第6話
ユウヒは猫を被るのをやめた。
初任務だし少しは真面目にやろうと思っていた結果がこれであり、ユウヒはやはり他者は信用ならないと結論づけていた。
しかしユウヒは同時に論理的な思考もできる。今ここで人間同士で争うのはあまりにも不毛なのでシシオの言葉に乗っかってケンヤ達を殴るのはやめておいた。
殺すつもりなどハナからなかったが、ケンヤ達はユウヒの実力を垣間見てすっかり大人しくなっていた。
「人が折角機嫌が良かったのにこれですからね。スレイヤーの民度などやはりたかが知れてますね」
「キシベ本部長の話す若い世代の危機管理能力の低下というのはあながち間違いではないのかもしれない…。お前の強さを見誤るなんて」
シシオは疲れたように額に手を当てていた。
「相手の実力を見抜けないようなゴミクズを部隊に入れとくのは愚策では?」
「…若さというのはそれだけで強みだ。ものを吸収して成長する…それだけで、長期的な活動をできる可能性がある」
「それを出来る若者と出来ない若者がいるというのを知っておくといいですよ」
ユウヒが遠くで休んで慰めあっているケンヤ達を睨みつければ、ユウヒに頭を掴まれた女がビクリとユウヒの視線に身を震え上がらせていた。
スレイヤーだけあって殺され掛けてもすぐに立ち直ったのは優秀な方だ。
ユウヒとシシオ達の任務は今いる場所からの周囲の偵察だ。
カテゴリー1、2の超獣しかいないとはいえ、超獣は人智を超えた生物である。
何らかの要因で進化してカテゴリー3以上になった前例はいくつもあり、そうなる前にシティ周辺の超獣は見かけ次第排除しなくてはならない。
ユウヒは廃墟と化した建築物の屋上に立って周囲を見回していた。見渡す限りコンクリートのゾーン0は代わり映えのしない景色が永遠と続いている。
遠目に見える黒くて巨大な壁は建設途中の外縁壁であり、正規軍の輸送ヘリやら戦闘ヘリが飛び交っている様子が確認できた。
「ゾーン0はいつもこんなに人が多いんですか」
見渡せば車両に乗ったスレイヤーや徒歩でビルの合間をかけるスレイヤーの集団がチラホラと見受けられる。それこそユウヒ達が超獣と接敵する前に他の集団が超獣と戦闘している。
『普段はもっと少ない。ここは西部だけあって初心者の研修には向いてないからな。本来南部の方が人が多いが、それでも今日は多い』
無線越しにシシオがそう話す。
スレイヤーズの間では東京シティ周辺のエリアは大体が北部、西部、南部の呼称が定着しており、その中でも北部と西部は危険な部類である。
というのも、旧埼玉方面には現在カテゴリー4以上の超獣が縄張りにしているエリアが存在していて、時折カテゴリー4や5から縄張り争いに負けて逃げてきたカテゴリー3が北部と西部のゾーン0に出没することがあるのだ。
それ故に北部と西部は危険であり、ユウヒが西部に向かって壁を伸ばすことに懸念を抱いていた理由でもある。万が一カテゴリー5を刺激したら目も当てられない事態になりかねないのだ。
「…11時の方向距離300にこちらに向かってくるカテゴリー1程度の超獣五体。形状的にグール種ですね」
索敵をしていたユウヒが視界に超獣を捉える。
それを聞いたシシオは即座に動く。
『他に急行してきそうなスレイヤーがいないようならいくぞ』
「他のスレイヤー達も超獣と戦闘中ですね。あれに対処できるのは私達だけでしょう」
『わかった。向かおう。お前は好きにしてくれていい』
シシオがユウヒの立つ廃墟のビルの真下で展開して偵察を行っていた隊員達に指示を出し、ユウヒの指し示したポイントに向かう。
ユウヒは命令されるまでもなく既にビルの屋上を飛び移りながら移動を開始していた。ユウヒはゾーン0の様子に違和感を覚えていた。
「…超獣の数が多い」
ゾーン0に初めて来たユウヒが違和感を抱く程度にはあちらこちらでスレイヤーと超獣の戦闘が発生していた。念の為にシシオに報告しておく。
「超獣の数が多いです。殆どのスレイヤーが超獣と戦闘中です」
『……今確認した。同じような報告が共用無線にも寄せられてる。恐らくは…』
「壁の建設の影響、ですか」
『そうだろうな』
この異常事態は間違いなく外縁壁建設の影響であった。あれだけ大規模な作業に超獣が刺激されない訳がなく、ゾーン0に集まってきている可能性が高い。
「…接敵します」
ユウヒは一度話を区切り、自分で発見した超獣の真上に到着するとそのまま自由落下を行う。そしてそのまま真下にいた超獣の一体を鞘から抜刀した直刀で縦半分に切断した。
ユウヒが接敵した超獣は人型の超獣であった。灰色の雑巾を絞った時のような体表をしていて、体の一部が肥大化し、顔面に当たる場所には濁った眼球が蓮の実を連想させるような形で生えている。
「人間の成れの果てか」
