃならない。外縁壁の修復材を運び出す準備はしているが、生憎そこのカテゴリー5が討伐されるまでは壁の補修は出来ないと考えてくれ。それから君用に趣味で作っておいた武器と支援物資を送っている。大型の超獣に有効な武装だ。上手く使いこなしてくれ』


 マオがそう言い切ると同時に、ユウヒの目の前数メートル先に勢いよく何かが降ってきた。

 鋼鉄の棺のような見た目をしたそれは地面に突き刺さっていたが、機械仕掛けの扉がゆっくり開く。

 まず目に入ったのはアームによって固定されたユウヒの身の丈より巨大な大型の大剣であった。

 背中に背負えるように大型の収納機械も用意されており、ユウヒは自分に向かってきていた超獣を蹴り飛ばしてから補給物資の元に向かう。

 大剣を背負い、手榴弾や医療キットを手に取ひ、制服に取り付けていけば瞬く間に重装備となった。


 しかしタイプ「パワー」のユウヒにはほとんど影響がない。

 ユウヒは直刀を収めてから大剣を引き抜くと試しに群がってきた超獣に向かってその大剣を力任せに振るってみる。

 刀身に取り付けられた推進装置がユウヒが大剣を振ると同時に起動し、ユウヒの力と推進装置の推力が相まって強烈な一撃を超獣に叩き込むことが出来た。

 刃はここからでも熱く感じるほどの熱量を放っているようで、この大剣に切断された超獣は切断面が焼き焦げかなりの痛みに苦しむことになる。


『使いこなせそうだな』


「これカテゴリー3用ですか」


『ああ。カテゴリー3以上ともなると強力な再生能力がある場合が多い。切断面を再生させないように焼く必要があるからその機能をつけておいた』


「最高です」


『必要な物資はすぐに送る。だが電子妨害で無人機などは扱えない。スレイヤーズの応援も期待するな。正規軍なんかは今全く使い物にならない。私もそのカテゴリー5の解析を急ぐ。死ぬなよ』


 マオはそう言うと通信を切った。

 ユウヒはマオから送られた大剣を握り直し、向かってくる超獣達を再び見据えて戦闘を再開する。











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