第4話










 念のためにマサダに一言声をかけてからユウヒがユキとマオに案内された場所は、さらに地下であった。

 おそらく関係者のキーカードがないと立ち入ることが出来できないだろうこのエリアが地下何階なのかユウヒには検討も付かない。

 しかしマオがそのキーカードを持っていた事からマオがスレイヤーズの関係者であることはさっした。


「マオさんは……何者ですか?」


「…大したやつではないよ。私はスレイヤーズ東京支部所属のただの研究者だ。とは言っても普段の仕事はないし、無職の引きこもりと思ってくれても差支さしつかえはない」


 こんな幼い子供が研究者だなんてすえだ、とユウヒは思ったが口にはしない。少なからずユウヒはマオに感謝の念をいだいていたからだ。

 ユキの話によれば、マオはユキが研究施設から逃げした時から世話せわいてくれているようで、外縁街にあったユキの隠れ家を用意したのもマオだと言う。

 マオはユウヒにとって姉をささえてくれた恩人であった。


「マオちゃんには本当に色々世話になったのだ。色々ね」


「そうなんですか。感謝しかありませんね」


「……ここだ」


 白く清潔な人気のない廊下を歩くこと数十秒。

 マオは一つの扉の前で足を止めて、何故か覚束無おぼつかない手つきで扉横の端末にキーカードをかざした。


 扉が横にスライドして開かれる。


 ユウヒが廊下から室内を眺めてみると、まず視界に入ってきたのは床に散乱した本や紙、何に使うのかわからない機械、食べかけのポテチだった。


 それだけならまだしも、研究で使うのだろうと思ったPCの傍らにはゲームで使うコントローラーやゲーム機が鎮座ちんざしており、その上にはゲームソフトが山積やまづみになってかれている。