ユウヒはそう呟くと残っていた超獣の一体に向かって走り出し、その勢いで超獣の首を一太刀の元に跳ねて、ユウヒの真横から肥大化した腕を振り上げながら襲いかかってくる超獣に体を翻して回し蹴りを叩き込んだ。
ユウヒの蹴りを側頭部に食らった超獣は頭に砲弾でも命中したのか、という勢いの元に頭部を破裂させ慣性に従って地面を滑りながら息絶える。
残り二体。
二体同時にゾンビ映画に出てくるゾンビのような緩慢な動きで超獣がユウヒに襲いかかってくる。
ユウヒは直刀で片方の超獣の前に突き出された両腕を切断した後に、障害物がなくなって無防備になった首を跳ねた後に、その超獣の頭を掴んでもう片方の超獣の顔面に向かって頭部を投擲した。
頭部を顔面に受けた超獣は頭部を破裂させ、突き倒されたかのように地面に倒れて動かなくなる。
十数秒にも満たない戦闘であった。
「……」
ユウヒは倒した超獣の傍らに歩み寄るとその胸元に張り付いているタグを見つけてそれを強引に引きちぎり、タグに付けられた名前を見てみる。
「スレイヤーズ所属 アキバ・カナエ」と書かれたタグは、この超獣が元人間であることを裏付けていた。
「…終わっていたか」
シシオが遅れて到着したが、ユウヒが五体の超獣の傍らで佇んでいる様子を見て冷静にそう呟いた。
後ろの隊員達も驚いたような様子でユウヒを見ていた。
「カテゴリー1のグール程度、単独でも余裕でしょう。カテゴリー2からは話が変わってきますが」
ブーツに着いた返り血をその辺の瓦礫に擦り付けながらユウヒは話す。
グール、というのは超獣の一種だ。
最大の特徴として、「元人間」の超獣である。
超獣の体液は人体に有害であり、超獣の体液が傷口などから血管内部に侵入すると高確率で「超獣病」を引き起こす。
発熱、吐き気などの初期症状、嘔吐、吐血の中期症状の後に最終的には体が強引に作りかえられてこのグールへと変貌する。
グールは超獣の中では最弱に等しいレベルで弱い。だからカテゴリー1に割り当てられている。
「カテゴリー1とは言え集団だ。…どうやらお前より後ろの隊員の育成に専念した方が良さそうだ」
シシオはやや疲れ気味の顔でそう話し、隊員達がぎょっとした様な顔でシシオのことを見ていた。
『各員に通達。大規模なカテゴリー2の群れの出現を確認。座標は西-G-5。スターショット隊が応戦中。付近のスレイヤーは速やかに援護に迎え』
そこにいた全員の無線からそんな声が聞こえてくる。スレイヤーズ本部から送られてくる司令部からの命令であった。
普段任務の段階で介入してくることは滅多にないが、有力な部隊が危機的状況に陥ったり、緊急事態が発生するとこの様に司令を出してくる。
しかし今流れたその内容は信じ難いものだった。
「だ、大規模なカテゴリー2の群れ…? やばくない?」
隊員の一人が不安気な声を漏らす。
超獣が群れを形成することは珍しい話ではないが、ゾーン0に限った話では珍しい出来事だ。
ゾーン0は超獣が苦手な対超獣結界が展開されている為、超獣の数そのものが少ない。だから群れを生しても片手で数えられるほどの数でしか群れることはない。
それが大規模。スレイヤーズの教え通りであるなら百体以上の超獣が群れを形成していることになる。その脅威度はカテゴリー2では収まらないだろう。
「…いくら何でも超獣の数が多すぎる」
シシオが怪訝な顔でそう呟く。
それにはユウヒも同意した。明らかにゾーン0に出没していい超獣の数を超過していた。
「カテゴリー4以上がゾーン0の近くに来ている可能性がある。本部も既に偵察機を飛ばしていそうだな…。…今は援護に向かおう。すぐに離脱できる位置を確保しつつ、スターショット隊の応援に向かう。生憎我々の位置は一番近いようだ」
シシオがそう言えば部隊全員に緊張感が走る。
ユウヒも気を引き締め直しつつ、何処か嫌な予感をひしひしと感じながらカテゴリー2の群れへの対処へと向かうことになった。
****
「どうなってる!? ゼラはどうなった!?」
スターショット隊の状況は酷かった。
スターショット隊隊長のケレナは若い女性ではあるもののランク3000位台のベテランである。
そんなケレナの目の前の視界の殆どは「虫」で覆われている。
虫と言っても小さなものではなく、人並みに巨大な蟻とクワガタを足して二で割ったような見た目の超獣の群れであった。
最初こそは数が少なかったはずなのにその数は戦っているうちにどんどん増えて、気がついた頃には手の付けようがないほどに強大な群れとなっていたのである。
『助けて、助けて隊長!! いっ!! ああああああッ!!』
無線から悲痛な少女の叫び声が聞こえてくるとそれ以降何も聞こえなくなってくる。はぐれた今日アカデミーを卒業したばかりの少女がこの超獣の群れに飲み込まれたのだ。
