第5話
ユウヒはスレイヤーズ本部に一人でやってきていた。
ユキは家にいる。ユウヒの為に朝から弁当を作ってくれたのでユウヒの今朝のテンションは高い。
ユキは戸籍を持っていない。それも当然で十年前に死亡した事になっていたし、昨日に至るまで十年間その姿すらなかった。
結果的にユキは働くことが出来ないので結果的にユウヒの家に居候することになる。ユウヒとしてはユキが十年間の間に経験したことを踏まえればユキを養うのは自分の責任であると考えていた。
スレイヤーズの本部前の広場に多くの人が集まっていた。
それらが全てスレイヤーであり、アカデミーで見た顔も見かけたことから比較的新参者が集められているということは察した。
ユウヒは昨日マオから貰った直刀の収まった機構鞘が後ろ越しにしっかり装着され、セーフティがかけられているのを確認するとその集団の一番後ろに立つ。
「ユウヒ様、おはようございます」
そんな風に気配を消して立っていたところをマサダに声を掛けられる。
ユウヒ、という名前を聞いたスレイヤー達が何人か振り返り、見定めするような目でユウヒのことを見てきた。
アカデミーで見た顔を知るスレイヤーなんかには嫉妬の混じった目で睨みつけられている。
ユウヒはそのような視線には慣れていたのでそれらを無視してマサダに返事をする。
「おはようございます」
「ユウヒ様にはランク384位のシシオ様のチームに一時的に加入して貰います。カテゴリー2以下の超獣との戦闘にしかならないとは思いますが、彼から指導を受けてください」
そう言うとマサダは隣にいる筋骨隆々の大男を紹介した。シシオは無愛想な顔でユウヒのことを見下ろしている。印象は悪いがすっとユウヒの前に差し出された硬そうな手のひらには悪い印象は受けなかった。
「…シシオだ。ライオンハート隊の隊長を務めている」
「ユウヒです。こちらこそよろしくお願いします」
ユウヒはシシオの手を握り返す。
シシオはどうやら口数の少ない男のようだ。
「シシオ様はカテゴリー3超獣の襲撃から部隊全員を生還させた実績をお持ちです。今回の作戦で最も安定したチームのひとつと言えるでしょう」
「そんなに私を死なせたくないんですか」
「キシベ本部長は優秀なスレイヤーが高い生存能力と判断能力をお持ちになることに期待しています。ユウヒ様は上層部からも一目置かれているので手厚い保護がなされているのでしょう」
「へえ」
マサダからの説明を受けたあとはマサダと別れ、ユウヒはシシオの後についていく。
歩きながら周りをある程度見回していたユウヒだったが、その殆どが若い女性であった。
十年前の戦争で人類の9割が絶滅し、戦争に駆り出された男性がほとんど死んでしまったことからシティ内の人口比率は女性に片寄っている。
九年前にベビーブームが発生して人口はこれでも増えた方なのだが、人口が増えすぎると今度は土地と食料問題が発生してくる。
正規軍が領地を拡張したがる理由も多少はわかった。
無言なシシオの案内で広場の一角に辿り着くとそこには数名の男女がいた。とは言ってもここも女性人口のが多いようだ。
「戻ったか。…そいつが例の?」
「ああ」
男がまじまじとユウヒのことを眺めてくる。ユウヒは無表情のままだが念の為にそこにいる者たちに名前を告げておくことにする。
「ユウヒです。どうぞよろしく」
「噂は聞いてるが首席だからってあまり調子に乗らないことだな。
「ちょっと、ケンヤ。あんまり強く言っちゃだめよ。ごめんね…彼ちょっと今気が立ってて…」
調子に乗った覚えなどないがケンヤと女性に咎められた男はユウヒに吐き捨てるようにそう言い放つと、そっぽを向いて広場にあるベンチに腰掛けていた。
「私は新参者ですので仕方がないでしょう」
が、ユウヒにはどうでもいいことだ。
男が気が立ってる理由など興味などない。自分に関わろうとしてくれなければただ事務的に対処するだけだ。
広場にスレイヤーの多くが集まっていたが、別にお偉方の演説があったりするわけではない。
重要な任務ではないし、比較的安全な任務である為そんなことをする必要性は皆無なのだ。
ただ単にここに集まったのはチーム同士の待ち合わせと精々あるのは任務の説明程度の意味しかない。その任務の説明もほとんどが携帯端末などで済まされる。
シシオの大型軍用車両にライオンハート隊の隊員10名とユウヒが乗り込むと、車両は外縁壁に向かって走り出した。この軍用車両は軍用トラックに改装を施したものであるようで、簡易的な装甲板や重火器型のASWが搭載された銃座が設けられている。
「
助手席に座るユウヒに、運転するシシオが端的にそう聞いてきた。ユウヒはその問いに「一度もありません」とだけ答える。