 元々は応接のために置かれていたのだろうソファの上には白衣がぎ捨てられていて、ソファの前にあるローテーブルの上には山積みになった紙のたばが放置されている。

 部屋の片隅にはベッドが設置されており、その上にはノートPCやらスマートフォンやらタブレットやらが放置されていた。


 ユウヒはマオに感謝の念をいだいていたつもりだが、その光景をたりにしたことによりそれが霧散しかけた。


「…ここってスレイヤーズ本部ですよね」


「そうだな」


「そしてここは元々は研究室ですか」


「そうなるな」


「私物化してませんか」


「かもしれない」


 マオは否定も肯定もせずに部屋の中に入り、ユキがその後に続き、ユウヒが眉をしかめながら最後に部屋に入る。


 室内は物がらかっているだけで意外と広い。マオに案内された隣の部屋は比較的清潔にたもたれていて、そこにはユウヒには理解できない様々な設備がある。


「君のことはユキから聞いてる。会うたびに自慢してくるから否応いやおうでも認知してたよ」


「自慢の妹を自慢してなんか文句あるのだ?」


「疲れる」


「あとでおぼえておくのだ」


「…そんなことだからスレイヤーズに登録されていた勝手に君の生態情報を拝借はいしゃくして適当に武器を作ってある。ここにあるから持っていくがいい」


 マオは部屋の手術台のようなスペースに乱雑に置かれていたケースを開くと中のものをユウヒに見せた。


 そこにあったのは片刃の直刀であった。

 シュヴァリエ・シュペーの展示場で見たようなはなやかさとか見栄みばえの良さが一切ない、シンプルな直刀。

 しかしこの武器からは妙な威圧感を感じさせる。ユウヒの直感がこの武器の危険性を察知していた。


 ユウヒがつかにぎり、その直刀を手に取ってみる。おおよそ一般人では持つことが不可能な重量を感じるが、ユウヒからしてみるとしっくりくる重さであった。


 そう、「しっくり」きたのだ。

 ユウヒは今までどんな武器を持っても満足したことは一度もなかった。どうせこれらの武器はユウヒの力にれずに壊れるか、使い捨てであるとユウヒは割り切っていた


 だが、この武器は違う。

 明らかに手に。持っただけでこの武器が自分のためだけに存在しているのではないかと錯覚するほどに馴染んだのだ。


「名前はない。型番もない。複雑な機能もない。この世界に存在する最初で最後の一本だ」


「マオさん、貴方何者なんですか?」


「副職で研究者をしているただの引きこもりだ」


 マオはユウヒの賛美の視線を浴びて少しだけ得意気な顔を浮かべたが、すぐにいつもの八の字眉のこまったような顔に戻る。多分その表情がデフォルトなのだ。


「…そいつにはカテゴリー5の血液と骨髄、外骨格が素材に使われてる。頑丈さと切断力だけは比較対象がない程に高い」


「カテゴリー5…? そんなものの素材何処で」


「企業秘密だ。だが君ならそれを扱えるだろ」


 マオは研究室に置かれていたビーカーに氷をぶち込み、色黒の炭酸水をそそぎながらそう話した。

 マオが恩人と言う枠組わくぐみから得体の知れない人物という評価になりつつあるユウヒだが、ユキが紹介してくれた人物だ。それなりの信用はある。

 ユウヒも説明する意義を感じないと説明を省略するくせ多々たたあるのでこればっかりは文句は言えなかった。


「これいくらなんですか。スレイヤーズから補助金出るとはいえ多分払えなさそうなんですけど」


「金ならいらない。それを作ったのは趣味みたいなものだからな」


「…そういう訳には」


「金銭には興味がないんだ。いらない程あるからな。君が気にする程度のものではない。それでも気にするならりを一つ、ということにしておけばいい」


 ユウヒの金銭感覚にくるいがなければ、この直刀はシティの全予算をもちいてようやく制作できる程のASWである。

 それを趣味で作ったなんてこの少女はどれだけの財産を保有しているのか、という話になるがスレイヤーズ本部の一室を私物化している時点で只者ただものではないのだろう。


「あとそいつは定期的なメンテナンスがいる。大体一週間程度で一度は私のところに来るといい。このキーカードを渡しておくよ」


「ああ、はい」


「ただ私のところに来る時は必ず一人で来るように。ユキなら別に同行してきても問題はない」


 マオはユウヒにキーカードをわたしながら念を押すようにそう話した。

 とは言っても誰かれていく予定は今のところないし、それ程したしい人間が数いる訳でもないので未来永劫一人で来ることになりそうだ。


「後はそうだな…。何かほかに必要なものがあるなら商業区画で買え。残念だがその刀以外は用意してない」


「そこまでしてもらう訳にもいきませんよ。これだけで十分助かります」


「ならいい。必要なASWがあったら用意するからいつでも声をかけてくれ」


 マオはそう言うと「じゃあ私は光の戦士になって世界を救ってくる」と言って隣の部屋に戻って行った。

 ユウヒには意味がよくわからなかったが多分ゲームのことだろうなとさっしてあきれたようにため息をついた。


「じゃあ姉さん、軽く買い物をして帰りますか」


「そうするのだ」


 ユウヒとユキはマオの部屋を後にして、商業区画で買い物をすることになったがそこでシュヴァリエ・シュペーの店員が泣きそうな顔を浮かべながら「うちの店の商品をどうか!」と懇願してきたので、ユウヒは同情心からシュヴァリエ・シュペーで買い物をし、スレイヤーズ本部をるのであった。






 ユウヒの家は一般街と呼ばれる東京シティでは最も面積の広いエリアにある。

 安くもなく、高くもなく、最も近くのモノレール駅が歩いて十五分という微妙な位置にあるマンションの一室にユウヒはんでいた。


 アカデミーを首席で卒業したランク1000位の将来有望過ぎるスレイヤーだけあり、高級物件への勧誘や上流階級からの護衛としてのスカウトはえない。


 帰りぎわにマサダから明日から早速任務に当たってもらうむねの話を聞かされていたので、早い所レーションでも食べて寝ようと思っていたが、コンビニでレーションを買おうとした所でユキがそれを止めた。


 ユキはユウヒが生活に無頓着なことをそこで初めて知ったようで、ジャージの腕裾うですそめくりながら「ユキさんが料理を作ったるのだ!」と意気込んでスーパーで買い物をして帰宅することになった。


 そうして食卓にならんだのはハンバーグであった。

 東京シティにおいて「肉」「魚」といったものは高級食材である。

 超獣の発生でそのほとんどが絶滅しており、通常的な個体は確保出来た数頭のみをなんとか繁殖させたため、希少で高価なものになったのだ。


 だからこのハンバーグに使用されているひき肉は人工肉か、もしくは超獣の肉である。

 超獣の肉自体はシティ内に普及しており、東京シティの大半が食べられるのわかったら醤油と白米でなんでも食べてしまう「日本人」なのもさいわいして受け入れられてはいるものの、海外のシティなどではこの超獣肉はあまり受け入れられてはいないようだ。


「姉さん料理できるんですね」


「経験の縄ものなのだ」


「それを言うなら”たわもの”ですね」


 ユキがパンと手を合わせて「いただきますなのだ」と言ってハンバーグを食べ始める。

 ユウヒもユキが作ったものなのでなんの嫌悪感も抱かずにフォークとナイフでハンバーグを一口サイズに切って、それを口の中に放り込んだ。


「……美味しい」


 ユウヒは驚きのあまり心の底から出た感想が口から漏れ出てしまっていた。

 超獣肉は牛や豚といった家畜肉と比べるとやはりおとる。しっかり処理されていたとしても、旨味などは感じられない肉っぽい肉のような姿をした変な食べ物、という感想がいだかれる。


 が、ユキが味付けしたこの超獣肉からなるハンバーグにはしっかりとした「味」があった。

 デミグラスソースと絡み合った肉から漏れ出たしるが旨味に深みを生み出し、適度に焼かれた肉は舌の上でけて行く。


 あの堅くて大して美味くない超獣肉がここまでの変貌をげたことにユウヒは驚いたのだ。


「昔からゆーちゃんはハンバーグ好きだったのだ。記念に作ってみたのだけれど、気に入ってもらえたなら良かったのだ」


 ユキはにんまりと笑みを浮かべながらそう話す。

 そう言えばそうだった。

 十年前、まだ幸せだったあの時。自分はハンバーグが好きで誕生日の時なんかよく姉に強請っていた。玉ねぎがじったホロホロと口の中でくずれるあのハンバーグが好きだった。


 いつから忘れてしまっていたのだろう、この懐かしい味を。


 ユウヒは目頭を手で押えてうつむく。

 折角ユキが作ってくれたハンバーグの味にしょっぱさが混じる。そんなユウヒにユキ優しく、母のような笑みを浮かべながら言葉を投げた。


「ただいま、ゆーちゃん」


「…おかえりなさい、姉さん」


 二人はただの姉妹に戻ったのであった。

 何処にでもいる、ただの仲のいい姉妹に。








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