第77話 素直に

 買い物袋をぶら下げて玄関のドアを開けると、ツンとデレが並んでナア、と出迎えてくれる。

「ツン! デレ! 来い!」

 2匹の前にひざまずいて両手を広げる明翔へとそろって飛びついた。


「あー、かわいいー」

「マジでアニマルトレーナーな、明翔」


 2匹のネコを抱えた明翔が笑顔で振り向いた。

「ねえ、深月。今ふたりっきりだよ」

「え? それが何か?」

「ふたりっきりなら言ってくれるんでしょ」

「えっ……そのうち。今日中だけど、今日中のそのうち」

「ええー、何それー」


「まずはメシだよ、メシ! 腹減っただろ、明翔!」

「あ、その前に俺頭流したい。墨汁が乾ききってバリバリになっちゃってさ」

「洗面台で流して来いよ」


 柳の言ってた通り、墨汁じゃ髪は染まらないらしい。

 一条のために短髪になった明翔がやっぱりカッコいい。


「一条は黒髪が似合うけど、お前は明るい色の方がいいな」

「俺自分でも優との違いがよく分かんないんだけど?」

「分かってなかったのかよ!」


 台所で手を洗い、調理に入る。

「カセットコンロってある?」

「あるよ。鍋の時によく使ってた」

「あー、寒くなったら鍋もいいよねー」

「中里さんが異常に鍋好きなの。冬はずっと鍋だったよ」

「そうなんだ? じゃー冬までに鍋の作り方覚えなきゃね、深月」


 明翔が無邪気に笑う。

 中里さんと鍋か。いいな、また肉の奪い合いしながら鍋つつきたい。


「今日のメニューは?!」

「超簡単! 豚もやしです!」

「激安! もやし3袋でも200円かからねえ!」

「肉あるから満足感はあるしね。さっぱりポン酢で暑くても食べられる!」


 カセットコンロの上に鍋を乗せる。

「まず、もやしを全部山のように入れまーす」

「すっげー、もやし3袋って多いわ。もやしばっかこんな食えねーわ」

「それがペロッといけちゃうんだって。で、この山に豚肉をコーティングするように1枚ずつかぶせていきまーす」

「おおー、みるみるもやし山が肉山へと変わっていく!」

「で、フタをして火をつけるだけ!」

「え! 終わり?!」


「そだよ。究極の簡単メニューだろ。材料も少ないし、調味料すら使わない」

「おー、俺好み」

「お! これなら作る気になった?!」

「なったなった!」


 ポン酢を付けたり、ごまだれを付けたりと味のバリエーションも楽しめる。もやし3袋と豚肉1パックがあっという間になくなった。簡単なのにうまい!


「ねー、メシも食ったよ、深月。まだー?」

「お、おう、ごちそうさまでした。超うまかった」

「ありがと。で? で?」

「そう言われるとなああ~」


 恥ずかしくて言えずにいるうちに、片付けまで終わってしまった。タオルで手を拭きながら、心を決める。よし! 言う!


「そうやって引き延ばすとさあ、余計にハードル上げてるって分かってる? 深月がストレートに言えないのなんて俺だって分かってるんだからさあ、遠回しにでもサラッと言っちゃった方が楽なのにさー」


 不満げに明翔が振り向いた。どんどん動悸が速くなってくる。開いてる距離を詰めて、明翔に近付く。

「え? 深月?」

「好きだ」

「え……意外とストレート」

「俺、明翔がめっちゃ好きだ」

「え……ありがとう」


「俺、明翔を俺だけのものにしたい」

「え……深月だけのものだよ」

「明翔にずっと俺のことを好きでいてほしい」

「え……ずっと好きだよ。……たぶん」

「たぶんとかいらない」


「だって、ずっとなんて分かんないから」

「本当にずっとでなくてもいい。良くないけどいい。今、明翔がずっと俺を好きでいてくれたらいい」

「だって、俺いきなり死んじゃうかもしれないじゃん」

「だったら、いつ明翔が死んでもあの時ちゃんと好きだって言えば良かったって後悔しないように、毎日言う」


「俺も……俺も、後悔したくない」

「それなら、明翔も言って」

「好きだよ、深月」

「俺も好き」


 初めて明翔を抱きしめた。胸がドキドキして俺の方が死にそうになった。


 俺は明翔みたいに素直にストレートに気持ちをぶつけられない。でも、今日だけは、勇気を出して素直な気持ちを伝えたいと思った。

 一生に一度くらい、好きな人に思いっきり好きだって素直になろうって思った。


 めちゃくちゃ恥ずかしいけど、明翔の笑顔を見たら言って良かったって、幸せな気持ちになった。

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