生存は厳しいだろうし、遺体の回収も不可能だ。そもそも自分たちが生還できる可能性の方が低い。
「このクソッタレ共がッ! 撃て! 撃ちまくれ!! 能力を出し惜しむな! マジックとモッドを使える奴らは使っていい!」
「た、隊長、弾薬がつきます!!」
「弾がなくなったら近接武器でどうにかしろ! 生憎ここは廃墟の中だ! 奴らが入れる場所は限られてる!」
耳障りな超獣の鳴き声が辺りに満ちている為、ケレナ達は大声で話すことを余儀なくされている。
ケレナの咄嗟の判断で廃墟に逃げ込んだが、逃げ出すことは出来ないし、超獣が入る場所を制限出来ただけで状況の打開には繋がらなかった。
どうにかしないと不味いとはわかっていても今は応援が来るまで耐えることしか出来ない。
既に隊員の中から死傷者が少なからず出ている事実も絶望的には違いなかった。
『こちらライオンハート隊。スターショット隊、状況はどうなってる?』
そんな時、ケレナの無線からそんな声が聞こえてきてケレナは慌てて無線をとった。
「こちらスターショット隊! かなり不味い状況だ! 死傷者が出ていて、こちらは廃墟に篭城して身動きができない!」
『応援に向かう、もう少し耐えてくれ………。あとそっちにうちの隊員の一人が────』
ライオンハート隊の隊長が何か言おうとした時だったか、その声は激しい衝撃音によって掻き消された。
見れば廃墟の入口に群がっていた昆虫型の超獣達が跡形もなく粉々になっており、入口に一人の少女が立っていた。
スレイヤーズの制服を着ていることからスレイヤーズであることはわかる。
片手に剣を持ち、空いた左腕で先程はぐれたはずの少女…ゼラを抱えている。そして何よりゼラは左腕を欠損しているものの生きていた。
「スターショット隊ですか」
「……え、ええ」
「助けに来ました。もう少しここで隠れてるといいでしょう」
女はそう言うと気絶しているゼラをケレナに押し付けるように預けると再び廃墟の外へと飛び出していく。
ケレナが慌てて引き留めようと咄嗟に入口に駆け寄ったが、そこには大量の超獣の残骸が散らばっていた。
あれだけいた超獣の群れは嵐が通り過ぎたのではないかという勢いで数を減らしていて、それをこなしているのが一人の少女であるという事実にケレナは絶句することしかできなかった。
「……援護するぞ。援護だ! 急げ!!」
しかしケレナもベテラン。状況が優勢になったことにより少女を援護するという判断をとった。少女の登場でスターショット隊の士気は有頂天に達しており、少女が取り残した超獣の残党を部隊でしとめていく。
「獲物がいなくなるぞ! ユウヒに続け!」
シシオもその状況を見て隊員達に向かって声を張り上げた。ライオンハート隊にも既にユウヒに対して恐怖や嫌悪を抱く者は一切居ない。今となっては尊敬の感情しかない。
「俺、やべえことしたのかもしれねえな…」
ケンヤが射撃武器で超獣に攻撃を加えながら涙目でそう呟いていた。ケンヤのその言葉に、ユウヒに絡んだ数人のライオンハート隊の隊員達は同意せざるを得ない。
「ナンバーズ所じゃない、下手したら一桁ランクにも行けるんじゃないか…?」
「あたし頭潰されるかも…でもユウヒさんカッコイイし本望かも…」
「さっきの見たか!? 取り残されてた女の子のとこに突っ込んで助けてたぞ!?」
思考するもの、惚れるもの、驚愕するもの……それだけユウヒは圧倒的な力を振るっていた。
明らかにアカデミー卒業生とは思えない鋭い剣技と体術、「パワー」と「スピード」を存分に生かす反射神経と運動神経の高さ。
明らかに熟練のスレイヤーよりも遥か上を行っているその技量は天性の才能であり、ユウヒが十年間ある人物のもので鍛錬し続けていた努力のお陰でもあった。
明らかにその場にいるスレイヤー達とは格が違い過ぎた。だからこそ最初はあまりよく思っていなかったスレイヤー達は、ユウヒの実力を目の当たりにして手のひらを返したのである。
しかし当然だが、ユウヒにとってそんなことはどうでもいい事だった。他人が自身のことを受け入れようが、ユウヒは別に他者を受け入れるつもりは一切ない。
「これで最後」
ユウヒは群れを生していた超獣の最後の一体を直刀で切断し、超獣の体液が着いた直刀を振るって体液を落とす。
「…にしても凄いですねこの武器。これだけ雑に使っても壊れない武器は初めてですね」
ユウヒはカーボン調の黒い刀身と鋭利な刃を眺める。
それなりに骨などを力任せに斬ったつもりだが、刃こぼれひとつしていないし、刃が潰れてもいない。
カテゴリー2の大規模な群れを単独で殲滅した事よりも、ユウヒはマオから貰ったこの直刀の性能の良さに喜んでいた。
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