「カテゴリー2以下しか出ないエリアだが…油断はするな」
「年間のスレイヤーの死傷者数を見れば最も人を殺してるのはカテゴリー2。その殆どの死因が集団で襲われたか、休憩中に奇襲されたか、でしたね」
「そうだ。カテゴリー2と言えど簡単に殺される…。一昨日、隊員の一人が油断して殺された」
「お気の毒に」
シシオは無愛想な顔でそう告げてくる。
ユウヒは顔を知らない人間の死になど興味はなかった。
「超獣は超獣だ。…依然として人類が勝てる見込みはない。”結界”のお陰でシティ周辺の超獣は弱い個体しかいないが、カテゴリー3以上もたまに姿を現す…。そうした場合、新米スレイヤーはただ蹂躙されるだけだ」
「……」
超獣の脅威をユウヒはよく知っている。
何せ何度か戦っているからだ。
先輩スレイヤー達が口酸っぱく「油断するな」というのは、ある意味ではお決まり文句のようなものな。
新米スレイヤー達はランク上位を目指して無茶な戦いや意味のない功績を残そうとして死んでいく。
スレイヤーズとしては貴重な人的資源が無駄に損耗されるのは快くないのだ。
「みんな、お前には期待してる。だから俺も、俺達も、教えられることは全部教えるつもりだ。…不服かもしれないが俺の命令には従ってくれ」
シシオはそう話した。
どうやらシシオはユウヒの実力が如何程なものか見抜いているようで、その上で自分の命令に従うように「お願い」しているようだ。
やはり、悪い人間ではないようだ。
「構いません。好きに使ってください」
「…恩に着る」
ユウヒは経験が少ないことを自覚している。
実戦経験は豊富な方だが、壁の外、
ユウヒは迫ってくる巨大な壁を見上げながら、初めての任務に面倒くささを抱くのであった。
****
外縁壁の外、超獣によって人類が居住することが出来なくなってしまったエリアをそう呼称する。
スレイヤーズが最初に定めた名称で、今となっては全世界の共通の呼び名となっている。
スレイヤーズの主な任務は
シティの外縁壁から十五キロ離れた程度のエリアは比較的安全で、そこは「ゾーン0」と呼称される。シティから離れるほど「ゾーン1」、「ゾーン2」とエリアの呼称が変化していく。ゾーンの数値が上がるほど危険になるという認識で間違いない。
ゾーン0は比較的安全、とされているがそれは外縁壁が発する「対超獣結界」のお陰でありこの結界の範囲は半径十五キロ程度で、直径が三十キロのシティは完全に覆われ、外縁壁から
この結界は万能ではなく、弱い超獣には効力が若干少なく通り抜けさせてしまうことがしばしばある。
強力な超獣には効果が高い為、シティ周辺が新米スレイヤー育成に用いられる主な要因となっていた。
が、強力な超獣であってもこの結界を素通りすることがあり、ごく稀に強力な超獣がゾーン0にやってくる事象もあった。
が、今回はそのような心配はあまりない。
ゾーン0での任務と、正規軍が周辺を張っていることからやや強力な超獣が出没したとしても出没数が少なければすぐに対処されるだろう。
正規軍の装備はスレイヤーズよりも強力なものが多いため、肉薄される前に仕留め切ることが大半のようだ。
朽ちたアスファルトの上をシシオの車両がゆっくりと走っていく。ユウヒは傍に見える廃墟と化した高層ビル群を眺めながら、
「…超獣の危険度は知っているな?」
シシオが唐突にそう尋ねてくる。
一般常識を尋ねてくるというのは珍しいが、認識が誤っていないことを確認するのには打って付けの質問だ。
「カテゴリー1から5まで存在し、特例としてカテゴリー6が存在する。数字の値が低いほど弱く、高いほど対処が困難になる。カテゴリー1は武装した大人であれば倒せる程度で、カテゴリー5になるとシティの存続自体が難しい、でしたか」
「詳しいな」
「一般常識ですし」
超獣には「カテゴリー」と呼ばれる独自の危険度が設けられている。カテゴリー1が最も弱く、カテゴリー5が最も高い。
カテゴリー1は一般人の大人がある程度武装していれば対処可能で、カテゴリー2は訓練された特殊部隊が対処可能な強さとされている。
カテゴリー3ともなると生身の人間では対処不可能で、戦車が数台存在する中隊規模での軍事行動が必要になる。
カテゴリー4以降になると人類の科学力では対処不可能と言っていい。
カテゴリー5など出現した日にはシティそのものが滅ぶ。
実際にカテゴリー5に滅ぼされたシティはいくつか存在しており、対超獣結界が普及してようやくカテゴリー5からの被害がほとんどなくなったのだ。
「では”狂人”については知ってるか」
「”狂人”?」
「…アカデミーで習う範囲ではないな」
狂った人、という意味なのだろうがシシオの口振りではまるでそれが個人のことを指すような意味合いに聞こえた。
