第64話 黒岩くんの周到なる作戦

 柳が出て行くと、キャー! と女子たちの悲鳴のような歓声が沸いた。

「え?! 何?!」


 ステージをのぞくと、黒髪で着物を着崩した柳が高下駄でしゃなりしゃなりと歩いているだけだ。柳のモチーフは花魁。


 柳はかなりの強心臓だな。これだけキャーキャー言われても動じず、練習よりも色っぽく美しく下駄を揺らして歩いている。


「実は今、オタロードの女子たちの間で流行ってるゲームがあってね。武士の主要キャラが8人出てくるんだけど、その中でも一番人気のキャラが柳くんにそっくりなんだ。色気が重要なキャラだから、みんなには花魁と説明させてもらった」

「え、女装して女子に人気のキャラそっくりになったってこと?」

「そういうことだね。あの歓声は女装に対してじゃなく、キャラにそっくりだから送られている歓声だ」

「アリなんかよ、それ」

「票が取れればいいんだよ」


 意外と戦略家なんだな、黒岩くん。


 柳のパートが終わり、派手な音楽が鳴る。

「がんばれよ! ふたりとも!」

「うん! ありがと、深月!」

「行ってくるよ」


 明翔と一条がステージへと出ていくのを階段下から見上げる。一条のミニスカートの奥を無意識に見てしまう。ヒラヒラの付いたショートパンツを履いてると知ってるのに、本能かな。


 うおおおおおおお! と今度は男たちの野太い歓声が響く。

「うっせ! 何、あの魔法少女も実は人気のキャラなの?」

「いいや、あの魔法少女を選んだのは単なる僕の趣味だよ。内緒にしてほしいんだけど、一条くんのミニスカート姿がどうしても見たくて」

「なるほど。健全な男子高校生として正しい」


 一条がスカートなんて、金につられてでもなけりゃ絶対に履かないだろう。


 168センチと女子にしては背が高い一条だが、175センチの明翔と同じくらいになるように高めのヒールを履いている。

 ギリギリのミニスカートから伸びる白くて細い足がよりキレイに見える。


 一条の役は白の魔法少女で金髪ツインテールにミニスカ、ノースリーブと露出が多い。学校には男子として通っているがもちろん体は女子な一条だから着れる衣装だ。


 明翔のキャラは黒の魔法少女で、見た目はほぼ魔女だ。黒髪ロングに黒い三角ハット、魔法学校の制服で黒い上下、スカートは体の真ん中辺りは短いがプリーツ状に長くなっていき、後ろから見たらロングスカートになっている。筋肉質な明翔の足をプリーツでごまかせる。


 明翔と一条のパートが終わり、音楽が女子高生たちの日常を描いたアニメの主題歌に変わる。

「颯太、ファイト!」

「おう! 行ってくらあ!」

「落ち着け、颯太!」

「あ。 うん! がんばってくるねっ」


 颯太が出て行くと、えええー?! とどよめきが起こる。女装?! ってことは、実は男の子?! ってとこだろう。

 155センチの身長もあり普段からかわいらしい颯太だが、黒岩くんによるメイクでナチュラルなどの学校にも本当にいそうな普通にかわいい女の子になった。


 前半3人が現実離れしている分、颯太に関してはリアリティにこだわり抜いている。パフォーマンスはけん玉。玉が乗ったら喜び、落ちたらガッカリする颯太に声援が送られる。

 最後はもしかめを決め、けん玉を掲げて右足を上げかわいくポーズを取る。いええええい! と称賛の声と惜しみない拍手が起こった。


 次は、いよいよラストだ。

「がんばってね、呂久村くん!」

「うし! 行ってくる!」

「がんばって笑い取って来て!」

 別に笑いは取りに行かんわ!

 

 ステージに上がると、一気に景色が変わる。居並ぶ観客がこちらを見ている。立ってみるとせまいしょぼいと思っていたステージが広く感じる。

 ええ……とただのざわめきしかない中、ステージ中央が遥か遠くに見える。


 ……やばい。全部飛んだ。何するんだっけ。練習全部忘れた。


 ただ突っ立ってるわけにはいかない。今、俺にできることを……みんなが必死で温めたステージを、俺のせいでぶっ壊せない。やるんだ。何か、この衣装で、やれることを全力でやるしかない!


 この、宝塚の男役みたいな衣装で!


「私の~お墓の~ま~えで~♪」


 精一杯の低い声で、持ち前のデカい声を張り上げる。

 宝塚の歌じゃないのは知ってるけど、俺宝塚見たことない!


 とりあえずヅカっぽのかなと思い、クルクルと回りながら、大声で歌う。


 俺の歌唱力のせいか一部で爆笑が起きると、伝染するように笑いが広がる。

 なんかハイになってきちゃって、歌いながら側転、前転、後転と続けてみたらおおー! と意外なほど会場が湧いた。


 あ、これ俺最後だしオチ付けないと。

 いっか、この空気なら失敗しても笑いになる。


 思いっきり助走をつけて、高く飛びその勢いでクルッと回れた。気高い孤高の美猫ツンがキャットタワーから下りる時にいつも見せてくれる。

 ツンのように、回ったら前を見て空間を把握することに集中する。

 無事に着地し、体操選手のように両手を上げた。こないだ明翔がやってたな、これ。


 おおおおー! とものすごい歓声が気持ちいい。


 5人横並びになって手をつなぎ、高く上げてからそろっておじぎをする。また大歓声が上がった。

 やべー、これクセになりそう。

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