「半年程度前から東京シティに姿を現した指定危険犯罪者だ。…残念なことに東京シティの戦力ではあの女を止められない。ナンバーズ以上…一桁ランクの実力がある狂った殺人鬼だ。出会わないことを祈るといい」
シシオはその無愛想な顔をそこで初めて「狂人」なる人物のことを考えてなのだろう、忌々しそうに歪ませていた。
「ランク一桁クラスの実力の犯罪者とか手の付けようがなさそうですね」
「自分より弱いやつに興味がないのがある意味では救いだ。強いやつは目を付けられる。気をつけるんだな」
「……」
ユウヒは心底嫌そうな顔を浮かべていた。
しばらくすれば車両が路肩に停止し、シシオが「ここから先は徒歩だ」と部隊全員に声を投げかけた。
いよいよ車両で行動するには危険なエリアに突入するようだ。
ユウヒは助手席から扉を開けて飛び降りると、後ろ腰にぶら下がっている直刀の安全装置を解除していつでも抜刀出来る状態にしておきた。
ライオンハート隊の隊員達はユウヒのことを遠巻きにている。その雰囲気からあまり自分達の輪にユウヒを入れたくないというのは明白で、ユウヒのことを理解しているのはシシオだけなようだ。
「なんだその武器? 何処のメーカーだよ」
遠巻きにしている隊員達もいるが、ユウヒに自分の立場をわからせたいと考える隊員達もいる。
そんな言葉をユウヒに投げかけたケンヤが筆頭だろう。
ケンヤは飾り気のないユウヒの腰にぶら下がっている直刀を指差して、鼻で笑い馬鹿にするような口調でユウヒにどうでもいいことを尋ねてきた。
「知り合いから譲ってもらったんですよ」
「メーカー品じゃないのかよ。すぐ壊れちまいそうだな」
「変に爆発したりしないよね?」
「ASWがタダとか首席サマは気楽で良さそうだなあ〜」
ユウヒは表面上取り繕って、何処かチャラチャラした態度の若手のスレイヤー達を凌いでいる。
表面上取り繕っているが、ユウヒは真面目そうに見えて沸点が低い。既にかなり苛立っていた。
「それちょっと持たせてよ」
ケンヤと共に来た女の一人がユウヒの直刀に手を伸ばそうとした。
女の手が直刀の柄に触れそうになった瞬間、ケンヤ達の目の前からユウヒの姿が掻き消えた。
ケンヤ達の前に残されたのは何かが高速で移動して舞い上がった塵だけで、ユウヒの姿はどこにもない。
「は? え?」
ケンヤ達はニューだ。
その中でもケンヤは「センス」という反射神経や五感を強化するタイプのニューであり、相手がどれだけ高速で移動しようが反応できる自信があった。
しかしケンヤはわからなかった。
ユウヒが自分達の目の前から「移動した」という事実を認識できなかった。
そしてそのユウヒはと言えば、ユウヒから直刀を奪おうとした女の背後にいつの間にか立っていて、その片手のひらで女の頭を鷲掴みにしている。
ユウヒは蛆虫を見下すかのような目を浮かべてケンヤ達のことを睨みつけていた。
「このまま頭を握りつぶされるか、地面に這いつくばって泣いて謝るか選んでください」
ユウヒはあまりにも冷たい口調で女に向かってそう言い放った。その手に込められた力には確かに自分の頭を粉砕するだろう握力が込められていることが、頭を掴まれている女には理解出来た。
「待て、ユウヒ。そいつらは若い。怒るのは当然だが許してやって欲しい」
車に迷彩を被せる作業をしていたシシオが作業を中断して慌ててユウヒとケンヤ達の元に駆けつける。
ユウヒはシシオのことを一瞥してから女の頭を離す。
女は荒い呼吸をしながら地面に尻もちを付き、死に直面したことによる激しい動機を何とか抑えようとしていた。
「新人いびりなら別の人間にやるべきでしたね…このゴミクズ共が」
ケンヤ達はある意味でスレイヤーズアカデミー首席卒業のユウヒというのを真に受けていたのだろう。
これだけの称号をぶら下げているのだから、ユウヒは真面目ちゃんで弄りがいのある人間に違いないと。
が、それは間違いであった。
ユウヒは実力と頭脳だけで首席になっただけで、素行自体はよろしくない。
協調性など全くなく、敬語で話すように心がけているようだが、素の口調はとてつもなく悪い。自分のパーソナルスペースに踏み込もうとしてきた輩には容赦なく暴言を吐きつけ、場合によっては実力行使も辞さない、真面目の皮を被った不良なのである。
スレイヤーズアカデミーでもユウヒに対する性格評価は「非常に排他的で人間関係を築きたがらない」であった。
ユウヒは非常なまでに短気で、非常なまでに交流を嫌う、どうしようもないまでに排他的で協調性のない実力と頭脳だけでスレイヤーズアカデミー首席になった人物なのであった。
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